85.ガチャガチャガチャガチャ


 さて、次の日である。

 

「さてミサキ……いろいろあったから忘れかけていたけど……」


「うん…………」


 物々しい雰囲気がアトリエに満ちる。

 いや、元々ここは怪しい薬品や吊るされた謎の植物や干しトカゲ(でいいのだろうか、ミサキは怖くて訊ねたことがない)などのせいで怪しい雰囲気を漂わせてはいるのだが。


 それはそれとして、やはり妙な空気ではあった。


「あたしたちは例のイベントで優勝した! つまり!」


「大! 富! 豪!!!!」


 YEAHHHHHHHHHH!!!!! ととんでもないテンションを爆発させハイタッチを決める二人。


 先日行われたレースイベント『ライオット』。

 高順位獲得者に莫大な賞金と景品の数々が贈呈されるそのイベントで、ミサキとフランの二人はワンツーフィニッシュを決めた。正確にはフランが一位、ミサキが二位である。

 その結果として彼女たちの手には今、莫大なクレジットが溢れている。


「うふ、うふふふふふっ! これでもうしばらくお金には困らないわ!」


「これ使って何する? やっぱ豪遊かなあ!」


「あはははははは! …………なんてね」


 一気に二人してテンションダウン。

 どんよりと重苦しい空気が蔓延し始める。


「いや確かにお金はあるけど……使い道が……ね」


「うん……喫茶店とか何万回いけるのって感じだし、いくら好きでもそんな行かないし」


 このゲームにおけるお金……クレジットの使い道は、実はそこまで多くない。

 ゲーム内での飲食やアイテムや装備の購入が主になるのだが、飲食は大してかからないし、アイテムや装備もここまでくると役に立つものが少ない(錬金術士であるフランがもっと優秀なものを自分で作れるからという理由もある)。


 そのほかでは、マイホームやギルドハウスの増築および改装が大金の使い道になるのだが、こちらはフランにその気がない。今のアトリエが気に入っているからだ。


 そうなると、やはり最後に立ちはだかるのは…………。


「ガチャね…………」


「ガチャだよね…………」


 ガチャである。

 このゲームにおけるガチャを改めて簡潔に説明すると、ダンジョンを生成するためのカギを手に入れる手段だ。カギを使用すると、タウン外に広がるフィールドのどこかにダンジョンが出現する。レアリティの高いカギであればあるほど生成されるダンジョンの難易度は高く、それに比例してボスがドロップするアイテムや装備、素材は良いものになっていく。


 特にフランはなにをするにもアイテムが必要で、それを作るための材料を常に欲している。レア素材があれば作れるアイテムも増えるという話で……だからガチャを引くためのクレジットを稼ぐためにライオットに参加したのだ。


「今までガチャは高いし排出渋いしでわりと敬遠してきたけど、今ならバリバリ回せるよね」


「ええ」


 最高レアのSSRカギはなかなか出ない。もう信じられないほど出ない。

 なにせ排出率が1%を切っている。これについてはもうとんでもなく顰蹙を買っている。競争させるゲームデザインにしておきつつこの確率ではどうしようもない。その上リアルマネーの課金もできない。

 その代わり、誰かが生成したダンジョンには入場可能数が残っている限り他のプレイヤーも入ることができる。レア度の高い人気のダンジョン前では争いが起きたりもするのだが、それはそれだ。


 はっきり言ってしまうと、今ある二人のクレジットをすべて使ってガチャを回すと、それだけで日が暮れるくらいには潤沢な資金がある。だから何かしらの結果は出せる……はずだ。いわゆる天井というものが存在しないので絶対というわけではないが。

 だから心配しているのはガチャを引いたそのあとである。

 

 未来を案ずるミサキ。それを悟っているのか、フランは目を合わせて頷く。


「さてそろそろ行くわよ――地獄へ」


 さっそうと立ち上がりアトリエの出口へと歩いていく。

 その背中はこれ以上ないほどに頼もしかった。







「やだあああああ! ガチャもうやだああああ!!! 100連でSRすら無しってどうなってるのよーーーーっ!!!」


「フラン頑張って! 正気を保って!」


 アリーナのロビーの隅にあるガチャコーナーでうずくまって頭を抱えるフランと、肩を揺さぶるミサキ。

 ひとえに地獄絵図だった。

 ふたりのストレージにはRレア以下の有象無象カギが大量に収められている。そろそろ空きが無くなってくるので一度アトリエに戻ってコンテナに移してこなければならない。

 

 ここまで渋いとは思わなかった。

 もちろん資金にはまだまだ余裕がある。100連程度ではびくともしない。

 だが、ここまでろくなものが出ないと精神的に堪えてくるし、この先もずっとこうなのではと考えてしまう。

 実際に引いているフランはもっとそうだろう。現にここまで憔悴した彼女は初めて見る。以前決裂の危機を迎えた時もここまでではなかった。


「ガチャは人を狂わせる…………」 


 身をもって知った。

 周りを見回してみると、まばらなプレイヤーたちはみな遠巻きにこちらを見たり、逆に見ないようにしている。最初のうちは注目の的だったのだが、あまりにもドブを極めた光景を見て、自分たちのガチャに関する嫌な記憶を思い出したのか自ら去って行った。


「ほらフラン、今日はもう帰ろう? お金はまだまだたくさんあるし、暇を見てちょいちょい回していこうよ」


「うう…………いやよ…………だってここで引いたら死んでいった100連分のお金ちゃんたちはどうなるのよお…………」


「その考えが泥沼なんだよ……」


 さめざめと泣きだしてしまいそうなフランを半ば無理矢理引っ張りながら嘆息する。

 この天才錬金術士をここまでこてんぱんにするガチャこそが最強の敵だったのかもしれない。

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