10.84.炎上流妖動乱剣技


「次から次へとぉ……何なんだ貴様らはぁ……」

「いや、これ戦争なんですけど」

「面倒臭いぃ……」


 半裸の男を倒した数分後、また新たな魔族が目の前に出て来た。

 再び兵士を下がらせ、弓での援護に徹させる。


 スディエラーはステッキを振り回し、槙田の前に歩み寄る。

 余裕そうな表情をしているのは、勝てる自信があるからだろう。


「ギュワアアアア!」

「はっ」


 閻婆が炎を吐くと同時に、スディエラーはステッキを振る。

 すると炎が霧散してしまう。

 この悪魔も奇術では勝てそうにないなと思った槙田は、閻婆から降りて紅蓮焔を構える。


「行くぞ、閻婆。今回はお前も役に立て」

「ギャワアア!」

「うるさい鳥ですね……」


 指示を聞いた閻婆は上空に飛び立ち、滑空してスディエラーを巨大な爪で狙う。

 それを飛んで回避したスディエラーは、閻婆に蹴りを入れて体勢を崩させた。


「ギュワッ」

「む!」


 体勢を崩した状態から、閻婆は炎の塊を吐く。

 それを何とか防ぎはしたものの、服が少し燃えてしまった。

 直撃すればただでは済まない程の高温のようだ。


「炎上流奇術……」

「!!」

「飛んでばかりいるんじゃねぇよぉ……火柱ぁ!!」


 下から火山が噴火した時のような炎が、スディエラーを襲う。

 翼を広げて回避したのだが、その翼が片方完全に焼け落ちてしまった。

 片翼だけでも飛ぶことはできるが、これでは分身が一体使えない。


 スディエラーはすぐに分身を作り出し、ボロボロになった翼を捨てる。

 一体は既に炎に焼かれて死んだ。

 もう少ししなければ三体目の分身を作り出すことができない。


「ああぁ……? なんだぁ、効くじゃねぇかぁ……」


 ニタリと笑った槙田は、次々に炎の柱を吹き上がらせてスディエラーを襲う。

 だが何故二人になったのかは理解していない。

 とりあえず倒す敵が一人増えただけなので造作もない話だ。


 追加で閻婆の攻撃もスディエラーを襲う。

 上空を地上からの二方向の攻撃は、さすがのスディエラーでも回避に専念するしかなくなった。

 だが、地上からの火柱のお陰で、一瞬だけ視界が切れる。


「ギュワッ!」

「フンッ!!」


 火柱を搔い潜ったスディエラーの分身が、閻婆を仕留める。

 魔物は一撃だけでは死なない。

 体勢を崩した閻婆を更に切り裂き、首を落として墜落させた。


 ドシン!!

 巨大な鳥が落下したことにより、地面が揺れる。

 槙田はそれを見て、舌を打った。


「チッ……」

「あと一人、ですね」


 三人に分身したスディエラーが、三方向から槙田を襲う。

 それを静かに睨んでいたが、間合いに入った瞬間に一体のスディエラーを切り裂く。


「!?」

「おせぇ……」


 その一体を五回切り裂き、消滅させる。

 次の二体を睨んで構え、大きく息を吐いて集中した。


 本体のスディエラーが、地面を蹴って自分の持てる最高速度で突っ込む。

 これはメディセオでも苦戦した攻撃だ。

 簡単に破れるはずがないと思っていたのだが、槙田はそれを最小限の動きで回避して通り過ぎ様に切り裂いた。


「ぐ!!」

「ああぁ……? んだよ、本物かぁ……」


 後方から分身が襲い掛かる。

 だがそれを軽く受け止め、往なしてから殴り飛ばす。

 しかし硬すぎる感触に首を傾げた。


 一瞬の隙。

 ステッキで腹部を殴られた槙田は、数歩後ずさって腹を抑える。

 木のステッキだというのに、鉄の塊で殴られたかのような衝撃が入った。


 追撃をしに行った分身は、再びステッキを振り上げる。

 槙田はそれを受け続けるが、本体が新たに作り出した分身が背中から攻撃を繰り出してダメージを与えた。

 更に本体の最高速度の攻撃によって蹴り飛ばされ、槙田は地面を滑ってそれに耐える。


「……お前ぇ……」

「本当に人間ですか? 硬すぎる」

「はは、いい度胸してやがるぅ……」


 槙田は紅蓮焔を下段に構えた。


「感じたりて慄然りつぜんせよ。暗澹あんたんより総毛立つ妖が歩み出る。見て戦慄けわななけ震駭しんがいせよ。鞠躬如きっきゅうじょせずは首繋がることなし」


 槙田は決められた言葉をつらつらと述べる。

 これを分かり易く言うとこうなる。


 感じて恐怖せよ。

 暗闇から恐ろしい妖が歩きだす。

 見て体を震わせろ、驚け。

 身をかがめて恐れなければ、首は繋がらないだろう。


 自分のことを妖だと言い聞かせ、今まで作り上げてきた剣術の基礎をすべて投げ捨てる。

 妖が基礎に沿って決められた動きをするだろうか。

 否。

 妖が礼節を相手に施すだろうか。

 否。

 妖が手加減などするだろうか。

 否!!


 紅蓮焔から炎が吹き上がる。

 彼の周囲は地獄の業火が展開し、炎によって照らされている顔は、ひどく恐ろしいものだった。

 片手で紅蓮焔を握り、刀自身も体と一体化しているように見える。

 肘はピンと伸び、余している片手は力をめいいっぱい入れてカタカタと動いていた。


「炎上流妖動乱剣技・鬼門」


 侍らしからぬ戦い方をする型、鬼門。

 槙田の身体能力と合わされば、それは手に負えない程の悪鬼となる。

 だがこれだけでは終わらない。


「炎上流奇術、獄炎の鬼」


 体が燃え上がる。

 熱くはないようで、それが鎧のようになっていく。

 炎の甲冑。

 槙田の体は、完全な武具に包まれてようやく満足したようだ。


 これだ、こうでなくては。

 戦は、やはり甲冑を着こんで戦うもの。


「グハハハハ!!」

「あっつ……!」


 槙田が笑うと熱波が周囲を襲う。

 彼から放たれている熱量は尋常ではないらしく、離れていても肌が焼けてしまいそうなくらいの熱が襲ってきた。


 スディエラーは硬質化で何とか耐えることができそうだが、緩んでしまえば焼かれてしまうだろう。

 まさかこんな相手が人間軍にいるとは思わなかった。

 速さはメディセオに遠く及ばないが、その火力は見ただけでも絶大な威力を有しているということが分かる。

 一撃でも触れてしまえばそれで終わりだ。

 相手が一歩歩いただけで、それが分かった。


「……」

「はぁ!!」


 槙田が腰を落とし、紅蓮焔を下段に下ろしたことを確認した瞬間、スディエラーは走り出す。

 相手に先手を取られてはいけない。

 防衛に回ってはいけない。

 こちらから攻めなければ、確実に灰にされてしまう。


 スディエラーは自身の持てる最高速度を保って槙田に肉薄する。

 皮膚が焦げる匂いがしたが、分身体なので今は問題ない。

 間合いに入っても死ぬことはなかったので、一撃くらいは与えることができそうだ。

 それももちろん、槙田が何もしなければではあるが。


「ぜぇぃああああ!!」

「ギャッ──」


 体をしならせながらの切り上げ。

 一瞬で炎が分身を覆い、姿を消してしまう。

 炎は五秒ほどその場に滞在し、対象を焦がしつくすまで残っていた。


 ただの切り上げ。

 それだけだというのに、彼の攻撃は地面を焼いて石を溶かしていた。

 更にはその素早すぎる速度。

 体のばねとしなりを利用しての攻撃だ。

 素早いし、強烈な一撃となっただろう。


 その証拠に、防いだはずのステッキが両断されている。

 高質化で強化していたのにも拘らず、真っ二つに切られていたのだ。


 刀の切れ味、主人の力量、技量が成せる業。

 紅蓮焔も心底嬉しそうに、炎を周囲に噴出させていた。


「つぎぃ……」


 炎の中に佇む最狂の妖が、こちらを向いた。

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