118.破滅の暴威
ミサキ、翡翠、カーマ。
三人の放った渾身の攻撃が『終焉の偶像』へと直撃した。
八本のHPゲージのうち五本がこれで削り切れた。攻撃を無効化するパッシブスキル【消圏】がある分防御力は低めに設定されていたのだろう。
「よし、このままいけば勝てるよみんな!」
相手の猛攻にも慣れてきた。
無敵じみたダメージ軽減のからくりも見破った。
勝利を確信したのは当然だったかもしれない。
だが。
「ガァアアアアアアッ!」
咆哮とともに悪魔の表面を覆う見えない何かにヒビが入ると、ガラスのような音を立てて砕け散った。
悪魔――『終焉の偶像』の姿が決定的に変化したわけではない。しかし全身が赤熱し、牙の並んだ口からは真っ黒い瘴気のようなものが漏れ出していた。カーマに切られた触手も再生している。
間違いなくこれまでとは違う。
「……【インサイト】」
どういった変化が起こったのか,、ミサキたちが悪魔のステータスを再度確認してみると【消圏】が消えていた。
つまりこれからは問題なく攻撃が通るということ。
……だが。
倒すのが容易になった――とはどうしても思えない。
「みんな最後まで気を抜かないで――――」
「ギシャアッ!」
甲高い鳴き声。
振るわれる両腕。
たったそれだけで、到底回避できない量の風の刃が撒き散らされる。
「ぐぅっ!」
「きゃあああ!」
「ぐああ!」
風の刃はパーティ全員を等しく襲い全身をズタズタにする。
一発一発が馬鹿にならない威力で全員のHPが危険域に達した。フランが適宜使用している《纏気飴》のもたらす光の雨によって継続回復はしているが、即全快とはいかない。
態勢を立て直そうとするミサキたちだったが、間髪入れず悪魔が飛び上がったかと思うと巨大な火球を聖堂中心に向かって投げ落とす。
「まずい、みんな俺の後ろに!」
くまの大盾の後ろに全員が素早く隠れ――直後、床へと着弾した火球が膨大な灼熱へと姿を変えた。
強烈な熱風。爆風。全力で踏ん張って何とか踏みとどまれるといった有様だった。おそらく火炎が巻き起こっていたのは数秒。しかしそれだけあれば、
「くまさん、盾が……! それに火傷も!」
「すまねえ嬢ちゃん……おれはもう……」
くまが愛用していた大盾は強烈な熱によって溶解し、跡形もなく消えていた。
ダメージ自体は免れたものの、攻撃行動が不可能になりHPが減少していく状態異常『火傷』を負っている。もう継戦は不可能に近い。
盾役というパーティの要が崩れた。
その瑕疵を悪魔は見逃さない。いや――もとより手を緩めるつもりがない。
開かれた悪魔の両手に暗黒のオーラが宿り、その手を二回りほど大きく覆うと、最も近くにいたカーマへと襲い掛かる。
「っ!? 【スクランブル・ディバイド】!」
突進と同時に繰り出される爪の連撃に対し、とっさに武器を双剣に切り替え応戦する。
すさまじく重い一発一発に、モンスターの大群をも打ち払ったカーマのスキルが押されていく。
「こっの……なんて馬鹿力!」
すぐに均衡は破れた。力強く振るわれた『終焉の偶像』の爪によって双剣が弾かれ、その隙に悪魔は背中から伸びる三本の触手を突き刺した。直後、バチィン! という耳障りな音と共に電気ショックが流され、カーマの身体が仰向けに倒れる。
そのまま悪魔は強靭な足によって軍服を纏う少女の腹を踏みつけた。
「ぐっ……!」
「カーマっ!」
叫び、飛びかかるミサキ。
だがそれより早く悪魔の爪が振り下ろされようとし――――
「【ピーチバスター・スナイプ】!」
「【イーグルスナイプ・バレットストライク】」
ラブリカと翡翠の放つ超高速の弾丸がその手を穿った。
その隙に足の下から逃れたカーマ。しかし悪魔のボルテージはどんどん上がっていく。
「ガルアッ!」
二本の尻尾がひとりでにパージされ、変形し、回転してブーメランのごとく空中を飛び回る。
尻尾のブーメランは意志を持っているかのようにラブリカへと不規則な軌道で迫る。
「【ピンクアロー・スター……うぐっ!?」
スキルによって迎撃するよりも速く、ブーメランはラブリカの全身を切り刻む。
執拗に攻撃を加えたブーメランは最後に足を切り飛ばして悪魔の身体へと戻り、尻尾としての形状を取り戻した。
支えを失ったラブリカの身体が勢いよく倒れる。
「ラブリカ!」
深紅に染まる視界でラブリカは駆け寄ろうとするミサキへ向かって首を横に振る。
来なくていい、と。
もうHPは残っていない。放っておいてもまもなく死ぬ。
フランを睨み付けると、彼女の瞳は頼りなく揺れていた。
(……なーに情けない顔してんですか)
内心で悪態をついた後、静止を無視して傍らに近づいてきたミサキへと微笑む。
「ごめんなさい、大して役に立てなくて……」
「そんなことない、全然そんなこと……フラン、回復を! お願い!」
先輩は馬鹿だなあ、もう間に合わないのに。
そんなことを思いながら、そういうところが好きなのだと再確認する。
ミサキの背中越しに、『終焉の偶像』としのぎを削るカーマと翡翠を見る。言葉はなくともミサキを守るその背中に、ただ純粋な尊敬を覚えた。
「いらないです。でも私がいなくなったからって負けないでくださいね」
震える手でステッキを掲げ、スキルを発動させる。
「【ラブエール・チャージ】」
虹色の光がミサキに降り注ぐ。
単体を対象にした、戦闘が終わるまで永続的に全ステータスを上昇させる強化スキル。
一度の戦闘に一度だけの切り札だ。
「では、あとは頑張ってくださいね。私がいないと寂しいかもしれませんけど……あとそこの錬金術士!」
「え?」
「なにをいじけているのかなんて知ったこっちゃないですけどね! 相棒だって言うなら
そう言い残して、ラブリカは青いポリゴンの破片と化してあっけなく消えた。
ミサキは震える手を握りしめるが、その手は何も掴めない。
そんな時、悪魔が触手から放射した電撃がカーマと翡翠を弾き飛ばした。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
ひときわ強く咆哮した悪魔が両手を前にかざすと、手の中に暗黒のエネルギーが集まっていく。
ビリビリと揺れる聖堂。疑いようのない大技。
狙いは――ミサキ。
「避けなさい!」
「ミサキさん!」
床に転がされたカーマと翡翠が呼びかけるも間に合わない。
悪魔は尻尾を床に突き刺して身体を支えると、両手から紫紺の光線を放った。
余波だけで吹き飛ばされそうな、圧倒的にして絶大な威力。
立ち上がり回避しようとしたミサキだが、ラブリカを失ったショックで反応が遅れた。
「あ――――」
死を覚悟したその時。
大きな影が目の前に立ちふさがり、紫紺の光線を身を挺して遮った。
「ぐあああああああっ!」
「くまさん!?」
その大きな身体が暗黒の奔流を一心に受ける。
武器は無い。スキルは使えない。だが、それでもミサキを守っていた。
轟音が止み、発射が終わる。
力尽きたくまがゆっくりとその場に倒れた。
「なんでこんな……陰に隠れてればよかったのに!」
「……はは、守れないおれなんていたってしょうがないだろ。それに……こんなおれでも嬢ちゃんの盾くらいにはなれるさ」
「…………っ」
くまは笑顔とサムズアップを残して破片と散った。
これはゲームだ。
そんなことはわかっている。
自分を犠牲にするというのが勝つために必要になるということも重々承知しているつもりだ。
それでも、この胸を締め付ける感情が抑えられない。
誰かが自分のために犠牲になるのが嫌だ。
仲間が自分のそばからいなくなるのが耐えられない。
例えこのクエストが終わればすぐに復活できると言えども、割り切れない。
偽物の死であろうと、ミサキの心の傷は疼いて仕方がなかった。
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