10.57.源
冷たい夜風を凌ぐように、彼らは焚火の前に集まっていた。
木幕もそこに行って腰を下ろす。
そこにはバネップ以外に、数人の人物がいた。
バネップの下に仕えるリューナとクレイン。
頭を抱えているドルディンに、詰まらなさそうに口を尖らせているティアーノ、寒そうに焚火に手を当てているテトリス。
薬草をすりつぶしているリトルの七人がそこに居た。
彼らは木幕が来ても一切の反応は示さない。
ただ焚火にくべられた薪が弾ける音だけが鳴っていた。
「バネップ殿。聞きたいことがある」
「なんじゃ」
「魔王軍はなぜ、兵糧もなしに二週間あの場で生き永らえることができたのだ」
「ああー、それは僕が説明するよ~」
薬草をすりつぶしていたリトルが、手を止めてこちらに体を向けた。
「魔物ってね、周辺に魔力が多ければ何も食べなくても活動ができるんだよ」
「まりょく……」
「体力を回復する時には何か食べないといけないだろうけどね~」
リトルは手で魔物の口を表現しながら、パクパクと動かす。
「恐らくだけど、魔王軍が待機していた場所はギリギリ魔族領に入る場所だったんじゃないかな」
「……わしらは準備の段階で既に負けていたということか」
「え、そうなんですか?」
「恐らくだが、敵はこちらに多くの兵力を集めさせることを目的としていたのだろうな。どちらにせよ、わしらはそうせざるを得なかった」
その作戦が開いての思うツボだったとしても、人間側は兵力を集めなければならなかった。
魔王軍は十万。
これを聞いて兵力を集めない者は一人としていないだろう。
ローデン要塞側からしても、来るなとは言えないし、何をしたって兵は自ずと集まって来た。
それによる物資の運搬。
彼らはそれを目当てに、ローデン要塞へと侵攻してきたのかもしれない。
「……ローデン要塞にはあるのか? その、魔力というものは」
「魔族領に最も近い要塞だから、少なからずあると思うよ。でも魔族領よりは少ないはずだから、何かしらの方法で食いつながないと駄目だろうね」
「と、なるとローデン要塞に立てこもっているのは小型と中型だけだな」
「ああー、確かに」
リトルは木幕の考えを肯定した。
他の者もその考えに頷き、更には活路を見出せそうな気もしていた。
食料を多く必要とする大型の魔物が、物資を漁って食いつなぐとは考えにくい。
いたとしても、少し強い魔族程度だろう。
あの大軍を入れるだけの領地はローデン要塞に存在しない。
立て籠もっている敵は弱く、そして少ないということが考えられる。
小競り合いとして何度か攻め入ってもいいかもしれない。
少しずつ戦力を削る方法をバネップは考えていたが、それが続けば敵の攻撃してくる時間が減るだけだということに気づいて、策を口にするのは止めた。
何か決定的な打撃が必要だ。
恐らく魔王軍は、足りない物資を魔族領の魔力で補っている。
あれだけの兵力が居るのだから、ローテーションで見張りを交代することは可能の筈だ。
回収しきれなかった物資を使って主要人物はローデン要塞で魔王軍の指揮を執っている事だろう。
「……魔族領の魔力が……こんな厄介な存在になるなんて……」
話を聞いていたリューナでさえ、難しい顔をしていた。
あの魔力がある限り、彼らに物資はほぼ不要なのだ。
厄介な話だと思いながらも、焚火を囲っていた者たちはまた頭を悩ませた。
「やはり燃やすか」
何の気なしに呟いた木幕の言葉に、誰もが驚いた。
特にテトリスとティアーノが露骨に反応する。
「ちょ、木幕! それはどういうことよ!」
「む? 奪われた物資、ローデン要塞に残されている物資をすべて燃やすということだ」
「え、あ……そっち?」
「なんだと思ったのだ」
「ローデン要塞を火の海にするつもりだと思ったのよ!」
「するわけがないだろう。テトリスの店もあるのだから」
それを聞いて二人はほっとする。
木幕とて、思い入れのある家をそう簡単に壊そうとは思わない。
なので今回の策としては、的確に敵の持っている物資を燃やす、もしくは使い物にならなくさせる作戦を決行する予定だ。
木幕の考えが正しければ、物資がなくなれば魔王軍は何かしらの行動をとってくるはずである。
それが何かは分からないため、ここでの防衛方法をしっかりと吟味しておく必要があるだろう。
「で、その策というのは?」
「今、三人に敵情視察をしに行ってもらっている。彼らが返って来てから考えるとしよう。ドルディン」
頭を抱えていたドルディンは、疲れ切った様子でこちらを向いた。
顔を見るだけで彼の心情を察することができたが、今はあえて無視をする。
一人の感情に付き合っていられる時間は、こちらにはほとんどないのだ。
「ローデン要塞の地図を正確に書き出してくれ」
「……分かった……」
のそりと立ち上がり、彼は道具を取りに行く。
歩いている姿も、なんだが弱弱しくて心配してしまう。
仮にも冒険者を束ねるリーダーなのだからしっかりしてほしいと思ったが、やはりメディセオの死と、ローデン要塞に残してきた兵士のことを気に病んでいるのだ。
「ど、ドルディンさん……大丈夫かな……」
「さぁね。でもま、何処かで吹っ切れて前線で戦ってくれるわよ。あの人はそういう人だから。それと木幕」
ティアーノが腰に手を当てて、木幕の前に出る。
「その作戦、私も頭数に入れておきなさいよ」
「お主は暗殺に長ける勇者であったな」
「文句ある?」
「いいや、ない。ただ某の指示をしっかりと聞いてくれれば、ではあるが」
「……も、もうあの時みたいなことはしないわよ……」
痛いところを突かれたのか、ティアーノは申し訳なさそうな表情をした。
あれから反省したようだ。
自分ならできると驕る自信は、あっても問題はない。
むしろそれだけの自信を持っているということは、良いことだ。
だがそれを行動に出し過ぎるのは良くない。
典型的な失敗が、一年前にローデン要塞で魔王軍が攻めて来た時の彼女の行動だ。
あの時はまだ何とかなった。
だが、次はない。
「では、暫く待つとしよう」
木幕たちは、敵情視察に行っている者が帰ってくるのを待つことにしたのだった。
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