第二章 美少女錬金術士フランちゃん!

6.フランのアトリエ ~金にがめつい錬金術士~


 ミサキが連れてこられたのはフランのマイホームだった。

 いや、抵抗はしたのだ。だが半ば無理やり引きずって行かれてしまった。戦闘時以外のアバターの身体能力は現実の人間と変わらない程度に統一されているのだが、なぜかフランの腕の力はやたらと強く、逃れることは出来なかった。


 フラン曰く最近買ったらしいふかふかのソファに身体を預けながらあたりを見回す。

 天蓋付きのベッドと、やたらと大きな釜が目を引く。それ以外には様々な色の液体で満たされたフラスコがいくつか棚に保存されている。

 なんというか、とんでもなく怪しい家だった。  


「――――ようこそあたしのアトリエへ」


「アトリエ?」


 アトリエと言われると、画家などの仕事場というイメージがミサキにはある。

 だが先程の自己紹介を鑑みると、錬金術の工房としてのアトリエらしい。

 金髪碧眼に三角帽とローブの組み合わせは言い逃れのしようもないほど魔女なのだが。


「ねえ、わたしそろそろログアウトしてごはん作らなきゃなんだけど」


「ろぐあうと……ああ、帰るってことね? ごめんなさい主婦だとは知らず……」


 申し訳無さげに眉を下げるフラン。

 

「いや主婦ちがうわ! 友達に作るの!」


 ミサキ――神谷沙月は同じ寮で暮らす友達に、毎日食事を作っている。

 日も落ちかけ、夕食の時間が近づいているので、そろそろ向こうの世界へと戻らなければ。


「ふうん、そう。でもそこまでお時間取らせないから勘弁してちょうだいね」


 ぱちん、とウインクをひとつ。

 苦手なタイプだ、と思う。強引で人の話を聞かない。

 思わずため息を落とす。ミサキは諦めて話を進めてもらうことにした。さっきのバトルで疲れているというのもあることだし。


「……で? 組むってどういうこと」


 まずはそこからだ。

 突然そんなことを言われても何が何だか分からない。

 

「ああ、そうね。事情を説明していなかったわ」


「そうだよ無理やり連れてきてさ」


「ごめんなさい、怒らないで? ……あたしはね、このアトリエを繁盛させたいのよ」


「繁盛? お店なの?」 


 どう見ても怪しい工房でしか無いのだが。


「錬金術で調合したアイテムを売りたいんだけど、これがさっぱりお客が来ないのよ」


「あー……ここ人があんまり通らないもんね」


 このアトリエは大通りから外れた細い道に面している。

 それなら立ち寄る人も少ない……というか通りがかったとしても、ここでアイテムを売っているということはわからないのではないだろうか。


「そう。だからまず名を広める必要があると思ったのよ――そして白羽の矢が立ったのがあなた!」


「いや立てないで」


 びしっ、と目前に突き出された指を手で退ける。

 

「アリーナで開かれるトーナメントにはたくさんの人が集まるわ。そこで宣伝すれば知名度爆上げお金はがっぽがっぽよ!」


 ニヤつきながら輝かしい未来(妄想とも言う)に思いを馳せるフラン。

 どうやらお金を稼ぎたいらしい。


「それわたしじゃなくても良くない?」


「いいえ。まず強いというのが第一。当たり前だけど勝てばそれだけ人目に触れるわ。そしてもうひとつは、素手という特異性。話題としてはこれ以上のものはないでしょう」


「うーん……」


 珍しい、というのには同意するが、強いかと言われるとどうだろうか。

 この戦い方は、今のうちは勝てるとしても、将来的には通用しなくなるだろうという予感があった。


「そう言えばアイテムってどんなのが作れるの?」


 話を逸らす目的で、ふと気になったことを聞いてみた。

 するとフランはよくぞ聞いてくれましたと笑みを深める。


「爆弾とかの攻撃アイテムに回復アイテム、武器や防具に装飾品、あとあんまり得意じゃないけどお菓子とかね」


「へえ、なんでも作れるんだね」


 そうとうSPスキルポイントをつぎ込んだのだろうか。

 こんな稼働初期から錬金術士……おそらく上位職か何かだろう、そんなクラスに就いているとなると並大抵の努力では無さそうだ。見た目や言動に反してやりこみタイプなのかもしれない、と親近感が湧いた。

 ……ただ、それと手を組むという話はまた別だ。


「……でもごめん、お断りする」


「どうして?」


「できるだけ縛られずに、自由に遊びたいんだ」


 それが本音だった。

 誰かのために頑張るというのはやぶさかではないが、それが常となるのは避けたい。

 ゲームは思うままに遊びたいのだ。もちろん他人に迷惑をかけない範囲で、だが。


 だが、それを聞いたフランは落ち込むこと無く、ミサキを挑戦的な笑顔で見つめる。


「……じゃあ賭けをしない?」


「賭け?」


「三日後のトーナメントであなたが優勝できなかったら――あなたはこのアトリエの広告塔になる。優勝できたらこの話は無し。どうかしら」


 がく、とうなだれる。

 エルダに続きまたこういう展開になるのか。


「いやそれわたしにメリット無いし――――」


「あなた、装備に困ってるんじゃないかしら」


 ぐ、と言葉に詰まる。

 確かにそうだ。速度を保つために軽い装備にすると耐久がお粗末になる。それもあって今日のエルダ戦も負けかけたのだ。


「それは……そうだけど」


「優勝した暁には、あたしが軽くて丈夫で強力な防具を調合してあげるわ。もちろんタダで。このあたしが、タダでよ」


 念押しするフラン。

 正直、美味しい話ではある。だが、


「でもフランがどの程度の装備を作れるのかわかんないし」


「ならこれを見てもらおうかしら。おととい暇なときに作ったやつだけど」


 フランはおもむろにメニューを開き、アイテムウィンドウをこちらに見せてくる。

 基本的に自分のメニューは他人には見えないが、ウィンドウ右上のチェックを外すことで周囲に可視化される。

 

 そこに書かれていたのは、フランが作ったという重鎧のアイテム情報だった。

 重鎧の中でも高い防御力に、軽鎧レベルの重量。さらに有用なパッシブスキルがいくつも付いている。ダンジョンボスのレアドロップ装備よりも明らかに性能が高い。

 これは正直、期待できる。というか欲しい。


「これだけのモノを作るためにはいい素材がいくつも必要だし、お金もかかるわ。だけどそれだけの期待をあなたにはしてるのよ」


「……わかった。明々後日のトーナメント出るよ」  


 根負けした。

 というより欲に負けた。

 いや、いいのだ。優勝すればいいだけ……そう自分に言い聞かせる。


「ほんと!? やったー!」


 よほど嬉しいのか、金髪を振り乱し子犬のように飛び跳ねる。

 まだ広告塔になるとは決まっていないのだが。


「ていうか、なんでそんなにお金稼ぎたいの?」


 素朴な疑問だった。

 このゲームのお金はRMTには使えない――つまりリアルの金銭に換えることはできないようになっている。なのにどうしてそこまで、と。


「そうね……あなたたちってレベルを上げて、ステータスを上げて、それで喜んだりするでしょう?」


「うん、確かに」


 上がったレベルは努力の結果だ。

 わかりやすく成長が目に見える。


「それがあたしにとってはお金だったってだけ。自分の頑張った証を、目に見える形で残したいのよ」


 少しだけ、遠くを見つめるような目をフランはしている。

 それがいつか見た誰かの姿に重なったような気がした。


「あと、この近くの大通りにある喫茶店の『かふぇもか』ってやつが美味しいのよ! 浴びるほど飲みたいわ!」


「食欲じゃん!」


 ……やっぱり、よくわからない子だった。

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