10.46.潜伏兵の強襲
雪の中から魔物が飛び出してくる。
ローデン要塞北側の広大な雪原に潜んでいた魔物たちだ。
魔王である柳の指示を聞き、一斉に飛び出してローデン要塞を強襲する。
この魔物たちは戦争が始まった瞬間に移動を開始した兵たちだ。
その種類は様々ではあるが、基本的には小型の魔物が多い。
移動速度に特化した体つきをしており、雪を泳ぐ魚もちらほらと見て取れる。
その数、七千。
吹雪のお陰で誰にも気付かれることなく移動することができた。
そして予想通り、暇を持て余した兵士が移動してくれた。
この期を逃す程、魔王軍は甘くない。
この情報は空を飛んでいる鳥型の魔物に教えてもらったものだ。
便利なものであると思いながら、柳は地図の上の駒を動かす。
「大型を動かせ。敵方の退路は塞いだ。あとは殲滅戦である」
「承知いたしました」
隣にいたスディエラーが、パンッと手を鳴らす。
この音を聞いた大型の魔王軍は、のっしのっしと前線へ歩を進めた。
撤退されると厄介だったローデン要塞。
その中に魔物が入ることにより、彼らは殲滅戦と耐久戦を同時進行でしなければならなくなる。
撤退したくても撤退できないこの状況。
「さぁ木幕。どう切り抜ける」
柳はパチンと、駒を動かした。
◆
報告を受けた本陣は、焦った様子で指示を飛ばしていた。
ウォンマッド斥候兵がミルセル王国兵の動きを教えてくれた時には、既に後方に待機していたルーエン王国兵と合流をしていたのだ。
どうして指示を無視して動いたのかは、今は放っておく。
木幕は急いでウォンマッド斥候兵に指示を飛ばし、鶴翼の陣で展開しているルーエン王国兵の半数と今し方到着したミルセル王国兵に撤退の指示を出し、合わせて約一万の兵力を撤退させる。
バネップは握り拳を作って怒鳴った。
「あの若造!! 何を考えている!!」
彼の感情が爆発するのはもっともな事だ。
だが今は現状を打破しなければならない。
柳がこれを見て何か行動を起こさないはずがないのだ。
「ウォンマッド斥候兵、後方の様子は?」
「わ、私めが確認したのは、今のところはミルセル王国勇者、トリック様が半数の兵力を北側へと移動している最中まででした」
「さすが勇者だ。すまぬが、某はローデン要塞の防衛にあたる。バネップ殿、指揮を任せた」
「分かった。木幕も後方の指揮を頼む」
「僕も行く! ウォンマッド斥候兵の機動力は速いよ!」
「助かる。行くぞ」
木幕とウォンマッドは、本陣から飛び降りてローデン要塞へと走っていく。
移動距離はそれなりにあるが、この速度であればすぐに到着することができる。
だがすでに敵が侵入している場合……多くの兵を失うかもしれない。
「で!? あの王子様は何を考えたんだろうね!?」
「功を急いたのだろう! くそ、北を任せたのは失敗であった!」
「どうして任せたのさ!」
「重要な任だと責任感も強まる! それを期待したのだがな!」
「ああいうのには何をやらせても無駄さ!」
確かに、と苦笑いをして、また走る速度を速める。
移動が徒歩しかないというのは若干面倒ではあるが、今はこれが一番早い移動方法だ。
しかし、嫌な予感というのは当たるものだ。
どれだけ気を付けていようとも、人の心を留めるのは難しい。
自分が本陣で待機していてよかったとは思ったが、状況は芳しくない。
魔王軍がローデン要塞に兵を送り込んできていたとしたら、まずは殲滅戦を行わなければ撤退することができない。
この辺りの地形は退路が少なすぎるのだ。
それ故に守りやすい場所なのだろうが、撤退する場合はそれが裏目に出る。
最前線では敵兵を食い止めてもらわなければならなくなった。
だがそれも敵がローデン要塞へと入って来ている場合だ。
今のところそう言った気配は感じない。
ドォオオン……。
「……今の音、何?」
「ローデン要塞の北側城壁が突破された音だ」
「うっそ……」
それに続き、悲鳴や破壊音が立て続けに聞こえてくる。
反対側から移動していたミルセル王国勇者の兵は、間に合わなかったのだろう。
だがよく気付いて行動してくれた。
彼を責めることは誰であろうとできないだろう。
「ミルセルの勇者と合流するぞ」
「そのつもりだよ! んじゃお先っ! 雷よ、纏え!!」
パリッと光ったと思ったら、ウォンマッドは素早い速度で走って行った。
あれも奇術かと思いながらも、木幕はいつも通りの速度で走る。
もう少しでローデン要塞の東門だ。
扉は開いている。
しかし、その奥には魔物が無数に蔓延り、住民や医療班を襲っている光景だった。
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