10.87.柳と木幕


 双方、すり足によりにじり寄る。

 剣先は一切ブレず、喉元を狙い続けていた。

 バッと踏み込んだ木幕が下段からの攻撃を繰り出す。

 柳はそれを半身で回避し、中段からの突きを繰り出した。

 それを木幕は危なげなく弾く。


 カンッ!

 木刀が弾け合う音が響いた。

 そのままの勢いを利用して、双方連撃に持ち込む。

 押し込む形で柳が木幕を押す。

 鍔迫り合いでそれに踏ん張った木幕は、何とか耐えることができた。


「手加減はいらないぞ! 木幕!」

「手加減をしているつもりは……ないのですがね!」


 広い庭で、木幕と柳が剣技を高め合っていた。

 両者ともに本気の立ち合いであり、手加減は一切していない。

 逆にしようものなら大怪我をしてしまうかもしれないからだ。

 それだけの実力が、元服を迎えた彼らにはあった。


 お互い譲らない攻防。

 攻めに強い柳に、守りに強い木幕。

 守りからの返し技で服をかすめられた柳は、少し距離を取って仕切り直しをしようとした。

 だが木幕はそれを許さない。


 大きく踏み込んで突きを繰り出す。

 反射で片膝を抜いてそれを回避し、ダンッと地面を蹴って体重移動を強制的に断ち、横凪に木幕の腹部を捉えようとする。

 木刀を後ろに回した木幕はそれを見事に受け、事なきを得る。


 どうして見ていないのにこんな器用なことができるのだろうかと、柳が小さく笑う。

 体の動かし方では柳の方が上だと、木幕は薄く笑って距離を取った。


 再び牽制のしあいが始まり、集中して相手の動きを見る。

 目を合わせ、動きを読み取り、視界の中で相手の小さな動きを見逃さないように目を凝らす。


 パンッパンッ。

 屋敷の方から手が鳴った。

 それに気づいて見てみれば、そこには柳の父親が立っており、二人の立ち合いを微笑ましげに見ている。


「少し休みなさい」

「父上!」

「お戻りになられておられたのですね」


 当主、柳角間やなぎかくま

 柳格六に似ており、優しげな表情をしていた。


 彼は私用により城を離れていたのだが、どうやら戻ってきていた様だ。

 格六はすぐに走って近寄り、縁側の前で止まった。

 同じく木幕も駆け寄り、少し離れたところで片膝をつく。


 角間は縁側に胡坐をかき、各六に隣に座るように手で合図する。

 それに従った彼は、父親の隣にちょこんと座った。


「励んでいる様だね」

「はい! ですが最近攻めきれなくなりました」

「何を仰いますか。防ぐことが精一杯になってきております」

「フフ、主君の息子だと思って少し手加減をして守りに重きを置いた木幕と、攻めの一手を崩さない各六か」

「な! 木幕! やはり手加減しておったのか!」

「今では手加減すれば大怪我をしかねませんので、本気で立ち合っておりますよ」

「む! 拙者が手加減ができぬと申すか!」

「容赦がないと言いますか、何と言いますか……」


 二人の会話を聞いて、角間は盛大に笑った。

 それを見て各六は少しむくれているようだったが、角間はすぐに頭をガシガシと撫でてやっている。


「フハハハハ、良い家臣を持った。各六を木幕に任せて正解だったようだな」

「勿体ないお言葉」

「いや、感謝している。各六は飛んでいく矢のように無鉄砲なところがあるからな」

「父上ー……」

「いやいや、それで良いのだ。そこがお前の強みなのだから」


 まだ納得できていない各六は、やはり少しむくれていた。

 木幕はというと、実は笑いを堪えるのに必死である。

 凛々しい顔をしてはいるが、心の中ではググッと我慢しているのだ。


 笑って満足したのか、角間は空を見上げた。

 まだ幼い二人には早い話なのかもしれないが、少し聞いてみたいことがある。


「各六、木幕」

「はい」

「はっ」

「お主らは、どの様な世を作りたい?」

「世……ですか」


 木幕の言葉に、角間は頷く。

 今この周辺では盗賊や隣の城からのいざこざが多く、どれだけ甘く見ても平和とは言い難い環境にあった。

 だが森は豊かであり、畑で稲穂は育ち、領民も自分たちに付き従ってくれている。

 これ程に恵まれた土地を、敵が狙わないはずがない。


 その被害は年々増え続けており、このままでは衰退して大きな城が攻めてくる可能性がある。

 世渡りは難しく、この後継者である各六にも辛い思いをさせてしまうかもしれない。

 そんな懸念が、角間にはあった。


 だから彼らの作りたい世を、聞いておきたかったのだ。

 それが分かれば自分の身の振り方も変えられる。


 しかし、二人は少し考えこんでしまったようだ。

 やはり少し早かったかと、角間は自分の焦りに気付いて心の中で自分に嘆息した。

 当主である自分が焦ってどうする。

 そう思って話を切り上げようとした時、各六が口を動かした。


「平等……ですかね」

「……ほぉ」

「束ねる者、従う者には差が出るのは当然です。ですが暮らしだけでも、平等になればいいなと……」

「木幕はどうだ?」

「……各六様に付き従うだけです」

「む、なんだ面白くない。自分の意見を言わぬか」

「主君の目指す世を手伝うというのは、駄目ですかね?」

「フフ、生意気な子供だ。木幕は」


 バッと踏み込んだ木幕が下段からの攻撃を繰り出す。

 柳はそれを半身で回避し、中段からの突きを繰り出した。

 それを木幕は危なげなく弾く。


 キィンッ!

 刀が弾け合う音が響いた。

 そのままの勢いを利用して、双方連撃に持ち込む。

 押し込む形で柳が木幕を押す。

 鍔迫り合いでそれに踏ん張った木幕は、何とか耐えることができた。


「今更する話ではないが、初めてお主は拙者に逆らったな」

「某も、柳様の想う理想が間違っているとは思いませぬ。しかしそれ以上にせねばならぬことが、某にもあるのです」

「それで良い。たまには自分のためだけに動いてみせよ」


 木幕は柳を押し返し、距離を取る。

 両者間合いを取って切っ先を相手の喉元へと向けた。


「世は変わる。拙者が勝てば、魔族と人間が平等に暮らせる世を作り出す」

「某はこの連鎖を断ち切ります。某が、侍の敵討ちをしましょう」

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