10.72.開戦


 大量の矢が雨となって魔王軍に降り注ぐ。

 射程範囲に入った瞬間、中堅部隊のリーズレナ王国、そしてミルセル王国が一斉射撃をしたのだ。

 戦争は弓から始まる。

 これができるできないでは、これからの戦況が大きく変わることになるだろう。


 矢の雨を直接喰らった魔王軍であったが、その前線部隊は大型の魔物たち。

 小石程度の矢尻などが分厚い皮や鱗を貫くはずがなく、それは虚しく地面へと転がった。


 魔王軍前線部隊はそれを見て余裕をかまし、更に勢いをつけて迫ってくる。

 その間にも第二射、第三者と矢を放ち続けた。

 人間軍は迫りくる魔王軍前線部隊に怯みこそしたが、引きはしない。


「槙田ぁああああ!!!!」

「おぉおう!!!!」


 先鋒部隊中央にいた木幕が、驚くほどの声量で右翼にいる槙田へと叫んだ。

 それが届いたのか、槙田も同じくらいの声量で返事を返す。


 キンッ!


「紅蓮焔ぁ……」


 閻婆の背の上で、槙田は紅蓮焔を抜刀した。

 とてもゆったりとした動きと、赤くほとばしる火花と炎、更に液体になった炎の光が槙田を不気味に照らす。


 脇構えに構えたあと、腰を落として肩から脱力する。

 次の瞬間、キンッと音を立てながら刃を返し、目を見開く。


「炎上流ぅ……秘技ぃ……ろくろ首」


 足は動かさず、腕だけでその型をなぞる。

 大上段に斬り上げられた紅蓮焔からは巨大な炎が真っすぐに伸びていく。

 刃を返して次が切り下げ、その勢いを更に乗せた。


 だがその炎は範囲が狭い。

 魔王軍に当たったとしても少しの被害しか与えることができないだろう。

 そこで第四射の矢が降り注ぐ。


 チリチリッ……。

 ボゥッ!!


 矢から火が吹き上がる。

 すると次の瞬間、連鎖するように炎が矢から矢へと移っていき、最後には連鎖爆発を起こしていった。


 ドドドドドドドド!!!!

 右から左に爆発が発生している。

 それは後方で虚しく地面に突き刺さった矢も同様であり、四射分の爆撃が魔王軍前線部隊を襲っていた。


「ウォンマッドとか言ったかぁ……。いい策だぁ……」


 槙田はその威力を見て、にやりと笑う。


 この策はウォンマッドが考えてくれたものだ。

 矢筒に油を入れておき、その中に矢を入れて油を纏わりつかせる。

 だがこれだけでは爆発はしない。

 あれだけの連鎖爆発を引き起こさせるのには火薬が必要だ。


 その火薬だが、直接矢にくっつけている。

 重みで射程が短くなってしまうが、そこは後方にいる魔導部隊に風魔法を使ってもらって飛距離を伸ばす。

 十分な油と火薬を魔王軍の足元に撒くことができたら、槙田の出番だ。

 炎をあの距離まで飛ばせるのは、彼をおいてほかに居ないだろう。

 そして炎属性を持つ魔物だったとしても、爆発には耐えられない。

 確実に敵を減らすことができていた。


 今ので魔王軍前線部隊の五割は削れたと思ってもいいだろう。

 大型の魔物が主体となっていたので、これは敵にとって大きな痛手となる。

 さらにこちらにはまだ油と火薬を仕込ませた矢が何本もあった。


 この一ヶ月、ただ移動していただけではない。

 誰もがこの戦いで勝利を掴むために、ちまちまと作業を繰り返していたのだ。

 その努力は一瞬で消えてしまうものだが、それだけの価値があるものとなった。


『『『『おおおおおおおお!!!!』』』』


 今の一撃でどれだけの兵士の士気が上がったことだろうか。

 本当に西形は必要だったのかと疑いたくなるほどである。


 一気に優勢に傾いた。

 誰もがそう思ったはずだ。

 だが、戦法が増えたのは、人間軍だけではない。


『『ギャギャギャ!』』

『『ギュギャギュギュギュ』』


 近場の山から、中型の空を飛ぶ魔物の軍勢が出現した。

 左翼側からで、敵の数は少ないが制空権を完全に取られているこちらからしたらそれだけでも脅威となる存在だ。

 声を聞いた者たちが矢を向けるが、飛んでいる魔物をそう簡単に落とせるわけがない。

 とにかくこの事を知らせようと声を駆けまわっている内に、敵の一撃が左翼に直撃する。


 空飛ぶ中型の魔物は、腕に大小さまざまな石を持っていた様だ。

 それを飛びながら手放し、人間軍の上から降らせていく。

 おそらく山から取って来たものなのだろう。

 補充には時間が掛かるだろうが、これを繰り返されると非常に厄介だ。


 石は見た目よりも重いらしく、大小さまざまな石が地面に半分めり込んでしまった。

 それを喰らった人間は、否応なく石に貫かれて絶命する。

 彼らは悲鳴と絶叫が聞こえるのを楽しそうにしているようだった。


「なんやかんや言って、私は攻撃より防衛の方が向いているのよね……」


 現状を把握した水瀬が、水面鏡を抜き放った。

 空を切り裂くように刀を振るうと、そこから水が出現して空を覆う。

 何度か繰り返していくと、左翼全軍を水の膜で覆うことに成功していた。


 それでも石は降り注ぐが、勢いを失った石は水を抜けるとコロンッと地面に落ちる程の威力となっていた。

 これであれば怖くもなんともない。

 

 それを見ていたライアが、感心するように呟いた。


「すげぇ……」

「総大将の仲間って初めて見ましたけど、足元にも及びそうにないですね……」

「ふふ、我ら三強も負けていられませんよ!」

「っすねぇ! ローダン気合入れろー!? 初陣だからなぁ!」

「君たちは二回目かぁー。いいなぁ」


 会話を聞いていた水瀬は、小さくため息を吐く。

 これは味方を守ることはできるが、弓が使えなくなってしまうというデメリットがあったのだ。

 できれば上空の敵を何とかしてほしいと思ったのだが、彼らにそう言った技はなさそうなので自分で何とかするしかない。


「はいはい。じゃあ貴方たちは前頼むわよー」

「え? ……あ!! これじゃ矢が使えないのか!!」

「できるだけ何とかしてみるから、そっちは耐えてね」

「ああーしゃあねぇ! おっしゃ孤高軍!! いくぞぉぁあああ!!」


 孤高軍が前に前進したのを見て、水瀬は展開した水を操って敵を討ち落としてみることにした。

 吹き矢の矢をイメージしてそれを上空の敵に当てるだけ。

 それを展開している水全てでやってみると、意外とあっさり敵を撃ち落とすことができた。


 しかし数が数だ。

 少ないとはいえ空を飛んでいる敵なので、すべてを始末するのには時間が掛かってしまう。


「ま、それくらいは耐えて頂戴ね。男の子なんだから」


 左翼の軍が動いたところを見て、他の兵士たちも前へと走っていく。

 大型の魔物は動きを完全に止めている為、後方が詰まっている様だ。

 行くのであれば今が好機。


 人間軍前線部隊が、魔王軍前線部隊に衝突した。

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