159.錬金術の架ける橋


 よくある話だよ。

 いじめられてたんだ、ボク。


 みんな仲良くできればいいって思ってた。

 だから学校ではみんなに優しく、みんなの味方でいられるようにって努力してた。

 それでみんな笑顔になれるはずだった。誰も仲違いしないように、みんなが仲間でいられるようにって。


 でも、ある日クラスメイトにこう言われた。


『林檎ちゃんって誰の味方なの?』


 最初、意味が分からなかった。

 ボクはみんなの味方だったはずなのに。

 でも、その子が言っていることも少しわかる。誰かの味方をすることが、誰かの敵に回ることもあるんだって当時のボクは気づき始めていたから。


『そういうの八方美人っていうんだよ』


 八方美人、という彼女の言葉はまだその時聞いたことがなかったけど、表情や声色、文脈から何となく意味は理解した。

 誰にでもいい顔してんじゃねーよ的なことを言っているのだと。


 なんでそんなこと言われないといけないんだ、という憤りがこみ上げてきた。

 しかしボクはそれをぐっと飲み込んだ。だってそんなことを言ってしまえば”みんな笑顔”には多分金輪際できなくなる。

 目の前のこの子だって『みんな』なんだ。だったら何が正しいかは決まってる。


『そんな顔しないで。きっと何か嫌なことがあったんだよね? ボクでよければ聞くよ!』


 とびきりの笑顔で言った。

 きっと辛いんだろう、だからそんな八つ当たりめいたことを言っているのだろうと思ったからそれを何とかしてあげられれば、と。

 今思い返せば、とんでもなく見当違いなことを考えていた。そのクラスメイトは他でもないボクに対して不満を抱えていたというのに。

 

 そして、当然。

 その子は顔を引きつらせて気持ち悪いと吐き捨てた。

 放課後の教室にぽつんと取り残されたボクはどうすればいいのかわからなくて、それでも頑張れば気持ちは伝わるはずだって信じていた。


 だけど次の日。

 教室に入ったボクを待っていたのは孤立という結果だった。





 ピオネは青いアンプルを籠手に装填し、地面すれすれを掬うように手を振り上げる。

 すると指先から生み出された水塊が飛沫の散弾と化してばら撒かれた。


「ぐっ……!」


 反応できない弾速に、広範囲攻撃。回避を試みたフランだったがそのうちいくつかが命中する。

 倒れそうになるのをすんでのところで踏みとどまり、体勢を立て直す。


 ピオネは属性を使った攻撃を駆使する万能型。

 シンプルだがその分強力だ。ならば、とフランは考える。

 一気に畳みかけて終わらせる。それがおそらく最も確実だ。


「《ヘルメス・トリスメギストス》」


 懐から取り出した小瓶の中身を一気に飲み干すと、フランの全身から虹色の光が溢れ出した。

 一定時間アイテムが使えなくなる代わりに、大量の強化バフが付与される薬品だ。

 強力なボスが落とすレアアイテムを素材に使うことからあまり乱用できるものではなかったが、今のフランはそのボスも苦戦せず倒すことができるようになり、ある程度気軽に使えるようになった。


 ピオネの知らないアイテム。

 それもそのはず、今まで公の場所では一度しか使っていない。

 なにが起こるのか、と警戒し身を固めようとして――しかし、それは悪手だった。


「――――ッ!?」


 すさまじい速度で目前に迫るフランに反応が追い付かない。

 ほとんど一度の踏み込みで距離を詰められ、そのまま振るわれる長杖を防ぐこともかなわない。

 思い切り横顔を殴り飛ばされ、怯んだ隙に腹へと石突が叩き込まれた。


「がっは……!」


「さっさと勝たせてもらうわよ」 


 派手に地面を転がり何とか止まる。

 ゆっくりと顔を上げると、くるくると器用に杖を回しながら近づいてくるフランが見えた。

 なるほどそういう戦法も備えているのか、と納得する。ならばこちらも対抗するべきだ。


「ボクだって似たようなことができるんだよ!」


 緑のアンプルを装填するとピオネの身体を電光が駆け巡る。

 そのまま素早く立ち上がり、振り下ろされる杖を受け止めた。

 ぎりぎりと拮抗する力。


「雷による肉体強化ってところかしら?」


「ご名答っ!」


 フランの腕の隙間を通って振り上げられた足が顎を捉えた。

 がくん、と身体が傾いだところに裏拳をお見舞いし吹っ飛ばすと、フランは空中で宙返りして着地した。

 

「ふっ!」


「…………!」


 間髪入れず動き出したフランに合わせ、ピオネも駆ける。

 お互いに一定の距離をとり、円を描くように駆けた後、一直線に距離を詰める。

 普段からは考えられないようなスピードで動き回り、虹と雷の軌跡が何度もぶつかり合った。


 状況はフランにとっては誤算。相手が中距離アタッカーだと仮定し接近戦に持ち込んだが、向こうも似たような技を用意していた。

 だが負ける気はしない。手札はまだ山ほど残っている。


 こめかみを狙って放たれたハイキックを杖で受け止めると、痺れるような衝撃が腕に伝わった。

 それを振り払うように両腕に力を込め、杖で脚を巻き込むようにして体勢を崩したところに素早く数発突きをお見舞いし、地面に叩きつけようと試みる。

 

「倒れないよ!」


 だがピオネは両手をブリッジのごとく地面へ付けたかと思うと、バネのように身体を跳ね上げ空中で一回転、電光纏う拳を振るい何条もの稲妻を飛ばす。

 二度三度と放たれる電撃を掻い潜り、フランは再び接近を試みる。


 高速で繰り広げられる命のやり取りに、体感時間が引き伸ばされていく。

 攻撃のひとつ、防御のひとつ、踏み込みのひとつ、挙動のひとつ。全てがおびただしい密度を伴って激突を繰り返す。

 しかしお互いが身体に纏う光は点滅を始めている。もうまもなく効果時間が切れる合図だ。

 

「ボクは負けない――ユシーのために!」


 雷を宿した重い拳が唸りを上げる。 

 線香花火が消える間際にひときわ強く輝くように、その雷光も出力を上昇させる。

 一発一発が受け止めきれないほどの威力。杖で防ぐたび、大幅にノックバックしていく。

 気づけば双方の距離は離れ、それでも視線を逸らさぬように睨みあう。


(――――だけど)


 ぴし、とヒビの入った樫の杖を強く握りしめる。

 誰かのために戦っているのはお前だけじゃない、と。

 失われかけた虹色の光が一時その輝きを取り戻し、杖へと収束していく。


 対するピオネもまた、右手の雷光を膨れ上がらせる。

 そのまま野球のピッチングのようなフォームで手に宿った雷をまっすぐに放つ。


「【雷式・ローゼンクロイツ】!」


 雷の奔流が迫る。

 回避しなければ、防御しなければ、大ダメージは必至。しかしフランは一歩も引かない。

 笑みすら浮かべ、くるりと杖を回して顔の横でぴたりと構え――そのまま投擲した。


「【タンジェント・アーク】」


 虹の槍と化したフランの杖が宙を走り、雷と激突する。

 拮抗すらしない。完全に威力で上回っている。


 きっとピオネはあのリーダーのために戦っているのだろう、と思う。

 その想いの強さも見ていればわかる。


(だけど、その程度の強さじゃあたしには届かない!)


 虹が雷を貫き、その向こうのピオネへと着弾すると――視界の全てを覆うほどの大爆発が巻き起こった。

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