10.63.予想外


 夜が明け、ローデン要塞にいる魔王軍たちの動きが明らかになった。

 帰って来たウォンマッド斥候兵の一人が、報告をしてくれた。

 それは魔王軍撤退。

 この報告に隊長格たちは驚き、その中でも一番驚いたのは木幕だ。


 嫌がらせのつもりで物資を燃やしたが、それが決定打になるとは思っていなかった。

 撤退する可能性は低いと身構えていた隊長格も、拍子抜けした様子でこれからの指示を待っている。


 本陣では、これからどう動くかという作戦会議を、下町のギルドで行っている最中だ。

 ローデン要塞の冒険者ギルドで集まった者たちが、今ここに集合している。

 メディセオだけは、この場に居ない。

 彼の死は既に知れ渡っていた。

 多くのローデン要塞の兵士が天へと召されたことも。

 弔ってやりたかったが、そんな状況ではない。

 この戦争が一段落したら、全員で見送ろうというのが彼らの考えだった。


 しかし、この空間は少しピりついている。

 約一名に向けられている視線が、非常に厳しいのだ。

 彼も事態の深刻さを理解しているのか、何も言わずにただ縮こまっている。


 撤退することは決まっていた。

 それについての責任追及はしないが、ミルセル王国第三王子、ハバルアが兵士を移動したことにより物資が奪われ、医療班に多くの犠牲が出た。

 これだけはどうしても目を瞑ることができない。


「てめぇ……何故任を放棄したぁ……」

「ひっ……」

「よせ、槙田」

「だが木幕ぅ……総大将の指示を無視した者をぉ……前線に置くことはできん……。だというのにぃ、待機することもままならん……。こいつはぁ、要らねぇ……」


 顔は穏やかさを保ってはいるが、その声と力強い目が彼の怒りを露わにしていた。

 こんな様ではこれからのことなど到底任せられるわけがない。

 できたとして物資の運搬作業。

 それかさっさと帰ってもらった方がやりやすいというものだと、槙田は考えていた。


 しかし兵は必要だ。

 ミルセル王国の離脱は望まれたものではない。


「……まぁ槙田さんの言う通り、彼は必要ない。多分それは他の皆さんも同じ意見でしょう?」


 西形がそう言いながら、その場にいた全員を見る。

 誰一人として、ハバルアを擁護する者は現れなかった。

 ミルセル王国の勇者であるトリックですらも、目を瞑って静観している。


 やっぱりなという風に頷いた西形は、また口を開く。


「ですが、ミルセル王国の兵力を失うのは惜しい。なので頭をトリックさんに据えるのが一番良いと思うのですが、いかがです? 彼の人望であれば、誰もがついていくでしょう」

「……え? わ、私ですか!?」


 頭の中で整理ができていなかったのか、西形の話を最後まで聞いてようやく驚きの表情を見せたトリック。

 第三王子を差し置いて自分などがおこがましいにも程があると手を振って否定していたが、その場にいた者はそれを更に否定した。


「お主であれば、任せられる。頼むぞ」

「ちょ、え」

「怪我の具合は問題ないのだろう? リューナの治療なのだからなぁ。すでに完治しておるはずだ」

「ほんじゃ、本題に入ろうか~」


 木幕が頷き、バネップが睨み、否応なしにウォンマッドが話を進めようとする。

 この流れは止めることができなさそうだなと諦めたトリックは、ストンと椅子に座って嘆息した。


「私は……」

「出てけぇ……。居ても邪魔になるだけだぁ……」

「……分かった」


 前回の作戦会議とは打って変わって静かになった彼の背中は、後悔の念が纏わりついているように見えた。

 失敗して学ぶ者の方が、失敗しなかった者よりも強くなれる。

 彼がこの経験を活かすのであれば、立派な武士となって帰ってくるだろう。

 木幕は静かにその背中を見送った。

 他の者は、せいせいしたように鼻を鳴らしていた。


 そのことに少し眉を潜めたが、ここで何か言っても変わることは一つとしてないだろう。

 彼らはすぐに話を戻し、今後の作戦を練っていくことにした。


「んじゃ、ドルディンさんがなんか意気消沈してるから、僕がまとめるね」


 先の戦いのことをまだ引きずっているドルディンの代わりに、ウォンマッドが今回のまとめ役を買って出ることにした。

 彼は敵情視察も行っているので、情報は多く持っているだろう。

 全員が頷いたあと、ウォンマッドが話を進める。


「まず敵が撤退した理由について考えたい。折角奪ったローデン要塞を軽々しく手放したんだ。それ相応の理由があるはずだけど……」

「それは僕が話しましょう」


 すっと手を上げたのは、薬師のリトルだった。


「魔物の性質を考えてみれば、ただ純粋な物資不足による撤退だと思うよ」

「それだけで撤退する?」

「うん。飢えというのは生活に置いて一番恐れるべきもの。それは魔物も同じ。で、魔物は食べ物を食べる代わりに魔力を取り込む。魔族領は魔力が濃いからいいけど、ここはそんなに濃くない。だから食べ物を何か食べなくてはならないんだ。十万の兵士に一定の食料を提供するのは、魔族領じゃ無理」


 あの時してくれた説明を、聞いていなかった者たちにも説明する。

 リトルは疑問の声が上がらないことを確認してから、話を続けた。


「で、今回の奇襲。食料を燃やされたことで敵は撤退するか、更に物資を求めて攻めて来るかの二択をすぐに迫られる」

「聞きたいのはそこだ。どうして物資を求めて攻めず、撤退を選んだんだ?」


 リーズレナ王国の勇者、ガリオルが口を挟む。

 見た目からして頭の良くない彼ではあるが、戦争のことは知っている。

 あれだけの大軍であれば、無理に攻め入ったとしても勝てる見込みの方が高い。

 そうしなかった理由が、逆に分からなかったのだ。


 他の数名も同じ意見の様で、ガリオルの問いに頷いてリトルの回答を待っている。

 当然の質問が来たという風に、彼はガリオルを見て説明した。


「単純な話。下町に攻め入ったとしても、物資は既に無いと知っていたから」

「昨日の今日だぞ? そんなにすぐ敵の情報が掴めるか?」

「掴んだんじゃない。推理したんだ」


 リトルは得意げに指を鳴らした。

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