86.天より落ちる
このゲームにはランキングシステムというものがある。
アリーナで開催されるトーナメントや、先日開催された『ライオット』のようなイベントの結果からポイントが付与され、順位が付けられるといったものだ。
上位になると報酬が配られ、ミサキも精力的にランキングを上げる心づもりだったのだが……実装からすぐにマリス関係でゴタゴタしたこともあり、あまり参加できていなかった。
しかし『ライオット』で二位になったこともあり順位が急上昇。だったらランキングリセットのかかる月末までは頑張ってみようか、と腰を上げたのである。
「はああああっ!」
気合と共に放った拳打が炸裂し、ゴリラっぽい男性プレイヤーが岩壁に叩き付けられた。ずるずると崩れ落ちる彼の頭上でHPバーが半分を下回ると共にファンファーレが鳴り響く。今回のルールは『
ここはタウンから南に位置する岩山エリア。そこで近い順位のプレイヤーを見つけたミサキは指名バトルをふっかけ、こうして戦っていた――というのが現在の状況である。
ランキングを上げる手っ取り早い方法としてこの指名バトルがある。順位の近い者にバトルの申請をし、勝てば大量のポイントを奪えるといったシステムだ。
「ふー、勝った勝った」
「うぐ……おお……」
思ったよりもぎりぎりの勝負だった。
金づちのような武器を使う彼は見た目に反して身軽で、でこぼこした地形をふんだんに活用した戦法でミサキを翻弄してきた。攻撃力も非常に高く、一発貰っただけでHPが急激に減少した時は肝を冷やした。
…………結果だけ見ると、その一発しか攻撃を受けてはいないのだが。
「強すぎるだろ……なんでこんなランク帯にいるんだバカヤロー」
「えへ、強い人に褒められると気分いいなあ」
「運が悪いぜまったくよ! どこにでも強え奴ばっかでたまんねえ……なあお前『勇者』って知ってるか?」
首を横に振る。
勇者。ゲームなどでは定番ではあるが、この世界にもいるのか。勇者というのが通りなのか
「最近すげえ勢いで順位を上げて来てるランカーだ。前はそこまで名は知られて無かったんだが……とんでもねえスキルを習得してから一変した」
「とんでもないスキルってなに?」
オウム返しするミサキに、男はにやりと口の端を曲げて笑う。
「くくっ。まあお前の目で確かめてみな――お前がランキングを登っていけば、いつか当たることもあるだろうよ」
そう言い残して男は去った。
ミサキは端末を取り出し、変動した自分のランキングを確認する。ついでにスクロールして『勇者』という名前を探してみるが、それっぽい名前のプレイヤーはいなかった。
「んー……まあいいか」
少し興味はある。
ログアウトしたら調べてみようと思い、とりあえず今はフランの待つアトリエに帰ることにした。
「だからわたしはね、ゆっくりしようと思ってたんだよ」
「はいはい」
カンカンカンカン、と金属を叩くような音が連続する。
「最近いろんな人と戦ってばっかだったからさ、カフェでマフィンでも買って今日はのんびりするつもりだったんだよ。わかる?」
「そうねー」
「なのに……って聞いてる? フランのせいなんだからね」
ミサキとフランの二人は塔タイプのダンジョンに潜っていた。
天井が見えないほどの高さを誇る円筒型の吹き抜けを貫いているむき出しの螺旋階段をひたすら登っていくというシンプルな構造になっている。
壁面から出現しては飛び寄ってきて機銃を撃ってくる蜂型ドローンのようなモンスターたち……『ビーレギオン』を避けて進むことはできず、しかも螺旋階段という狭く不安定な足場での戦闘を強制されるので、シンプルなのも考え物だと思いながら駆け上る。
アトリエに帰った途端ここに連れてこられたのだ。
なんでもここのボスが落とすらしい素材が必要だとか何とかで。
ミサキは断ろうとしたのだが、珍しく『おねがい♡』と可愛くねだられたので、こうして仕方なく着いてきたというわけだ。
「あーもうまた来た……フランよろしく」
「アイテムにも限りがあるんですけどー!」
「あんな空中に留まられたら素手のわたしじゃ攻撃が届かないんだってわかってるでしょ! ほら早く!」
全くもう、とため息をつきながらフランは銃を持った兵隊のおもちゃのようなアイテム、《バレットボット》を取り出し、空中に投げる。兵隊は階段に着地したかと思うと銃を構え、自身の意志で蜂型ドローンを撃ち落としていく。
そんな光景を尻目に二人は階段を駆け上がり――ようやく出口……天井の穴が見えてきた。
「着いた!」
とん、と屋上に足を踏み入れる。
周囲には抜けるような青空が広がっていて、この世界を一望できそうなほどに高い。とは言えここはダンジョンなので通常のフィールドからは切り離されており、見下ろしても分厚い雲に遮られて何も見えはしないのだが。
それはそれとして、広々とした屋上には先客がいたようで、すでにボスが出現している。
それはさっきまで見ていた『ビーレギオン』のような機械生命体だった。カニのような胴体から鋼鉄のアームが四本生えていて、空中に浮遊している。胴体の前面には赤いモノアイがきらりと光っている。
そしてそのただひとつの目はミサキたちとは違う方向を見ていて――視線の先を見ていると、屋上の端に追い詰められた男性プレイヤーが腰を抜かしていた。
「くそ、こんなところで僕は死ぬのか……!」
機械生命体のボス――『メタル・ゴライアス』はアームのうちひとつを弓を引くようにしてぎりぎりと構えている。
攻撃態勢だ。その矛先は間違いなく男性プレイヤーに向いていて、とどめを刺そうとしているのがわかった。
ミサキはフランと頷き合い、機械生命体へと走り出す。
それと同時、フランは懐からアイテムを取り出し、青年へと投げつけた。
「《バリア・チケット》!」
フリスビーのように投擲された円盤は飛びながら展開され、青年の前に青白い障壁となって立ち塞がった。ロケットパンチのように発射された鋼のアームを防ぎ、勢いを完全に殺したタイミングで消滅する。
「助かった……?」
「大丈夫? 下がってて」
震える青年に歩み寄ったフランがよくよくみると彼は手ぶらだった。
不思議に思って周囲を観察してみると、白金の立派な西洋剣が『メタル・ゴライアス』の胴体にへばりついている。
「あいつは磁力を使うんだ。金属鎧を装備してる者はこのステージでまともに動けないし、僕の武器も奪われた」
なるほど、と得心がいく。
確かにこの塔の屋上には常に青い稲妻のようなエフェクトがかすかに駆け巡っている。これが磁力なのだろう。
「運が良かったわね。あたしたち二人、金属装備は使ってないわ」
運が良かった、というのは自分たちに対してもだ。もし金属装備で固めていれば自分たちも満足に動けはしなかっただろう。
視線の先では機械生命体が残りの三本のアームをこちらに向けている。しかしフランは防御姿勢をとるわけでもなく、回避をするつもりもない。
「逃げるんだ、君!」
「必要ないわ」
す、と指をさすその先で、アームが全てあらぬ方向に吹き飛ばされた。
「え…………?」
信じられないものを見ているといわんばかりに口を開けた青年の前でふわりと滞空しているのはミサキ。
浮遊する三本のアームを目にも止まらぬ速度で殴り飛ばしたのだ。
『メタル・ゴライアス』は見た目通り高い耐久力を誇っている。しかし防御力を貫通する確定クリティカルを振り回すミサキの前では、装甲は意味を成さない。
アームをすべて失い丸裸になったゴライアスだが、まだあきらめていないようで胴体上部のハッチを開けるとそこから大量の『ビーレギオン』を吐き出した。
「あーあーいっぱい産んで。面倒だから……これね」
フランが投げたのは小さな赤い傘のようなアイテム。
その名は《ボルケーノ・アンブレラ》。傘はふらふらと宙を舞い、蜂ドローンの群れの中に突っ込む。
「降り注げ!」
フランの声に反応したかのように傘が赤熱し、くるくると回転を始め――あたりに火山弾を撒き散らす。真っ赤に燃える無数の岩石がドローンを次々に撃ち落とし、そのまま『メタル・ゴライアス』を襲う。
「GoAAAAAAA!」
くぐもった電子音のような断末魔を上げて機械生命体は爆発四散した。
ファンファーレが鳴り響き、ミサキとフランはハイタッチを交わす。
「サイコー」
「いえーい」
二人してストレージを確認するとお目当ての素材はドロップしていたようで、安堵のため息をつく。素材目当てにまた塔を登るのは勘弁したかった。
「じゃあ帰ろっか、フラン」
「ちょ――ちょっとまってくれ!」
がしゃんがしゃんと鎧を鳴らしながら駆け寄ってくる青年。ボスが倒されたことで磁力の影響はなくなったらしい。
そういえば彼のことを忘れていた。
「わたしたちが来てよかったね。でもお礼は良いからね。強いて言うならアトリエに来てくれたら――――」
などと続けようとしたミサキの横を素通りし、青年はフランへと走り寄る。
え? と停止したミサキをよそに、青年は興奮した様子で口を開く。
「君はフランと言うのかい!?」
「え、ええ。天才美少女錬金術士フランちゃんとはあたしのことよ」
「天才……美少女……! いやまったくその通りだよ!」
「そ、そうね?」
いつもの自己紹介を全肯定されてさしもの錬金術士も動揺しているらしく、首を傾げている。
「僕はカムイ・凪という。みんなからはカンナギと呼ばれているんだ……ぜひ君も親しみを込めてそうして欲しい」
「え、ええ。カンナギ」
「ああ……なんて美しい声なんだ!」
この青年、整った目鼻立ちに短いサラサラの金髪がとてもよく似合っており、形容するならおとぎ話に登場する王子様のようなのだが、今は少年のように興奮しているらしく白い頬を紅潮させている。
今はなんだか悶えており、ミサキからするとちょっと気持ち悪い。
「それで、フランさん!」
カンナギと名乗るその青年はフランの両手を包み持つ。
ちょっと、とミサキが制止の声を上げるが彼には届かないようだった。
「なにかしら?」
「僕は……」
「僕は?」
ごくり、と生唾を飲む。
りんごのように顔を真っ赤にしたカンナギはキッとフランの瞳を見据え、こう叫んだ。
「僕は君が欲しい!!」
「え」
開いた口が塞がらないという言葉を、その時のミサキはこれ以上ないくらい体現していただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます