99.Longift


 ホームタウン東区にある喫茶店の片隅、二人掛けの席にぽちゃんぽちゃんと水音が連続する。

 

「……で、何が聞きたいんだ。手短に済ませてもらいたいんだが」


 不機嫌そうな顔を隠そうともせず、シュナイダーはコーヒーカップに角砂糖をいくつも投下していく。

 

「うええ、糖分過多だよお」

 

「フン。この世界バーチャルで栄養など気にしてどうなる? 大事なのは味と食感と香りだけだ。よって俺は好きなように飲み好きなように食う」


 砂糖に加えミルクまで大量に混ぜ、すっかりカフェオレのようになってしまったドリンクをすするのを見て、ミサキも自分のコーヒーに口をつける。思いのほか苦かったのか、顔をしかめミルクを投入した。


「同じストライダービルドとして聞くね。例えばの話だけど――どこまでも追尾して来る上に当たれば即死するスキルに対して、シュナイダーくんならどうする?」


「……ああ、カムイ・凪の話か」


「カンナギのこと知ってるの?」


「知らなきゃモグリだ」


 知らなかったモグリの当人であるミサキは曖昧な笑みを浮かべる。

 グランドスキルという希少この上ない技に加えてあのパフォーマー気質。話題性は抜群だ。知らない方がおかしい。

 綺麗な顔立ちをしていることもあってファンも急増している。

 

 シュナイダーは極めて甘ったるいであろうコーヒーをスプーンでかき混ぜ、マスクの上から一口味わう。

 現実と違いマスクを外す必要はない。


「…………最初に言っておくが、グランドスキルについて俺が知っていることは少ない。いや、俺に限らず大抵のプレイヤーはそうだろう。アレは希少すぎる。なんせ今のところカムイ・凪……お前に倣ってカンナギとここでは呼ばせてもらうが……奴しか習得者は確認されていないからな」


「そんなに珍しいんだ、あのスキル」


「そもそも習得条件すらはっきりしていない。それだけブラックボックスだということだ。だから俺の言えることは……『弾速が速くて追尾性能が高くて極めて威力の高いスキル』に対するものでしかない……まあ、とりあえず可能性が低い選択肢から挙げていくか」


「お、おお」


 流れるようにアドバイスを始めようとしていることにミサキはにわかにたじろぐ。

 こんなふうに連れ出してきておいてなんだが、思ったより素直だ。押しに弱いタイプなのかもしれない。

 有り体に言ってしまうとちょろい。目つきは鋭いものの顔立ちは幼めに見えるので、もしかすると自分より年下かも、とミサキは思った。


「まず防ぐというのは不可能だろうな。がっちがちの盾職が一撃で消し飛ばされているのを見たことがある。対魔法スキルを使った上で、だ」


「そうだね。わたしもそう思う」


 このゲームの攻撃は大きく物理属性と魔法属性の2つに分けられる。

 両方を兼ね備えたスキルも多く存在しているが、カンナギの【ケラウノス】に関しては100%魔法属性だということが有志によって解明されている。


「次に撃たれる前に倒すという選択肢だが――――」


「あれ、それが先? 撃たれたらもうほぼ負けだと思ってんだけど」


「違う。そもそもあのカンナギという男はグランドスキルに加えて豊富なスキルを使いこなしていることばかりが取りざたされるが……本人の剣捌きも相当なものだ」


「…………確かに」


「そんな奴がだぞ、必中必殺のスキルを放つ準備のために本気で立ち回ったらどうなると思う? 攻撃なんてまともに当たらないに決まっている」


 グランドスキルを使うためには、与ダメージや被ダメージ、そして戦闘時間経過によって溜まるゲージをマックスまで届かせる必要がある。

 そのために致命的な攻撃を受けないように、時間をかけて戦われたら。

 ミサキは実際の戦いでのことを思い出す。驚異的に洗練された立ち回りでこちらの攻撃をことごとく捌いてきた彼の戦い方は、まず間違いなく【ケラウノス】発射までの時間を稼ぐためのものだ。もちろんそんなものが無かったとしても、彼は普通に戦ったところで相当に強いことは間違いないのだが。


「だとしても回避より可能性が低いとは思えないよ」


「……お前、あいつと再戦するつもりなんだろう。だったらあいつだってグランドスキルが対策されることなんて承知の上だ。対策の対策――を、積んでくるはずだ」


「ああ……そうかも。抜け目ない感じするよあの人」


「だから可能性があるとすれば回避だと俺は思う。追尾されるなら、あの雷を越えるスピードで動き続ける。これしかないだろう」


 それはほぼ不可能と言ってもいい。

 現実の雷ほどじゃないにしても【ケラウノス】の弾速は神がかっている。遠距離から放たれてようやく見てから反応できるレベルだ。


「越えるってまた簡単に……もし逃げられたとしてもだよ、そこからどうするの」


「そりゃあ走りながら攻撃するしかないんじゃないのか?」


「無理言うね! やっぱり撃たれる前に倒すしかないと思うんだけど!」


「それは――――」


 シュナイダーは幾度か逡巡し、甘ったるいであろうコーヒーを一口飲み、観念したように言う。


「もし、俺が奴と戦う場合ならそうだろう。一縷の望みをかけて開幕から攻勢を掛ける。だがお前なら、真っ向からあのスキルに立ち向かえるんじゃないかと思ったんだ」


「なんでそこまでわたしのことを評価してるの……わたしたち前に一度戦ったきりでしょ」


「俺たちの……ここ最近増え始めているストライダービルドの主となる戦法は、高いクリティカル率が乗った通常攻撃をスピードに任せてヒットアンドアウェイで叩き込んでいく。そしてスキルは極力使わない。……何故だかわかるか」


 言外に、お前ならわかるだろうと言っている。

 そして確かにミサキにはそれを知っている。ずっとそうやって戦ってきたから。

 もちろんその戦法しか選択肢が無かったというのが一番の理由ではあるのだが。


「スキルには技後硬直が……後隙が、あるから。攻撃するたびに隙を晒してたらカウンターを食らって耐久の低いストライダービルドはすぐにやられちゃうから」


 実際シュナイダーと戦った時もそうだった。

 彼は姿と音を消す【ステルス】以外一切のスキルを使わなかった。 


「そうだ。そしてそれが常套戦術になっているのは、ストライダービルドのロールモデルがお前だからだ。みんなお前を参考にし、お前に憧れ、スピードを追い求めた」


「そんなの……知らなかった」


 ミサキはこのゲームに関してあまりネットで調べない。特にSNSや掲示板などではあまり触れないようにしている。

 以前よく利用していた攻略wikiも最近はあまり訪れることができなかった。

 だから自分がそんなふうに評価されているなんてことは知る由も無かった。


「だから……恥を忍んで言わせてもらうが、お前には期待している。いや、期待せずにはいられない。俺たちの先頭を走るお前があの無敵のスキルを破ることができれば……この憧れは間違っていなかったんだと思えるから」


 そんなふうに思われるのは初めてだった。

 そこまでストレートな憧憬を向けられることは、今まで無かった。

 頑張った結果投げつけられた嫉妬なら配り歩くほどあったし、努力に対して受け取ったものはそれのみだったからだ。


 元より勝つつもりだった。

 なんとしても、どんな手を使っても。

 そのうえで正々堂々ルールにのっとってカンナギを越えるつもりでいた。


 だけどこれは――奮い立つ。


「…………よし! じゃあ見せてあげるよ。この世界に無敵なんてないってことをね」 


 挑戦的に笑うミサキの中で、戦意がひときわ強く輝いた。

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