10.85.圧倒


 ズンッと足を踏み込めば、地面が割れる。

 グッと力を入れてみれば、炎が吹き上がる。

 ギッと敵を睨んでみれば、委縮したように縮こまり、恐れながらも得物をこちらに向ける。


 紅蓮焔が笑っている。

 槙田も同じく笑っていた。

 やはりこいつらは、相性が合いすぎる。

 だからこそ無理な戦いでも、無茶苦茶な戦い方でも、無謀な動きでも笑い合う。


 二体の分身体が生まれたが、槙田は一振りでそれを消し飛ばす。

 本体は上空に逃げたが、この奇術の前では地上でも空でも関係ない。

 ヒュアッと空を切り裂けば、時間差で炎が吹き上がってスディエラーを襲う。


 何とかステッキを振って炎を切り裂くが、その熱量まで防げるわけではない。

 硬質化したステッキは赤く熱され、スディエラーの手を焦がす。

 解除すれば木製のステッキは燃え上がる。

 すぐに振るって炎を消し、再び硬質化させた。


 工程が一つ増えると、大きな隙が生まれてくる。

 それを槙田が逃すわけもなく、二度、三度と炎をぶつけていく。


「ぐぅ……!」

「ゲハハハハ!! 閻婆ぁ!! 弔い合戦だぁ!! 俺にぃ、お前の炎を貸しやがれぇああっはっはっはっはっは!!」


 暴れ狂うように剣を振り回し、炎を何重にも重ねてスディエラーを追い込む。

 分身を犠牲にしつつ何とか凌ぐが、次第に体が焼けていく。

 この攻撃は防ぎきれるものではない。

 逃げるとしても、攻めるとしても死を覚悟しなければならなかった。


 だが、自分がここで負けてしまえば、確実に魔王軍が劣勢となる。

 これだけの熱量、広範囲攻撃、そしてその威力。

 どれを取っても魔王軍壊滅に繋がるものであった。


 彼は疲れるどころかどんどん調子づいており、更に連撃を増やしていく。

 斬っているのか、踊っているのか、暴れているのかもう分からない。

 とにかく手数で押し込もうとしている様だ。


 これではもうじり貧だ。

 だったら一か八か賭けるしかない。


 スディエラーは二体の分身を増やせることを確認した後、すぐに出現させる。

 二体は上空から攻めさせ、本体は地上に落ちて地面すれすれで軌道を変更し、槙田を直接叩きに行く。

 これだけの炎だ。

 視界は炎で埋まっていて周囲の状況を的確に判断できるとは思えない。


 すぐに作戦を開始したスディエラーは、自由落下で地面へと落ちていく。

 二体の分身が上空で注意を引いている。

 一体殺されてしまったが、もう一体は残っていてた。

 槙田は本体に気付いていない。

 これであれば行ける。


 スディエラーは翼を生やし、二度の羽ばたきで最高速にまで達し、槙田へと肉薄。

 ステッキで思いっきり頭を殴る。


 バッチィン!!

 直撃。


「ゲェハハァハァ」

「!!? ば、化け物め!!」


 スディエラーの全力を、槙田は片手だけで受け止めていた。

 槙田の手から熱が襲い掛かり、硬質化されたステッキが燃え上がる。

 すぐに手を放そうとしたが……。


「!! ぐあああ!!?」


 皮膚が溶けて、手を離すことができなかった。

 槙田は更に炎を増やす。

 紅蓮焔も調子づいており、炎の液体を鞘からドバドバと垂れ流しながら、刃からは無限に炎を作り出している。


「俺のぉ……」

「ぐあああ!! やめっ!! があああ!!」

「勝ちだぁ!!」


 ズダァン!!!!

 乱暴な一撃が、スディエラーを通り過ぎた。

 動かなくなったスディエラーの体は、次の瞬間両断され、べしゃりと音を立てながら倒れ伏す。

 残っていた一体の分身も、本体が死んだことによって消えてしまった。


 持っていたステッキを、完全に燃やし尽くす。

 槙田は体に纏わせていた炎の甲冑を解き、一つ息を吐く。


「ああー……腹減ったなぁ……」


 そう独り言ちた途端、後方から歓声が上がった。

 槙田がスディエラーを倒したことによる歓喜の声である。


 彼らはすぐに前線へと戻り、敵を殲滅することに尽力を注いだ。

 槙田はその辺に座ってその様子を静観する。

 少し疲れてしまった。

 休憩してから戦いに戻っても、ばちは当たらないだろう。


「あ……。お前らぁ……それ以上進むとぉ……」


 ドォオン! ドォオン!

 砲声が鳴り響いた。

 一番初めに聞こえた巨大な大砲ではなかったが、他の小さな大砲の射程に入ってしまったらしい。

 今は状況が優勢だが、遠距離攻撃を何度も喰らってしまえば、劣勢になるのは目に見えている。

 しかし士気は最高潮にまで登っており、注意をしても勢いだけで突破しかねない程だ。

 まだ奥に中型と小型がいるので、ローデン要塞の時みたいに突破されなければいいがと、槙田は膝の上で頬杖をついていた。


「…………あ、あ??」


 魔王城の右側から、何かがゆっくりと進んできているのが見えた。

 あれは何だと目を凝らしてみると、大きな木造の船であることが分かる。

 ここは地上だ。

 だというのになぜ船が進んできているのかと、槙田は疑問に疑問を重ねて首を傾げ続けた。


 巨大な船は横を向き、備え付けられてあった大砲を連射して魔王城を破壊する。

 ドドドドーン!!

 大きな音を立てて発射された弾丸が、魔王城の壁を壊した。

 着弾したのは丁度大砲が備え付けられている場所の様で、これ以上の砲撃は不可能になっただろう。


 船の上では、豪華な海賊の格好をした一人の男が、ハンティングソードを構えて砲撃の合図を送っていた。

 風の大魔法を操り、巨大な船を宙に浮かせてそのまま魔王城に移動した猛者。


「装填」

「できやしたー!!」

「狙え」

「目標、魔王城の大砲ー!」

「撃て」

「てーーい!!」


 ドドドドドドーン!!

 船長の合図を船員が復唱し、それを聞いた砲撃手が魔力を大砲に流し込んで撃つ。

 飛ばされた弾丸が見事に魔王城に直撃し、次第に瓦解していく。


「はっはっはー! いいなぁー! じいちゃーん! 最高だぜー!」

「こらデルゲン!! 口を慎みなさい!」

「いいじゃないかー。減るもんじゃあるまいし」

「ラックルさん! 甘やかさないでください!」

「カカカカ、良き船旅よ」


 アテーゲ領、ナルス・アテーギアの海賊団。

 少し遅れたが、彼らは戦いに間に合った。

 タイミングも丁度良く、大砲に怯えていた兵士は心置きなく前へと足を進ませることができたのだった。


 船は一隻。

 今まで見てきた中で一番大きな船であり、マストが五つ備え付けられていた。

 ギアクローズ号。

 それがこの船の名前であり、海王ナルス・アテーギアの最も信頼のおける船であった。


「野郎共」


 ナルスの言葉で、その場にいた全員が黙る。

 彼の言葉は重く、凄味があった。


「暴れろ」


 領主とは思えないその言葉に、彼らは喉が枯れる程の大声を出して、返事をしたのだった。

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