11.8.本当の願い


 一息ついた木幕は、柳を見る。

 彼は満面の笑みを見せ、拳をこちらに突き出していた。

 木幕も小さく笑ったあと、コツンッと拳を合わせる。


「劣っていないではないか」

「柳様が勝手にそう思われていただけですよ?」

「むむ、魔物や魔族ばかり見て、少し見る目が落ちたか……?」

「肥えたのではないでしょうか」

「その線は薄いだろう! ふはははは!」


 確かにそうかもしれないと、木幕も一緒になって笑った。

 彼が大きな声で笑うのは、本当に珍しい。

 柳もそれに満足して、更に声を上げて笑った。


 だがそれを良しとしない者もいるようだ。


「ガアアア!! ナゼアア! ナゼダアア!!」

「ぬ、しぶといの」

「某が」

「うむ。お主の役目だ」


 木幕は再び葉隠丸を抜刀し、首だけになったナリデリアに切っ先を向ける。

 首ではなく頭を叩かなければならなかったようだ。

 だがしかし、もう抵抗することはできないらしい。


「ユルサン!! 許さんぞ貴様!! お前に、いやお前らには呪いをかけてやる!! 死ぬよりも辛い呪いだ!!」

「ではな」

「ヌアアアアアアッ──」


 ドッ。

 葉隠丸の切っ先が、脳天を貫いた。

 言葉を失ったように固まったナリデリアは、次の瞬間静かに消えていってしまう。


 今度こそ終わったと、木幕はもう一度血振るいをして納刀する。

 よくやってくれた。

 感謝の念を込めて、木幕は葉隠丸を撫でた。

 同じ様に、柳も天泣霖雨を撫でている。


「して、どうするつもりだ? あんな別れ方をしておいて……」

「んぐっ……み、見ておられたのですか……」

「あれから一月経ったからな。拙者もあの場所に呼ばれておったのだ」

「まぁ、なんの策もなしに来てはおりませぬ」

「ほぉ」

「さぁ、出てきてはどうだ。この世の本当の神よ」


 木幕が白い空間に向かって、声をかける。

 しばらくは何も起きなかったのだが、突然ポンッと小さな女性が現れた。

 彼女はテチテチと歩いてきて、木幕の前で立ち止まった。


 可愛らしい女性だ。

 白い衣を何重にも重ねている。

 髪飾りがやけに多いが、重くはないのだろうかと変なところが気になった。


『重くはないですよ』

「む、心を読み取られた……」

『木幕様、柳様。彼女を止めてくださってありがとうございました』


 口は動いていないが、頭に声が流れ込んでくる。

 奇妙な感覚だ。


「ふふふふ、拙者の家臣は凄いであろう」

「何故柳様が誇らしげにするのですか……」

『ええ、本当に。我ら神の中で問題児とされていたナリデリアが、まさかこんな……』

「ああ、他所に口を出すつもりはない。神がどうとか、そういう話はどうでも良いのだ」

『それもそうですね。申し訳ありません』

「だが神よ。これで侍たちはもう無益な戦いをしなくても済むのだろう?」

『それは私が保証いたします。もう二度とこのような事を繰り返さないようにしますので、ご安心ください』


 それが聞ければ十分だ。

 木幕と柳は小さく頷いて笑い、ようやく努力が実を結んだと満足した。


『それでなのですが、あなた方にお礼をして願いを一つずつ叶えて差し上げようと思うのです』

「ああ、拙者は死んでいるから、木幕に拙者の分を分けてやってくれ」

「え、二つ……願いを言っても良いということですか?」

「うむうむ。功績者を労わねばな! これは拙者からの褒美である! 有難く頂戴せよ!」

「まったく……」

「無欲なお前だからな! こうでも言わねば受け取るまい!」

「あーっと……良いのですかな?」

『構いませんよ』


 しかし、急に二つ願いを叶えてくれると言われて、すぐに思い付きはしない。

 一つは決まっていたのだが、もう一つとなると難しい。

 だがそこで、ピンッと思いついた。


「……妻と、娘の墓参りを」

「む!? そんなことで良いのか木幕! 二つしかないのだぞ!?」

「構いませぬ。これが良いのです」

「……かー、これはあの空間にいる者たちも呆れておるわ」


 呆れてはいるが、柳は「木幕らしいといえばらしいが」と付け加えてくれた。


『では、一つはそれでよろしいですか?』

「頼む」

『分かりました』


 その瞬間、木幕と柳は眩しい閃光に包まれる。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに周囲を見ることができるようになった。


 そこは、木幕家の墓の近くだ。

 森が美しく整えられており、墓はきれいに掃除されている。

 久しぶりに来たが、なんだか感慨深いものがあった。


「……参るぞ、木幕」

「なぜ柳様まで?」

「拙者がお供では不満か? フフフフ」

「いえ、滅相もございません」


 柳は笑うと、そのまま木幕家の墓へと歩いていった。

 木幕もそれについていく。


 到着した場所は、大きくもなく、小さくもない墓だ。

 手入れがされているようで、周辺に雑草は置かれていない。

 木幕は懐に手を突っ込み、小さな石の欠片を取り出した。


「木幕、それは何だ?」

「クオーラ鉱石の欠片です。こちらにはない石ですね。娘は綺麗な物が好きだったので」

「左様か……」


 木幕は墓の前で手を合わせる。

 柳も同じように手を合わせた。


千奈ちなてる。久しいな。某は少し長い旅に出ていた。面妖な世ではあったが、なかなか楽しかったぞ。これはその世で手に入れた鉱石だ。向こうの友達に自慢してきなさい」

「……」

「柳様も来てくださった。誠、民想いの良い主だ。少々癖は強いがな」

「む?」

「……だがすまぬ。これが最後の墓参りになるやもしれぬ。許して欲しい」


 木幕は頭を上げて、笑った。


「残してきた仲間がいるのだ。放っておけんでな」


 そう言って木幕は合わせていた手を離す。

 柳もそれを見て手を放し、木幕の言葉の意味を理解した。


「戻るのか」

「はい。この日の本に未練がないと言えばうそになりますが、主亡き今、ここに居ても蔑まれるだけでしょう」

「そんなことはないと思うがな」

「ええ、確かに。ですが某は、あの世界を好いてしまいました。無論、仲間のことも」

「妻の前で言うでない!! まったく、それでここに来たわけか……」


 柳は嘆息し、木幕を見る。


「良いのだな」

「ええ。どうにも、あの二人は妻と娘に似すぎているもので……」

「怒られても知らんからな」

「柳様が口を出す範疇ではないですよ」

「確かにな! フハハハ!」


 ポンッと、神が現れる。

 話を聞いていた様ではあるが、木幕に再度聞いてみた。


『最後の願いを』

「うむ。某の最後の願い……本当の願いは……」



 ◆



「うぇっ……うぐぅうう……」

「………」


 森の中で二人の女性が泣いている。

 その目の前には冷たくなった死体があり、周囲には血たまりができていた。

 何処からどう見ても死んでいる。


 しかし突き刺された刀は抜かれており、丁寧にその場に置かれていた。

 木幕が刀を丁寧に扱うことはこの二人にとって常識だった。

 だからこそ、抜身のまま置いておくわけにはいかないと、こうして綺麗に置いているのだ。


 どういていいか分からず、彼女ら二人はあれから何もしなかった。

 感情の整理がつかない。

 別れがこんな形になるなんて、思いもしなかったのだからそれも仕方がないことだ。


「……っ? ……っ!!? っ!! っ!!」

「うぐっひっ……なっに……!?」

「ああーーーー……自傷なんてするものではないな……ったく……」


 若干残っている気のする箇所を触るが、傷はない。

 丁寧に置かれている刀を見て、それを静かに手に取った。

 血色も戻り、心臓の鼓動が聞こえる。

 流れ出た血はそのままで、服は真っ赤に染まっていた。


「これは洗わねばなぁ……っどぅ!!? だぁっ!?」


 突然来た衝撃に、木幕は空気を吐き出す。

 続いて背中からも強い衝撃を受けた。

 なんだ、とは思うまい。

 その正体は既に分かっていた。


「うああああああ!! うああああああ!! しっじょおおおお!!」

「っーーーー!!!!!!!!!!」

「ああ、ああ、悪かった悪かった……。いだだだだだ! スゥよ!! 髪を! 髪を噛むでない!! んぐぅ!? レミよ……少し力が……強くなったな……!」


 大号泣しながら、レミとスゥは木幕を抱きしめる。

 これだけの長い旅をしてきたのだ。

 そういう感情がないわけではない。


 腕を回して腹部に顔を抑えつけるレミと、頭に覆いかぶさって髪を噛むスゥ。

 なかなかの激痛が走るが、これがせめてもの償いだろう。

 痛みを我慢し、二人の頭を撫でてやる。


 長い旅だった。

 木幕の目的は完遂し、更に彼女らに元に帰ってくることができたのだ。

 これ以上何を求めようか。


 痛みに耐えながら、今までの旅を思い出す。

 レミと初めて会った時が、この旅の始まりだった。

 槙田と出会い、夢の中でまで高め合った良い友だったと思う。

 水瀬と西形は仲が悪かったが。


 それから沖田川と出会った。

 その前にスゥが外で寝ていたのだったなと思い出し、スゥを頭から前に移動させて抱きしめる。


 津之江の料理は美味かった。

 辻斬りだったのは意外だったが。

 葛篭は本当に強かった。

 彼のような人間にはやはり憧れが持てる。


 石動は鍛冶師で、旅の中では一番恩がある男だった。

 自分の武器を溶かして人の刀を打つなど、できるものは少ないだろう。

 そういえば、あの忍び二人は結局仲が良かったのだろうか?

 喧嘩らしいことはしていたが、最後には仲良くしていた気がする。


 船橋は何というか、正義感が強かった。

 最後はヘコヘコしていたが……あれには流石に同情する。


「柳様。最後まで付き合ってくださり、誠にありがとうございます。お主らも、助けてくれて、有難う」


 空を見上げ、礼を言う。

 涙を流しながら、礼を言った。

 感謝してもしきれない。

 彼らがいたからこそ、自分は生きることができた。

 助けてくれたからこそ、神を討つことができたのだ。


「レミ、スゥ。有難うな」


 腹に温かく伝わってくる人のぬくもりが、なんだかとても愛おしかった。

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