10.70.到着
遠くに、大きな黒い城が見えて来た。
まがまがしいとまではいわないが、不気味だ。
黒い曇が空を覆い、雷が轟く。
おどろおどろしい紫色の川が流れ、遠くの方では青色の火山が噴火している。
非常に奇妙な空間だ。
奥に進むにつれて奇妙な景色がどんどん増えていった。
ここが魔族領。
人間のいる世界とはまったく違う環境に、誰もが驚いていた。
こんな景色を拝めるのは、人生の中でこれで最後になるだろう。
魔王軍は、魔王城の前で陣形を整えて待機していた。
こちらも同じように陣形を整える。
やはり今回も、孤高軍が前線を張っていた。
これは木幕が出るからという単純な理由で、それに付き従うものが多かったのだ。
各々が任された部隊を指揮し、突撃の合図を待っている。
今もルーエン王国の兵士は後方に居るのだが、今回は手厚い援護が期待できた。
風はない。
持ってきた矢は兵士に支給され、一斉に一万以上の矢の雨を敵へと浴びせることが可能だ。
これで今回の戦いは人間の得意とする戦法を執ることができる。
前回の戦いでは死傷者も多く出し、負けてしまったが……今回はそう簡単に負けはしない。
だが問題点が一つあった。
アテーゲ領の兵がまだ到着していないのだ。
今はウォンマッド斥候兵にその状況を確かめさせている最中だが、いつ戻ってくるかは不明である。
味方が揃うまでは戦いを避けたかったが、到着してしまったので陣形だけは整えているといった状況だ。
こちらからは仕掛けない。
敵が仕掛けてきた場合……今いる兵士たちだけで戦うほかないだろう。
第一陣、先鋒部隊。
今回、孤高軍が全員揃ったということで、彼らの連携に期待すべく、三強は近場に置いている。
彼ら三人は左翼に展開させており、水瀬もそちらに配置している。
中央には木幕、西形、レミ、スゥ、そしてテトリスとティアーノ。
右翼に槙田とドルディンを配置。
ローデン要塞の冒険者も、そちらに固まっている。
第二陣、中堅部隊。
後方にはリーズレナ王国が展開し、勇者一行が指揮を執っている。
その左翼にミルセル王国が展開しており、右翼にはマークディナ王国の兵が展開していた。
第三陣、大将部隊。
ルーエン王国は、大きく横に広がっており、援護に徹する構えを示している。
もし前線が崩れれば、そこを補うために行動をすることになっている。
ルーエン王国の兵士も大きく兵力を削ってしまったが、それでも今集まっている国の中では未だにトップの兵力を誇っている。
その兵士たちの援護は、手厚いものとなるだろう。
問題は持ってきた弓矢が足りるかどうか、である。
「す、すごい眺めなんですけど……」
「はははは! 戦場なんてこんなもんだよー! ま、今回はどっちかというと、地獄の門番に喧嘩を売りに行っている感じが否めないけどね……」
「槙田は喜ぶだろうな」
「絶対喜びますよー! 雰囲気、状況共に良好! とか言って!」
「楽しそうですね……西形さんは……」
「はははは! 楽しんだもの勝ちでしょ! 今回も一番槍は貰うよ! 任せておいて!」
けらけらと西形は笑い、片鎌槍を掲げる。
彼の一撃は兵全員を鼓舞するのに重要なものだ。
まさか負ける事はないとは思うが、相手は魔族。
何かしらに奇術を使ってきてもおかしくはない。
それを伝えると、親指を立てて笑った。
これだけ余裕があり、さらにこの状況を楽しんでいるのだ。
誰の目から見ても、西形が負ける事はないだろうと直感できた。
「……しかし、魔王軍が陣形を組んだか」
「何か問題でも?」
「数で攻めるやり方ではなく、策略を練って対峙してきている。ウォンマッド斥候兵に小型、中型、大型の魔物の配置場所を聞いておかなければ、取り返しのつかない事になるかもしれん」
「なるほど……」
先の戦いでは、中型の突破力からの小型の差し込みで随分な痛手を負った。
今回は弓があるのでその策は効かないだろうが、何を考えているかが分からない以上警戒は怠らない方がいい。
ちなみにウォンマッド斥候兵は既に敵情視察を行いに行っている。
高い山に登って様子を観察する様だ。
敵もう勝つには動かないだろうし、今はまだ動かなくても問題はないだろう。
「木幕さん!」
「きーたよ~」
右翼側から走って来た二人が、木幕たちのところに到着する。
エリーとミュラだ。
情報収集に向かわせていたのだが、ウォンマッド斥候兵たちよりも動きが速いらしい。
「どうだった」
「なんかすごかったー。前に大きいのが居て、後ろに小さいのがいる!」
「詳しく話せ」
「私が話します……」
エリーは頭を押さえながら、見てきたことを話してくれた。
「前線に大型が集中しています。後方に中型と小型。最後尾に大型が配置されているようです。加えて魔王城からの砲撃の危険性もありますので、注意しなければなりません」
「砲撃か……厄介だな……」
「だいじょーぶ! それは私とエリーが頑張ってなんやかんやする~!」
「いい策だ。頼めるか」
「開戦の時間を伸ばしてくだされば……」
「こちらから動く気はない。向こうの出方次第だ」
「分かりました」
破壊工作。
二人はこれを成そうとしているらしい。
数刻あれば魔王城へは接近できるだろう。
あとは中に入って大砲を壊すか、砲撃手を始末するかの二択になるわけだが……彼女ら二人ならやってくれるはずだ。
二人は頷いたあと、エリーの影沼に入ってすぐに移動した。
大砲はこちらにとって脅威となりえる。
攻撃の届かない場所から攻撃されれば、こちらはたちまち崩壊していってしまうだろう。
なので彼女らの行動は必要不可欠な要素だ。
本来であればウォンマッド斥候兵たちも参加させたかったが、こういうのは少人数でやるからこそ真価を発揮する。
不安だとは一切思っていない。
二人を信じ、やり切ってくれることを願う。
「木幕。あの二人は分かっているの?」
「何がだ?」
「敵が攻めて来るまで、行動しちゃいけないってこと」
「それが分からぬ二人ではあるまい。二人が砲撃をなんとかしてしまえば、自ずと攻め込まなければならなくなる。奴らは忍びのはしくれだ。開戦に乗じてことを成すに決まっている」
さすがにそんなへまはしないだろう。
ましてやエリーは西行から直接教えを乞うてもらっているのだ。
戦場把握ができないはずがない。
「それよりも問題は……」
「援軍と」
「戦争が終わる時間」
ローデン要塞での戦いで、魔物と人間との戦いはすぐに決着するということが分かった。
その理由は至極簡単。
魔物の機動力が人間よりも速く、どちらかが壊滅、撤退するまで攻め続けるから。
引かない軍は恐ろしく強い。
だから、この戦いは一日で終わる。
いや、一日もかからないかもしれない。
なのでアテーゲ領の援軍が来るかどうかを危惧していた。
できれば援軍が来てから戦いたい。
とは思うが、さすがにそこまで待たせてはくれないようだ。
それも当たり前だ。
圧倒的に数で不利を被っている敵が、追撃をしてくるとは向こうも思わなかっただろう。
勝てる算段があるからこそ、魔族領に足を踏み込んできた。
そう思うはずである。
この考えがあっているにしろ、間違っているにしろ……敵は動き始めていた。
「ま、受けの構えを見せたらそうなるよね~」
西形がレッドウルフに乗って突っ込んでいく。
敵の新たな先手大将も、こちらに突っ込んできていた。
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