10.88.木幕と葉隠丸、柳と天泣霖雨


 得物を握り直す。

 優しく手を置き、静かに握った。


 葉隠丸の鞘は黒く、葉隠模様が描かれている。

 その刀身は美しく輝いており、淡く青色に光っていた。

 のたれの波紋は綺麗に波打っていた。


 天泣霖雨の鞘は黒い。

 波紋は直刃でまっすぐ伸びていた。

 なんの装飾もなく、見たところ普通の日本刀ではあるが、それこそがこの刀の魅力だ。

 この真っすぐな素直さを、柳はいたく気に入っていた。


 ザザッ!!

 両者が同時に切り込み、刃を交える。


「葉我流剣術」

「冷雨流……」


 一気に刀を引いた木幕は逆霞の構えを取る。

 一方柳は上段に振りかぶった。


「葉返り!」

「落とし雫!」


 ギャンッ!! バズッ!!

 双方上からの攻撃から、下段の切り上げに転じた。

 初手は刃が交じり合って弾かれたが、二撃目の切り上げは両者の服を切り裂く。


 ババッと肩に刀身を置いた木幕は大きく踏み込む。


「倒木!!」


 ズダンッ!!

 その踏み込みの音は大きく、攻撃力の高さを物語っていた。

 受けてはいけない攻撃。

 瞬時にそれを理解した柳は半身でそれを躱し、片手のみで刃を振るう。


「落水」


 武器の重さのみを頼りに切り下ろされる斬撃。

 斬り込んでしまった木幕はそれを回避することができない。

 であれば、受ければいい。


 ギャンッ!!

 瞬時に小太刀を抜き放ち、その攻撃を何とか防ぐ。

 半身で躱す癖は未だに抜けていないようだが、その動きはとても厄介だ。


 小太刀で自分の攻撃を防がれた柳は目を見開いて驚く。


「また育ったか!」

「某は『木』ですので」


 右手に葉隠丸、左手にも葉隠丸。

 二刀流。

 水瀬を見て、石動に小太刀を拵えてもらった時から、考えてはいた。

 だが実行するには自分の実力が不足しており、今まで使うことが出来なかった業だ。


 しかし、水瀬と再び出会ってその動きを再度見ることができた。

 だからこそ、今こうして二刀流が再現されていた。


「葉我流剣術裏葉の型、炎鬼」


 二刀流を扱うには、一刀流で使っていた力を生み出さなければならない。

 体全身に力を入れて柄を握り込む。

 馴染んだはずの鍔から、ギュウゥという音が鳴る。


 体を前に傾け、静かに走り出す。

 間合いに入った瞬間右手に持った葉隠丸で突きを繰り出し、小太刀で違う方向からの斬撃を加える。

 柳は二刀流の敵と立ち合うのは初めてだ。

 刃が増えた分、力は劣るだろうと考えていたのだが、それは甘かった。


 太刀の方を弾く。

 距離を取って小太刀の攻撃を回避しようとしたが、再び太刀が迫って来た。

 切り下ろしからの素早い切り上げ。

 本当に片腕だけで一本の刀を動かしているのかと思う程に、素早かった。


「なんっ……」

「葉我流剣術裏葉の型、二重の水面」


 ハサミで糸を切るように、刃が左右から迫ってきた。

 間合いは十分に近づいており、小太刀でも柳を斬れる位置にある。

 しかし二つの刃を同時に防ぐことはできず、太刀だけを弾く。

 回避できなかったのが痛いが、それでも受けた攻撃は最小限にとどめた。


 バスッ。

 腹部に切り込みが入る。

 浅い傷だったので支障はないが、柳は初めて、彼に一撃を貰ってしまった。


「フー……。やはり上手くは扱えぬか」


 木幕は炎鬼を解き、小太刀を納刀する。

 やはりこちらの方がしっくりくる。

 まだ成長途中の技だ。

 中途半端な技で柳を相手にするのは、無礼だったかもしれない。


「む。二刀流は良いのか?」

「構いませぬ。試したかっただけなので」

「フフ、本当に驚かされる。やはり、全力で行かなければな」

「確かに」


 柳の周囲に霧が立ち込める。

 木幕の周囲には、葉が舞い始めた。


 天泣霖雨が泣いている。

 柳の手からそれがありありと伝わって来た。

 どうしてこうなってしまったのかと、二人の代わりに泣いているような気さえする。

 本来であれば支え合う者同士。

 仲間として共に戦えば、本当に何でもできてしまうだろう。


 だが、それは許されなかった。

 柳が初めに木幕を突き放したのだ。

 自分を倒せば、神の辿り着き方を教えてやると言ってしまったのが原因である。


 協力してほしかった。

 他にもまだ道はあると、この刀は嘆いていた。

 だが主人の決定は、想像もつかない程の強い覚悟が眠っていたことも、この刀は分かっていたのだ。

 だからこそ、主人のために刃を振るう。

 自分の名の意味を繰り返し叫び、味方を鼓舞する彼であれば、変えられることもあるかもしれない。


 この仲違いは試練だ。

 二人にとって一番辛い試練である。

 どちらかが死んでも、負けても、世界は必ずいい方向へと向かう。

 だが確実に言えることが一つだけあった。


 木幕が負ければ、今後一切の侍は神に届かない。

 幸運が重なり、彼は十一人目の侍を見つけることができた。

 これが神の策だったのかもしれないが、その中で多くを見つけ、多くの者を失った。

 神に辿り着けるだけの実力を有しているのは、本当に木幕だけだろう。


 それは、柳にも分かっている事だった。

 だが平等な世界を作り出せば、それも何とかなるかもしれない。

 戦いなど止めて、平和に暮らせる世の中を作ることもできるだろう。

 だから、柳も負けるわけにはいかなかった。


 葉隠丸が怒っている。

 この状況を作り出した神に怒り、必ずお前の首を切ってやると勇んでいた。


 主人にこれだけ辛い目に合わせたお前を、絶対に許さない。

 死んでいった者たちの覚悟を、絶対に忘れはしない。

 彼らの思いを直接ぶつけるために、今ここで勝たなけえばならない。


 周囲に舞う葉に怒気が混じり、木幕に感情を伝えていた。

 一度折れたというのに、今だに主人として認めてくれている。

 死んでも尚、生き返って葉の刃を作り出してくれていた。

 そんな葉隠丸を、木幕は心底慈しんだ。


「葉隠丸」

「天泣霖雨」


 二人が自分の名を呼ぶ。

 葉隠丸は怒りを鎮め、天泣霖雨は涙を拭った。


「「勝つぞ」」


 その言葉に返事をするように、二振りの刀は一層輝きを増した。

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