10.56.夢の中の死者


 ふと気が付けば、あの空間に放り出されていた。

 何か言われても文句は言えないなと思いながら、木幕は皆の居る場所へと歩いていく。


 楽しげに会話している彼らが木幕が来たことに気づくと、沖田川が手招きをしていつもの場所に座れと促してきた。

 少し気乗りしなかったが、木幕は指定席へと座る。


「初戦は敗退だった」

「知っておる。で、次の策はどうするつもりじゃ?」

「それを聞きたいのだがな」


 今は敵情視察が終わるまでは何も決められない。

 向こうの動きを読んで行動に移したいが、そう言っていられる暇はあまりないだろう。

 いつ敵が攻めて来るか分からないのだ。


 こうして休んでいる間にも、敵は準備を整えてこちらへと攻めてくるかもしれない。

 しかし兵士たちは疲弊しきっている。

 誰もが激戦の中を逃げてきたのだ。

 味方の数も減り、敵の数は倍以上ある。

 この戦力差をひっくり返すだけの奇策を今は必要としていた。


 何もなければ、味方の援軍が来るのを待つほかない。

 その間に攻めてこられる可能性があるので、できれば一週間以内には策を立ててローデン要塞を取り返したいところだ。

 敵は魔物なので、態勢を整えるのもすぐだろう。


「ま、今はエリーに敵情視察を任せているし、そっちは大丈夫でしょ」

「なんか知らねぇけど、ミーの奴もいたしなぁ。足引っ張らなきゃいいが」


 忍び二人が少し楽しそうにそう言った。

 エリーとウォンマッドはともかく、ミュラは無事に任務を終えてくるか心配だ。

 何もなければそれに越したことはないのだが、あの性格からして何かをしでかしそうな気がしてならない。


「ミュラ、だったか。あの者はどういう奴なのだ?」

「弱くはねぇな。なんか知らねぇけど俺の鎖鎌めっちゃ器用に使うし、実力はエリーとどっこいどっこいじゃねぇか? でもあいつなんか抜けてんだよな。いや、抜けてるっていうか、欠落しているって言った方がいいか」

「欠落、か」

「おう。武器全部に名前つけたり、人はいつか死ぬから今殺してもいいでしょ? とか言ったり。本当に変な奴だったよ」


 話を聞いてみれば確かに変な奴だと言わざるを得ない。

 辻間が死んだ時もなんとも思っていなかったっぽいし、勝手に武器を盗んでは貰った物だと主張していた。

 ふらりと現れて敵情視察に行ったりと、変な事ばかりをする人物だ。


 彼女に一体何の意味があるのか疑問ではあるが……こういうのは目をつぶった方がいいのかもしれない。


「まぁ気にしなくていいぜ。勝手にいろいろやって帰ってくるだろうから」

「不安だ」

「あのー」


 少し遠慮気味に、津之江が手を上げる。

 彼女の方に視線が集まったことを確認した後、津之江は口を再び開いた。


「敵は今、ローデン要塞に立てこもっているんですよね?」

「恐らくな。落とした城を使わない手立てはないだろう」

「では……敵の食料を燃やしてみてはいかがでしょうか」

「それは良い案なのだが……」


 敵が籠城しているのであれば、やはり食料を燃やすのが一番だ。

 だが今回の場合、敵がこちらに攻めて来る期間を短くしてしまう可能性があった。


 ローデン要塞に残してきてしまった物資があるからこそ、魔物はそれを奪って食べ、暫くの時を過ごす。

 だがなくなれば、すぐに次の物資が置いてあるここへと攻め込むはずだ。


 決して悪くはない作戦。

 だがそれを実行に移すには情報が足らなさすぎる。


「今木幕がおる場に攻め込まれらぁ、ひとたまりもなかけーなぁないだろうからな

「なんもないべからね。普通の村と変わらないべさ」


 下町には防衛設備と呼ばれるようなものが一切ない。

 今晩は問題ないだろうが、翌日からは奇襲の可能性もある。

 なんとか兵を森の中に配置して警備に当たらせなければならなかった。


 後退しても不利な状況は続いている。

 だが自分たちがここで敵の進軍を止めなければ、今度は様々な場所へと散って国を襲って行くことだろう。

 ここが正念場だ。


「じゃが……魔王軍の今の戦力が、最大戦力なのじゃろう? であれば、物資の確保にそこまで躍起にはならんと思うのじゃがな……」

「と、言いますと?」

「向こうもそれなりの準備を整えておるはずじゃ。伊達に二週間もあの場所に滞在しておらん。十万の兵が満足に飯を食えるだけの物資があったということに……なる……よの?」

「え、なんで最後ちょっと自信ないんですか」


 沖田川は、木幕が魔王軍本陣に一度行った時のことを思い出す。

 木幕もその話を聞いて、そう言えばと思って思い出そうとしていた。


 十万の兵が二週間食べられるだけの物資など、あの場所にあっただろうか。

 物資が入っていそうな馬車はなかったし、死んだ獲物も居なければ血の匂いや料理の匂いなども一切しなかったように思える。

 本陣の前だというのに、物資が一つもないというのはおかしな話だ。


 若干活路を見出せそうになった気がしたが、まだ確証に至っていない。


「これは……どういう……」

「魔物と人間の食事方法は違うということですかね?」

「いやいや、生物である以上何か食わねぇと死ぬだろうがよ」

「でもやっぱり十万の魔物が生きていけるだけの物資なんてなかっただろう?」

「……えー……? いやだが……んー」


 もう少し魔物についての知識を深める必要がある。

 今のこの会話は解決策は見いだせなかったが、これにより何かしらの活路を見出せそうだ。


 木幕が一人で頷くと、体が薄れていく。

 これ以上この場に居ても話し合いはできそうにないし丁度いいと言えば丁度いい。


「すまぬな。行ってくる」

「おう」


 葛篭が返事をしたのを最後に、木幕は目を覚ました。

 日はまだ登っていないが、遠くの方でバネップが誰かと話しているところを目撃する。

 まずは話を聞いてみようと思い、木幕は腰を上げたのだった。

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