126.鏡の国のトリオ
「ミサキさんってすごく泣き虫さんなんですよ」
「それほんと? あたし見たことない」
フランと翡翠とカーマの三人は森林を進みつつ雑談に花を咲かせていた。
と言っても内容は主にミサキのことだ。本人がいないので思う存分話せる。
「いやいや、このゲームそもそも泣けないでしょうよ」
「あ……そうね。そうだったわ」
でも彼女はこれまで泣くようなそぶりを見せていない。
このゲームは涙は出なくとも泣くことはできる。泣くほどの事態に陥っていないと言うことなのかもしれない。
木漏れ日の中、そんな思いにふけっていると木々の群れが開き、目的の遺跡が見えてきた。
森の中にぽっかりと空いたポケットに、人間が誕生する前から存在しているような雰囲気を漂わせている。もちろんそんなわけはないのだが。
「……ここにダンジョンがあるの?」
苔の生えた石造りの建造物を見上げ呟くカーマ。
フランはそれには首を振り、
「いいえ。ダンジョンっていうか……うん、見て貰ったほうが早いかも」
湿った匂いのする入り口をくぐり抜けると、内部は見た目ほど広くはなかった。
吹き抜けの天井からは陽の光が差し込んでいて、全体的にがらんとしている。
ただ、部屋の中央にふわふわと浮いている縦長の鏡だけが空っぽの部屋において異質だった。
「鏡……? どうしてこんなところに」
「この鏡、触れた瞬間真っ白い部屋に飛ばされてそのままボスとご対面することになるの」
初期の頃にここを見つけて不用意に触れた結果、そのままボス戦が始まり瞬殺された経験がある。
「もしかして前にも戦ったことがあるのかしら」
「ええ。あの時は歯が立たなかったけど、今なら勝てるかもしれない」
ひとりで挑んだこともあればミサキと二人で来たこともある。
どちらにしても結果は惨敗だったが。
ダンジョンなら基本的に推奨レベルやステータスが入り口に表記されているが、ここにはそういったものはない。
つまり敵の強さが全くわからないまま挑むことになる。
プレイヤーが精製するダンジョンと違って、ここのボスはこの世界ができた時から存在したのだろう。
そしてこういったモンスターはおそらく何体もいる。
「さあ行きましょう」
「ちょっと待って、どんなボスかくらい教えて――――」
カーマの声を遮ってフランが鏡に触れると、鏡面が光り輝き三人を包み込む。
あまりのまぶしさに目を開けていられない。感覚と意識が薄らいでいくことで、ワープが始まっているのだと理解した。
「わからないわ」
光の中、フランの呟きだけがおぼろげに聞こえた。
真っ白な部屋と言うのは比喩ではなかった。
天井も床も真っ白で、果てしなく広い。壁が遠すぎる。いや、もしかすると白すぎて壁と判別できないだけなのかもしれない。
「ちょっと、なんでいきなり触ったのよ。事前に対策とか――――」
「できないのよ。ほら……あれ」
フランの指さした先、前方おそらく50メートル程度の距離にそのボスはいた。
すべてが見覚えのある風貌だった。低い背丈に肩まで伸びた黒髪、黒い瞳、青い籠手に灰色のマフラー、白っぽいブーツ。どうしたって間違えようもなく、ミサキの姿だった。
「え……!? な、なんであんたがここに……」
思わず歩み寄ろうとしたカーマの手を翡翠が掴む。
「違います。ミサキさんじゃありません」
「ええ。あれがここのボスよ」
「いやおかしいでしょ! なんであいつの姿をしてんのよ!」
ボスは沈黙している。
前もそうだった。こちらから戦いをしかけない限りは何もしない。
それこそ鏡のように。
「あのボスは挑戦する者によってその姿を変えるみたいなの。どういう基準かはわからないけど……今回はあたしたちミサキの知り合い三人だからこうなったのかもね」
それにしてもまたミサキ(の姿をした敵)と戦うことになるとは。
フランは舌打ちでもしたいような気になる。やりにくいことこの上ない。
マリスに感染した時のように姿がまるきり変わってしまうならまだいいのだが。
カーマは【インサイト】を発動してステータスを覗いてみるも、全ての項目に『?』と記載されていて何もわからない。
「なるほど、つまり合法的にあいつをボコボコにできるってわけね」
「……仲悪いの?」
「喧嘩するほど仲がいいってことです」
「良くないわよ!」
がるるる、と牙を剥くカーマに対してにこにこ笑いかける翡翠。
なんだかますます関係がよく分からなくなってきた。
カーマは割と気性が荒めというか、特にミサキに突っかかりがち。
翡翠はまっすぐにミサキのことが好きだというのが伝わってくる。
カーマと翡翠は……どことなく姉妹のような雰囲気だ。見た目は全然似ていないが。
そうなると、少し気になることがある。
「あの、翡翠。ミサキが相手だけど大丈夫? 嫌だったら下がってても……」
「あ、大丈夫です。わりと慣れてるので」
ジャカッ! と笑顔のまま双銃を構える。
あっけらかんとしていて、躊躇いは無いように見える。
「そ、そう? ならいいわ。行くわよ! (慣れてるってなに……?)」
疑問は増えるばかりだったが、問題ないなら戦うのみだ。
いつの間にか双剣を構えていたカーマを見つつ、杖を取り出す。
……ミサキ、この二人にDVとかされていないだろうか。いらぬ心配をしていると、ミサキの姿をした敵……『ファントム・ファタル』の目に意志が宿る。
こちらの戦意に反応した。つまり――戦闘開始だ。
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