123.黄昏の錬金術士


 もう手加減はしない。

 錬金術士としての全霊をもってマリスミサキを倒す。

 

『――――こっちにきて――――!』


 天使のマリス、その縦に裂けた胴体の口から飛び出した触手の束がフランへと襲い掛かる。

 触手の軌道は途中で別れ、四方八方から殺到した。


「そんなに食べたいならこれでもどうぞ!」


 兵隊のおもちゃのようなアイテム《バレットボット》を投げつけると、影の舌は目標を変更しその兵隊を取り込む。

 直後、《バレットボット》が乱射した弾丸が影を四散させた。

 その隙にフランは次のアイテムを取り出す。


「《赤の異本》。出てきなさい、破滅の獣王!」 


 真っ赤な装丁の本を広げると、そのページからライオンのような魔獣が飛び出した。

 目が四つ、白い翼と蛇の尾を持つキメラ。その獣王はマリスに前足で掴みかかると、肩口に鋭い牙を突き立てる。

 ぶしゅ、と黒い粘液が噴き出しマリスが痙攣する。

 

 しかしダメージを確信したのもつかの間、再び飛び出した影の舌によって絡めとられ、大口に飲み込まれる。


『――――わたしの……そばにいて』


「いい加減にしなさいよ! いてほしいなら幾らでもそうしてあげるわよ!」 


 赤い傘のようなアイテム《ボルケーノ・アンブレラ》を投擲すると、その傘布から溶岩の雨が降り注ぐ。

 マリスは翼腕でそれを防ぎ、払う。あの巨大な腕は相当に頑丈でダメージがろくに通らない。

 

「……それに、ほんとにそばにいてほしいのはあたしの方よ」 


 ぽつんとアトリエにたたずむ自分を思い出す。

 調合のため釜を一心不乱にかき混ぜ続ける中、ふと思い立って話しかけた先には誰もいない。

 あの静けさが染み込んでくるたびに足元が頼りなく感じられた。


「あなたは……ずっとは居てくれないじゃない」


『さみしい。さみしい。さみしい――――』 


 溶岩を振り払い、突如として飛び込んできたマリスの翼腕がフランを横殴りに吹き飛ばす。

 『終焉の偶像』の攻撃にさえびくともしなかった柱が何本も砕き折れ、意味を成さない物質データの塊となって床に転がった。


 その残骸の中から、フランが立ち上がる。

 青空を映したような瞳が天使のマリスをまっすぐ見据えていた。

 変わり果てた姿となった彼女を強い意志でもって睨み付けている。


「だけどあたしはずっとここにいる」


 聖堂の窓から差し込む夕日を受けて、フランは目を眇める。

 この光も偽物。だけど確かにまぶしいと感じる。

 間違いなく、ここにある。


「だからちゃんと見てなさいよ、あたしのこと。あなたのそばに居る相棒のことを!」


 杖を軽く振ると飛び出したのは光の網、《キープキャプチャー》。

 フランの手の動きに合わせてふわふわ揺れるそのアイテムをマリスが不思議そうに見つめている。

 

「錬金術士の基本サイクルは採取と調合。このアイテムはその前者を担ってくれる」


 素材を手に入れ、それを使ってアイテムを作る。

 強いアイテムが手に入れば倒せない敵が倒せるようになり、行動範囲も広がり、また新たな素材が手に入る。

 フランはそうして強くなってきた。


「《キープキャプチャー》はその辺に落ちてる木の実でも、敵の攻撃でも――なんでも採取する。文字通り”なんでも”よ」


 笑うフランは手を大きく振ると、連動して光の網が聖堂の窓を割って外へと飛び出る。

 本来干渉できないマップデータもマリスの力を使用している今なら破壊可能だ。

 何か不穏なものを感じたのか、マリスが動く。地を這う影がフランへと襲い掛かり、飲み込もうとする寸前のことだった。


 ぷつん、と。

 夕日が消滅した。


『――――――――?』

 

 ありえないことだ。

 このエリアは常に夕暮れで、太陽の位置が変化することは一切ない。

 朝日が昇ることも日が沈むこともない、不変の黄昏。それがこのエリアだ。


 困惑し、首を傾げる天使。

 光源が消えたことで影も力を無くしたのかずるずると足元に戻っていく。

 直後、光の網が窓から帰還しフランの傍らにたたずむ。それは淡い黄金の光を中に閉じ込めていた。


「あたしに掛かれば太陽すらも手の内よ」


 《キープキャプチャー》が採取してきたのはこの世界の夕日そのもの。

 フランという錬金術士は世界の法則をいともたやすく破り捨てた。

 そこにあるなら何でも使う。すべてを錬金術の糧とする。それがあたしなのだと。


「錬金術の可能性は無限よ。限界なんてない!」


 夕日を内包した光の網がフランへと吸収される。

 エネルギーの塊と化した夕日は彼女の纏う黒衣と溶け合い、その力を昇華させる。

 漆黒のドレスに金色の装飾が増え、光を放つ。まるで先程までこの聖堂を照らしていた夕日へと成り代わったかのように。


「マリシャスコート深度レベル2『トワイライトジョーカー』……この力であなたを倒す!」


 ミサキが闇に沈むなら、この輝きで持って照らし出す。

 それが相棒としての役目だと思うから。


 その姿とまばゆい光を受け、むずがるように身体を震わせた天使の全身から黄金のオーラが溢れ出す。

 フランにも見覚えがある――あれは間違いなくグランドスキルの光。

 先ほどの戦いで習得したミサキのグランドスキルは、彼女が変貌しマリスとなっても使えるということなのだろう。


 しかしその黄金は瞬く間に色を失い、漆黒へと変化する。

 悪意に染まった最強のスキルが放たれようとしている。

 

 だがフランはわずかな動揺も見せず光の網でそこら中に落ちた瓦礫を掬い取った。


『――――譚・縺溘l縲∝槭?螳?ョ吶r貅?縺溘貍?サ偵h縲――――』


 グランドスキルのコード詠唱。だが発した言葉は耳に激痛が生じるほどのノイズに覆い隠され聞き取ることはできない。

 掲げた翼腕の手の中に、黒く壮絶なエネルギーが充填されていく。聖堂全体を揺るがすほどの力が高まっていく。

  

「【アンプ・ミックス】!」


 対するフランが宣言すると銀河のような光の渦が目の前の床に顕現する。

 この場で調合を行う、フランのマリシャスコート特有の力。

 

「《聖堂の欠片》、《火山竜融合核》、《不完全永久機関》」


 素材を含んだ光の網と、懐から取り出した素材アイテム、そしていくつもの歯車が組み合わさったようなアイテムを渦へと投げ込んでいく。

 それらは混ざり、合わさり、全く別の存在へと変貌する。

 

 直後、呼応したかのようにマリスの集めた暗黒がひときわ強く瞬いた。 


『――――――――【ダークマター】』 


 翼腕に溜まりきった漆黒が発射される。

 全てを喰らい尽くし無に帰す闇がフランへと、まっすぐに。


 それと同時、光の渦が爆発し褐色の宝珠を生み出したのを確認すると、素早くそれを手に取ったフランは流れるように起動する。


「とっておきのとっておきその4……《無限地動》!」


 途端、早送りのような勢いで土が、岩が、山が生み出されフランの前に立ちふさがる。

 圧倒的な壁が【ダークマター】を受け止める。

 だが――強度が足りない。その巨山の壁は瞬く間に食い破られていく。


『――――――――たりない。たりない。たりない――――――!』


 しかし、漆黒の光線を発射するマリスが苦悶の声を上げる。

 削っても削っても貫けない。どんなものでも消滅させる【ダークマター】が阻まれている。

 大した硬さでもないはずなのに。

 

 その疑問に答える声が壁の向こうから響く。


「《無限地動》はその名の通り無限の壁を作り出すアイテム。削られれば削られるほど……破壊されれば破壊されるほど、それ以上のスピードで修復していく不屈の砦。今のあなたなんかには絶対破れない!」


 翼腕から放たれる漆黒が徐々に弱まっていく。

 そうして見る間に収束し――完全に消え去った。

 それに伴いマリスの身体の表面がぐずぐずに溶け始める。おそらくグランドスキルの技後硬直が歪んだ形で表れているのだと推測した。

 同時にフランは《無限地動》の効果を終了させる。


『――――ひとりにしないで――――!』


 だが天使のマリスは止まらない。

 再び開いた胴体の大口から真っ黒などろどろの触手を伸ばす。

 しかしさっきまでと比べて勢いも速度も弱く、フランの杖ですげなく払い飛ばされる。


「あたしが欲しいならちゃんとその手を伸ばしなさい。【アンプ・ミックス】……《バイバイボム・改》、《ビリー・ニードル》」


 光の渦が再び爆発すると、赤い筒のようなアイテムが飛び出した。

 その筒を、再度攻撃に移ろうと足元の影を揺らめかせているマリスへと投げつける。


「《エレクトリカル・カレイドスコープ》」


 投擲された筒が弾けると無数の針に変化し、マリスを囲い込むように空中へと配置される。

 その針の間を駆け巡るのは電撃。目視できない速度で乱反射し、瞬く間に電磁の檻でマリスを閉じ込めた。

 天使は影を使って脱出を試みるも、檻に触れるだけで電熱によって焼け焦げる。


「さあミサキ、ご覧なさい。これがあなたの相棒の力よ」


 畳み掛けるようにみたび発動する【アンプ・ミックス】。

 投げ入れられたアイテムは《巨鉄の心臓炉》、《偶像の依代》。

 ひときわ強く輝いた渦が爆発し、新たなアイテムが誕生する。


 それはかろうじて人形と呼べる代物だった。

 ただサイズが常軌を逸している。

 聖堂の天井を貫くほどの身長。そして鋼の身体。

 もしミサキが正気であったならこう表現しただろう――スーパーロボット、と。


「悪意の天使を倒すのは、意思を持たない鋼の神よ! 行けっ、《鋼鉄機神デウスエクスマキナ》!」


 機神はその瞳を閃かせたかと思うと、鉄の拳を強く握りしめ、マリスへと狙いを定める。

 逃げられない。堅牢な電磁の檻によって身動きは取れない。


『――――さみしい。さみしい。さみしい――――のに――――』


「……寂しい時は普段からそう言いなさい。かっこつけなくたって……あなたはいつも格好いいんだから」


 機神の拳が振り下ろされる。

 重厚な鋼鉄の塊は檻を砕き、マリスを――悪意を完全に撃破した。




 この世界のマップデータは何らかの理由で欠損が生じた場合自動で修復されるようになっている。

 そんなシステムによって復活した夕日に照らされる中、ミサキは目を覚ました。


「……ぅ……」


「あ、起きた」


 後頭部に柔らかな感覚と、見上げた先にはいつものフランの顔が見えた。

 膝枕をされていることに気づくが、身体も頭も重すぎて動くのが億劫だ。


「…………わたしを倒してくれてありがと」


「覚えてるのね」


「……うん。意識はあったから」


 マリス・シードに感染したあの時。

 心の奥底、薄暗い場所にあった感情を無理やり取り出され、増幅され、荒れ狂う暴風のようなそれに取り巻かれた。

 ぼんやりした意識の中で自分がマリスとして暴れまわるのをさんざん見せられたのち、倒されたことで収まった。

 

「でも……なんだろ。マリスがわたしの身体から引いていくとき黒い手が伸びてきたんだけど……わたしの中から何かを取り出そうとして失敗してた。あれはいったい……」


「とりあえず今日は休みなさい。いろいろあって疲れたでしょう。あなたの友達がきっと待ってるわ」


 うん、そうだね。

 か細く呟いたミサキはポリゴンの破片となって散り、そのままログアウトした。


 見送ったその姿勢のまましばらくたたずんだフランは勢いをつけて立ち上がる。


「……誰だか知らないけど絶対許さないから」


 割れた窓の外を睨み付ける。

 ミサキをあんな目に合わせた元凶は、なにがあっても叩き潰す。

 決意を新たに錬金術士は聖堂を後にした。

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