100.カンダタ・ソリューション


「さて、そろそろ行こうかな。いろいろ聞いてくれてありがとう――――」


「ちょっと待て。ずっと気になっていたことがあるんだ」


 シュナイダーの剣呑な声色に、ミサキは上げようとした腰をゆっくりと下ろす。

 鋭い三白眼に睨まれている。何かを見通そうとしているかのようだ。


「お前とカンナギのバトル……俺は動画で見た。ドローンによる空撮で、画質は終わってるわカメラワークはガクガクだわでお世辞にも参考になるものじゃなかったが……問題は決着が着こうという時だった」


 どくんと心臓が跳ねる。

 別に隠そうとしていたわけではない。『あれ』がたびたび出現していることやそれを倒しているのがミサキということも、知らないプレイヤーはまずいないだろう。

 だがこうして正面から言及されると後ろめたいことをしているような気持ちになる。


「あのモンスターはなんだ? バグか? それとも運営の用意したイベントモンスターか?」


「……………………」


「俺にはプレイヤーが無理矢理変化させられたように見えた。しかもあのモンスターが映っている動画はアップロードされた端から削除されるという有様だ。いったいどうなっている」


 おそらくシュナイダーが見た動画は削除される前のものだったのだろう。

 あれを見たのはきっとシュナイダーだけではない。これからどうなってしまうのだろう――と不安が募る。

 マリスのことだけではない、それに対抗できる力を持っているミサキ自身のことについても。


「わたしには……わからないよ。偶然倒せる力を手に入れただけで、あとは何も……」


「…………ふん」


 がたんと音を立ててシュナイダーが席を立つ。気づけば彼のコーヒーは全て飲み干されていた。

 ミサキが持っているマリスの力は、マリスから直接手に入れフランが成形したというだけで、詳細な出どころは不明だ。

 だからズルチートをしているのではないかと疑われても仕方がない。というより、ミサキ自身が自信を持ってそれを否定することができない。

 マリスの力――マリシャスコートは、マリスにのみ通用する力だ。別位相に存在するマリスへ攻撃を当てるために自分をその位相へと移動させるという仕組みになっている。


 よって使用中は通常のモンスターやプレイヤーに触れることができず、逆に触れられることも無い。

 だからマリスとの戦闘以外で使うつもりはない(もし有効に使えるとしても持ち出すつもりはないが)。しかしそんなことを大衆が知るはずもない。


「待って、わたしは……」


「早とちりするな」


「え?」


 シュナイダーは振り返らない。喫茶店の出口に手を掛けたまま、マスクの奥の口が動く。


「お前が道を外れていないことくらい見ていればわかる。チートしているやつがそんな苦しそうな顔をするものか」


「シュナイダーくん……」


「俺が願うのは、あの黒いモンスターと、それを撒き散らしたクズがいち早くこの世界から消えてほしいということだけだ。ゲームを楽しむのには邪魔すぎるからな」


 早口で呟き、足早に喫茶店を後にした。

 彼が出て行ったドアをしばし見送り、テーブルに視線を落とす。

 ミサキの分のコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。


「…………思ったよりずっといいやつだったな、シュナイダーくん」 




 一方、喫茶店から出て街道を歩く当人は。


(う)


 急ぎ足で石畳を歩き、脇道に入ったかと思うと、ぶるぶると震えだす。


(うおおおお~~~~ッ! あのミサキとマンツーマンで話しちまったよ俺~~~~!)


 しゅば、しゅば、とガッツポーズを連続で繰り出す。

 彼はミサキの熱烈なファンであった。というか、ストライダービルドのプレイヤーは例外なくミサキのファンである。

 シュナイダー自身が言っていた通り憧れの存在なのだ。


「前のタイマンに続いて今回……これはもうみんなに自慢するしかないな!」


 喜色満面と言った様子のシュナイダーは素早くメニューサークルを操作し、青いログアウトの光に包まれる。

 こんな彼をミサキは知る由もない。





 そして、当のミサキだが。


「なんか引っ掛かるんだよね…………」


 手すさびに冷めたコーヒーをかき混ぜながら先ほどの会話を思い返していた。

 何かが魚の小骨のように喉につっかえている。


 カンナギ攻略のヒントのようなものを得た気がする。

 彼との戦いのときに抱いた違和感がそれに繋がっているような感覚がある。


 防ぐ・短期決戦を狙うより回避するという方針にした方がいいという話だろうか?

 いや違う。もちろん参考にはなるが、これではない。

 ならば一体なんだというのだろうか。


「……あは、それにしてもシュナイダーくんがわたしに憧れてくれてるなんて。戦法もわたしのを真似して……る、って……」


 彼が言っていたことがフラッシュバックする。


『ヒットアンドアウェイのために――――スキルを使わず――――技後硬直が――――後隙は――――』


 引っ掛かった。


「…………あ」


 何かに気付いたミサキは素早くコーヒーを飲み干し、喫茶店をあわただしく出て行った。





 ログアウトした神谷ミサキは慌ててベッドから立ち上がり、電源のついたままになっているPCを操作する。

 ブラウザから動画サイトへ飛び、検索欄に『アストラル・アリーナ カムイ・凪』と打ち込むと、カンナギの試合動画が大量に表示された。

 とりあえず一番上にあるものからクリックし、再生を開始する。


 繰り広げられるバトルを無視してシークバーを動かす。目的は【ケラウノス】発動シーン。

 

「ダメだ、決着がついた時点で動画が終わってる」


 バックスペースして次の動画を再生する。

 やはりこれも違う。求めているのは決着がついた後だ。

 焦燥感に駆られながら検索結果をスクロールしていると、ひとつの動画が目に留まった。

 サムネイルが凝っているわけではなく、再生数も他に比べて少ない。いつもならスルーしているような動画だったが……この今においては石の中の玉に見えた。


 再生し、シークバーを右へ。

 字幕や解説などの編集は全くされていない。恐らく録画されたものをそのまま垂れ流しているだけだ。

 カンナギが【ケラウノス】を放つシーンまできた。重要なのはこれからだ。


「0……1……2……」


 思わずつぶやく。

 画面の中では七条の雷に貫かれた名も知らぬ女性プレイヤーが倒れるところだった。

 勝利のファンファーレが鳴り響き、カンナギは以前見たのと同じように観客席へと笑顔を振りまき、ファンサービスを始める。

 

「10……11……12……」


 画面の端に用意したタイマーを横目に見ながら食い入るように動画を見つめる。

 時間があまりにも長く感じられ、ゲシュタルト崩壊しかけた時。

 ようやくカンナギが振っていた手を下ろし、出口へと歩き始めた。


「……………………――――――――」


 安堵。喜び。予感が確信に近くなるが、まだ足りない。

 この動画の投稿チャンネルに飛ぶと、他にもカンナギの試合動画がいくつも上がっていた。

 投稿者に内心で深い感謝を捧げながら、神谷は次の動画をクリックした。


 リベンジはもう始まっている。

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