52.あたしが守ってあげなくちゃ


 大丈夫、気にしてないなんて言いながらミサキは少しだけ寂しそうにしていた。

 どうでもいいなんて、ほんとうは嘘なんだと思う。自分ではそう思っているつもりなのかもしれないが、だったらそんな顔はしないはずだから。

 以前、フランはこんなことを言った。


『ミサキって優しいわよね』


 たしか最初にエルダと戦うことになった顛末を離した時のことだったと記憶している。

 それ自体は大した意味を含まない、ただの雑談の中の1フレーズ。皮肉っぽい口調で、でも半ば本気でそう零した。冗談めかしてでもないと恥ずかしくて口にできそうになかったから。

 だから同じように冗談半分の返答を期待していた。でもそうはならなかった。


『……そんなことない。わたしは自分勝手で、けっこうひどいやつなんだよ』


 そうやって悲しそうに笑う彼女のか細い声がいまだに耳に残っている。

 自分はいい人なんかじゃない、そんなふうに思って欲しくないと、ミサキは必要以上に露悪的になる時がある。


(あんな顔する子が悪人なもんですか)

 

 ミサキみたいな人間は放っておくとひとりで傷ついて、その傷を胸のうちにしまい込んでしまう。それで、何でもないように笑うのだ。

 あの時もそうだった。あの謎のモンスター……マリスと対峙した時も、まるでそれが当たり前みたいにフランを守るように立ち塞がった。あの時は結果的に勝てはしたが、当時の彼女に勝てる算段は無かったはずだ。だからあの時は掛け値なしに、フランを逃がすための盾に徹しようとしていた。


 自分の身なんか全くかえりみずに。


「……………………」


 肩をいからせてフランは大通りを歩く。

 少し注目を集めているのはわかっていたが、怒りがどうしても収まらない。

 

 誰だ。

 誰があんな噂を流した。


 犯人を突き止めないと居ても立っても居られない。

 ミサキはしばらくアトリエには来ないと言っていた。フランが良くても、アトリエの評判に傷がつくのは嫌だからと距離を置くことにしたらしい。それも許せなかった。

 そんな提案を、断れない自分が嫌だった。


 ミサキの言う通り、ほとぼりが冷めるまで会わない方がいいというのはわかっている。

 だけど、だとしても、無辜の大衆のせいでそんなことが強いられるのが嫌で嫌で仕方がない。


 目星はすでについている。

 昨日の今日だ。記憶が薄れるはずもない。


 




 草原エリアを歩くとある一行。

 ラブリカを中心とした、屈強な騎士団を思わせる集団である。

 近隣にあるダンジョンの探索を終えた彼女たちはホームタウンへと続く道を歩いていた。


「ふふ、いい稼ぎになりましたね。あのボスいっぱいお金を落としてくれました。みなさんのおかげで勝ててよかったです」


「いえ、姫のためなら俺は」

 

「いやいや俺も」


「私も!」


「もうみんなったら。でもありがとう、今日は少し落ち込んでたので励まされちゃいました」 


 はにかむラブリカの笑顔に周囲の仲間たちは表情をだらしなく緩ませる。

 が、その行く手――タウンの門の前に、誰かが立ち塞がっている。


「待ってたわ。ラブリカ」


「フラン……? どうして」


「あなたよね。噂を流したのって」


「…………噂?」


「しらばっくれないで。ミサキの悪評を流したのはあなたでしょう」


 昨日、ラブリカがアトリエを訪ねて来て、ミサキと連れ立ってどこかへ行った。

 詳細には教えてくれなかったが、何かしら話がうまくつかなかったことだけはわかった。

 その次の日にミサキの悪評が立ったということは、怪しいのはこのラブリカだ。


「悪評? そんなの知りませんけど」


「……今すぐあの子に謝って、噂を撤回するなら何もせず許してあげる」


「…………だから知りませんって。さっきからなんなんですか? 証拠でもあるんですかー」


 鬱陶しそうな、唾でも吐き捨てそうなその態度に、フランは確信した。

 間違いなくこの女が犯人だと。


「あくまで白を切るつもりなのね。まあ、そっちの方がいいわ。遠慮なくぶちのめせるから」


 どこからともなく杖を取り出すフラン。

 臨戦態勢である。

 

 それを見たラブリカの取り巻きが剣を抜こうとし――ラブリカが手を上げて制する。


「いいわ、みんな。私がやります。この勘違い女にわからせてあげないとね?」


 ラブリカが取り出したのはステッキ。

 まるで日曜の朝にやっているアニメに出てきそうな、ピンクのハートをモチーフとした武器だ。

 

「誰が勘違い女よ」


「あなたですけどー? もしかして聞こえませんでした?」


「…………ぶっ飛ばす」


 ぷつん、と堪忍袋の緒が切れた。

 目の前にいる女を叩きのめす。フランの頭にはそれだけしか無くなった。

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