119.クアッド・チェイン・スクワッド

 

 二人の仲間の死に動揺するミサキだったが、そんなことを『終焉の偶像』は関知しない。

 残った四人を仕留めようと攻撃の勢いはさらに増す。


 雨のように降り注ぐ暗黒球が。

 聖堂全体を切り刻む座標斬撃が。

 予告なしで繰り出されるイバラの鎖状網が。

 ミサキたちを容赦なく蹂躙する。


「こんなのどうしろって言うのよ……!」


 このエリアに点在する柱や椅子を上手く使って凌いではいるものの、それにも限界がある。

 ダメージは如実に積み重なり回復は全く追いつかない。

 

「《纏気飴》、切れちゃった……」


 反撃どころか防御もまともにできない。

 このままでは敵の猛攻にすり潰されてしまう。

 敵は攻撃を終えた瞬間ほとんどインターバルなしで次の攻撃に入る。付け入るスキがあまりにも少ない。


「……フラン」

 

「なに?」


「あいつの動き、止められないかな」


 聖堂の柱に隠れながらつぶやくミサキを思わず見つめる。

 ミサキは悪魔に意識を配りながらも、フランをまっすぐ見つめていた。


「あの悪魔、攻撃だけは激しいけど耐久面は大したことない。だから一瞬でも止められるならHPを削りきれると思う」


 確かに『終焉の偶像』のHPバーはあと二本半くらいしか残っていない。

 それなら一瞬に火力を集中させれば何とかなるかもしれない。特に今のミサキにはラブリカが最後に残した全ステータス強化スキル【ラブエール・チャージ】の効果が適用されている。


「……いくつかそういうアイテムはあるわ。でもあいつに効くかどうかはわからない」


「わかった。じゃあ一番強そうなのを試そう」


 それを聞いたフランはポーチからひとつのアイテムを取り出す。

 機械製の蟹のようなアイテムだった。体長20cmほどで、長い脚は見ようによっては蜘蛛にも見える。

 

「《八糸蟹やしがに》。他のアイテムと違って投げずに直接対象に叩きつける必要があるけど効果は折り紙付きよ」

 

「よし、それで行こう。翡翠とカーマもそれでいいよね!」


 姿は見えないが、別の柱に隠れている二人から同時に承諾の返事があった。

 満足げに頷くミサキのマフラーをフランが引っ張る。


「出しといてなんだけど……いったいどうやってあいつにぶつけるわけ? これは錬金術士専用だからあなたが持っていくわけにはいかないのよ」


 暴れ狂う『終焉の偶像』へと視線を送る。

 疲れ知らずの悪魔はあたりに攻撃を絶えず撒き散らしていて、接近することも難しい。

 ステータス面で劣るフランならなおさらだ。


 さっきから物陰を利用し、わずかな隙に翡翠が射撃を続けているが芳しい結果は得られていない。

 素早く回避されるか、風の刃によって吹き飛ばされるかだ。

 一瞬でもいい。細い細い糸口がひとつでもあるならそこから逆転できる。


「わたしと翡翠とカーマで隙を作る。そしたら堂々と真正面から近づいてそれを使って」


「そ、そんな簡単に……!」  


「簡単だよ。フランがいつかわたしを選んでくれたみたいに、今度もわたしを信じて」


 そう言って笑うミサキに、思わず口をつぐむ。

 信じる。それを自分はできていただろうか。

 ミサキには他にも大切な存在がいると実感して、そんな当たり前のことを見失っていたような気がする。


 そう、ずっとそのことが心に引っかかっていた。

 自分にとってミサキは無二の相棒だが、ミサキにとっての自分はそうではないのかもしれないと。

 だがそんなこと、今は気にするべき時ではない。

 これからも、何も変わらない。自分はミサキの相棒だ。何があっても。


「よし、行くよ!」


 その言葉を合図にミサキとカーマが同時に飛び出す。

 獲物が自分からやってきた、と悪魔が笑った気がした。

 

 悪魔が両手を叩きつけると、床のいたるところからイバラの塔が突き立つ。

 予兆のないその攻撃を、とっさの反応と勘でくぐり抜けていく。

 だが完全とはいかない。避けきれなかったイバラは幾度も二人のアバターをかすめ、残り少ないHPをさらに削り取る。


 それでも倒しきれないことに業を煮やしたのか、小型の暗黒球を雨のように降らせ、二人を仕留めにかかった。


「足を止めないで! 【ホーネット・バレットストライク】!」


 後方からの翡翠の声に従いさらに加速する。

 翡翠の双銃から放たれる針のような弾幕は、全ての暗黒球を的確に撃ち貫き、空中で爆散させる。


 そして悪魔の眼前へとたどり着いたミサキは拳を振るう。

 身にもとまらぬ連続攻撃――しかしAIによる超反応が搭載された『終焉の偶像』は乱打を見切り、両手を掴み取る。


「……っ!」


 動きを止めるつもりが逆に止められてしまった。

 勝ち誇る悪魔の背後。霧の中から現れたカーマの持つ短剣が閃いた。


「【バニシング・ディバイド】。はああああっ!」 


 短剣が悪魔の背中に届く、その直前。

 三本の触手がカーマの手足を絡めとり動きを封じる。

 だが、これこそ狙っていた状況だ。


「走れフラン!」


 今にも両手を握りつぶされそうなミサキが叫び、間髪入れず柱の陰からフランが走り出す。

 その様子を悪魔も目視していた。何かを狙っている――そのことだけはわかった。

 当然、阻止する。尻尾を切り離したかと思うと、再びブーメランのように飛行を始めフランへと一直線に飛ぶ。


「させません!」


 翡翠の放つ弾丸がブーメランに連続して命中し、無理やり軌道を変える。

 フランの目の前からブーメランが排除され、一本道が開通する。

 

 悪魔の攻撃方法は大きく三つに分けられる。

 四肢を使った攻撃。

 三本の触手を使った攻撃。

 そして二本の尻尾を使った攻撃だ。


 その三つは、この瞬間ミサキたちによってすべて封じられている。

 だからこの時しかない。三人の作ったチャンスは逃さない。


 チャーチチェアを飛び越え、悪魔へと駆け込む。

 大した距離ではない。せいぜい10mもない。こんなに短い距離を今まで詰められなかったのか、と敵の攻撃の苛烈さに内心で感嘆する。

 だが。


「これであんたも――終わりよ!」


 悪魔の胸部に思い切り《八糸蟹》を叩きつける。

 鋼鉄の蟹が八本の足をその身体に食い込ませると悪魔の力が緩み、ミサキとカーマは拘束から抜け出す。飛行を続けていたブーメランもまた糸が切れたように落下した。


「グ……アアアアア……」 


 鋼鉄の蟹はその身体から大量の鉄糸を吐き出し、悪魔の身体を強力に縛り付ける。

 悪魔は膝をつくが、なんとか逃れようともがき苦しむ。


「こいつ相手じゃ数秒も持たないわ!」


「承知済みです! 【サイシスアント・バレットストライク】!」


 銃口から放たれた白い弾丸が悪魔の腹に着弾する。

 すると遅れて何度も爆発を起こし、その身体を空中へと舞い上げた。


「次、カーマちゃん!」


「任された!」


 武器を短剣から刀へと換装。

 空中へと飛び上がり、刀を腰だめに構える。


「【エンゲツ・ディバイド】」


 すれ違いざまに、流麗な回転切りが胴体を切り裂く。

 一瞬の静寂――空中で静止した悪魔を連続の斬撃が切り刻む。


「ギィアアアアアアア!!」


 甲高い悲鳴を上げて落下を始める悪魔。

 その真下に、拳を固く握りしめたミサキが回り込んでいる。


「ラスト! きっちり締めてみせなさい!」


「もちろん!」 

 

 ミサキの両腕を覆う蒼いグローブ、《アズール・コスモス》に付与されたスキルが発動する。

 だがいつもの蒼炎とは違う。ラブリカの【ラブエール・チャージ】によってその炎は虹色に輝いた。

 かつてない推進力を得たミサキは勢いよく跳躍する。


「これで――とどめだあああああっ!」


 噴き上がる虹色の炎を伴った拳が真下から『終焉の偶像』を撃ち抜き。

 そのHPを完全にゼロへと至らしめた。

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