10.62.魔王軍の動き
「…………まぁ、そうなりますよね」
「ご、ごめんなさい……。魔物たちが移動中で……兵が少ない時に来たようで……」
「ティッチィを責めているわけではありませんよ」
魔族からの報告で、ローデン要塞にある物資をすべて破壊されたことを、ティッチィは聞いていた。
それを今、ボロボロになったスディエラーに報告したのだ。
人間が奇襲した時、魔王軍は丁度兵士を入れ替えている最中だった。
敵が敗走して一日。
そんなにすぐ奇襲を開始してくるとは思っていなかった。
何より痛かったのが、その奇襲を警戒して増援を向かわせている最中で、敵が攻めて来てしまったのだ。
「動いてくるとしても、もっと夜が深まる時だと思ったのですけどね……」
「ど、どうして朝の内に兵を動かせなかったんですか……?」
「人間の保有している食料を減らさないために、できるだけ魔族領で魔物たちの魔力を回復させたかったからです」
戦闘で、多くの魔物や魔族が疲弊している。
それを回復させるのはやはり魔力が一番だ。
魔力を回復させるのにはやはり時間が掛かる。
それに加え、ここは魔族領の端っこだ。
回復速度も遅いので、長い時間その場に滞在しなければならなかった。
もし戦闘後、体力を回復させずにローデン要塞の警備に当たらせれば、配置した兵力の魔力を回復させるために無駄な食料を使用しなければならない。
そうなれば十分に兵士全員を休ませることができず、更なる物資を求めて無理をしてでも攻め込まなければならなくなる。
無理をする戦法は基本的に避けるべきものだ。
なので柳も夜が深まるギリギリで兵をローデン要塞へと送っていた。
「で、物資は……」
「ほ、ほとんど燃えました……」
「そう、ですか」
スディエラーは痛む節々をさすりながら、悩み込んだ。
向こうにはこちらの物資が少ないという情報は渡っていなかったはず。
もし魔物のそう言った特性を知っていたとしても、的確に物資を燃やすなどと言った行動はとらないだろう。
何処かで情報が漏れたのか、それとも裏切り者がいるのか。
考えられることはいくつかあった。
しかし頭の中で情報を整理している時に、肩を軽く叩かれる。
「っ! 柳様!」
「木幕だ。あやつの機転であろう」
「そ、それは何故……」
「一度、本陣に来ている。そこで見たことをもとに、この事に辿り着いたのかもしれん」
考えられることはこれしかないといった風に、柳は頷く。
彼は敵情視察を好んでやらせる人物だった。
知っていると知っていないとでは、取れる行動が大きく変わってくる。
それによく助けられていたことも、柳は懐かしい思い出として頭の中に残していた。
そこで柳は、状況を考えてみる。
今現在、物資のない魔王軍をルーエン王国まで向かわせることは難しい。
物資を燃やしたということは、今彼らは物資を奪われないように隠しているか、遠くへと運んでいるかのどちらかだろう。
こちらの弱点を見つけられた以上、彼らは対策を取ってくるに違いない。
このまま攻め込んでも被害が増えるだけで、これからにつなげることができない。
「……撤退だ」
「え!?」
「や、柳様……それは、諦めるということですか?」
ティッチィの言葉に、柳は首を横に振る。
誰が諦めるものか。
自分が決めたことをそう簡単に曲げてしまっては、同じ様に戦っている木幕に合わせる顔がない。
だが今は撤退した方が、敵戦力を大きく削ることができるという確信を持っていた。
「こちらの弱点を消すのだ。魔族領に入れば、多くの魔物や魔族は食料なしで生きられる」
「で、ですが……魔王城まで敵は攻め込んでくるでしょうか?」
「来る。援軍と合流してからすぐに敵は攻めて来るだろう。整いすぎた兵力を、その場に残しておくとは到底思えん。木幕なら、そういう采配をするはずだ」
柳は魔王覇気で魔王軍全軍に通達する。
『全軍、撤退だ』
魔王軍はそれを聞いて少し動揺しているようだった。
勝ったのだからこれからも突き進めばいいと考えている者も多いらしい。
だがそれは愚策だ。
逆に撤退し、こちらが有利な状況で戦わなければただ悪戯に兵士を殺してしまうことになる。
こちらは今の兵力が精鋭なのだ。
これ以上の兵力は……ほとんど見込めない。
「そもそも、拙者たちの庭で戦って木幕が勝てるとは到底思えん」
「た、確かに!」
「フフ、罠も野生の魔獣も沢山いますからねぇ」
この戦争に参加しなかった魔物たちも、向こうにはいる。
自分たちが生活する土地に人間が来れば、必ずこちらの味方になってくれることだろう。
まだ負けではない。
これからが本当の決戦だ。
「お前たちにも、出てもおらうぞ」
「もちろんです」
「わ、わかりました!」
二人の返事を聞いて、柳は魔王城へと一度帰還することにしたのだった。
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