10.47.殲滅戦
ローデン要塞北側の城壁が、粉々に破壊された。
ボレボアの爆発がほとんどの城壁を吹き飛ばしたのだ。
破壊された城壁の一部が宙を舞い、後方で待機していた領民や医療班に襲い掛かる。
その直後になだれ込むようにして魔物が押し寄せて来た。
七千の大軍は一般人では対処することができず、何も出来ないまま数十名の領民が一斉に魔物の餌食となる。
その直後、ミルセル勇者のトリックが駆けつけて戦闘を開始する。
間に合わなかったことを悔いながら、持っていたロングソードで魔物を一気に両断していく。
それに続いて兵士たちも駆けつけてくれた。
状況を確認した者たちは各々が武器を手に取り、中に侵入している魔物の殲滅を開始する。
魔物も増え続ける人間の増援の気付き、そちらへと戦力を向かわせた。
勢いが落ちている衝突のため、この一瞬で大きな被害は出なかったものの、既にローデン要塞はボロボロだ。
家が壊され、城壁も壊されている。
様々なものが散らばっていて動くことが困難だった。
だが魔物はそんなことお構いなしだ。
邪魔な物があれば乗り越えるか、吹き飛ばすか、魔法で燃やすか。
様々な方法で対処し、移動の方法を確立させていく。
一方人間兵士はその活発な動きに翻弄され、劣勢な状況が続いていた。
四方八方から迫りくる敵を対処することができずに致命傷を追ったり、飛ばされてくる魔法や瓦礫に押しつぶされたりしている。
対処しようにも敵の数が多く、急行したため陣形もバラバラで個人戦のようになってしまっていた。
連携が取れておらず、更に状況を把握できていない。
混乱しながらとにかく目の前の敵を倒すことだけに集中するしかなかった。
だがそんな無謀な戦い方では体力の消耗も激しく、仲間同士が助け合えないこの状況では戦死者を悪戯に増やすだけの行為でしかならない。
それは様々な戦場をかいくぐって来た勇者、トリックは気付いていた。
しかし陣形を整える暇などなかったし、整えている間に領民と医療班のほとんどが死んでしまっては意味がない。
移動しながら陣形を整えるなんてことはできないし、そんな時間も余裕もトリックには無かった。
「ギャギャギャ!」
「ボオオオ!!」
小型の魔物が跳ねまわりながら人間を襲っていく。
遠くではボレボアと思わしき魔物が建物を破壊し続けていた。
あの爆発魔法は厄介極まりない。
一匹しかいないとはいっても、その脅威度は高く、放置していればこちらに甚大な被害をもたらすだろう。
「くそっ! 邪魔だ!!」
「がああ!」
「はぁ! う、ぎゃあああ!」
「くそ! くそっ!」
ボレボアの危険度は誰もが知っている。
倒そうと駆けだす者は多かったが、それより先に小型の魔物に襲われて致命傷を負ってしまう。
助けようにも数が多すぎてどうにもならない。
自分の身を守るだけで精一杯だ。
「トリック様!」
「んぐ!?」
一瞬だけ気が逸れていた。
その瞬間に足に激痛が走る。
足には魚のような魔物が嚙みついており、バタバタと暴れて牙を肉に食い込ませていく。
すぐにロングソードを振るって魔物を両断する。
そのあと残った頭を掴み、口を開かせて足から外して投げ飛ばした。
力が入らず膝をつき、腰に差してあったナイフを取り出して最低限の防衛に努める。
「どうする……! この状況……!」
負傷したトリックを二名の騎士が守ってくれていた。
有難いとは思ったが、状況は劣勢極まりない。
礼を言うより策を巡らせなければならなかった。
今こちらに来ている兵士の数は三千程度。
だが戦闘を開始している兵士はその半分にも満たないだろう。
今到着したばかりなのだから、それも仕方がない。
残り二千の兵士は南側にまだいるかもしれない。
騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれればいいが、それにも時間を有する。
今は耐えなければならない。
この魔物の軍勢を少しでも減らし、民を守るのが今の仕事。
「ローデン要塞の領民と医療班を守れー!! 彼らが死ねばこの戦は負ける!! 己の命に代えても、守り抜くのだ!!」
『『『『おおーー!!』』』』
声が届いた兵士は少ないが、それでも士気を上げようと声を張り上げてくれた。
ローデン要塞の領民は医療班としての役割を担っている。
彼らが死んでしまえば、治癒を手伝ってくれる者がいなくなってしまう。
それだけは何としても避けなければならないかった。
そして今一番の問題は、あのボレボアだ。
爆発魔法を所持している敵は脅威でしかない。
あれを早急に倒さなければ、こちらの勝ち筋は見えてこないだろう。
「よく言ったミルセル勇者!」
「っ!?」
回転しながら敵を斬り捌き、一気にボレボアに突撃していく一人の兵士が見えた。
雷魔法を使用しているのか、その速度は素早い。
分厚い片刃の直刀を大きく振り回して、ボレボアに直撃させる。
小柄な体でよくあそこまで重そうな武器を振り回せるものだと感心した。
武器の重さを十分に活かした斬撃が、ボレボアの頭を砕く。
「ボッゴォ……」
「シー、いっちょ上がり!」
ボレボアの上に乗って、ウォンマッドは得意げな表情をするが、そこは敵のど真ん中。
一斉の飛び掛かって来る魔物。
だがそれを一度の跳躍で回避し、上空から魔法を放つ。
「雷よ、穿て!!」
片手から落雷が落ち、周囲の雪もろとも吹き飛ばす。
直撃を真逃れたと思われた魔物にも被害を与え、一瞬の間が開いた。
着地したと同時に声を上げる。
「陣形を整えるんだ! ミルセル勇者!」
「感謝いたします! 全軍! 陣形を整えろ! 防壁の陣!!」
密集し始めた兵士を見て、とりあえず一安心といった様子でため息をつく。
小型の魔物は攻撃力が低い。
協力して倒せばそんなに苦戦はしないはずだ。
「魔導兵! 後方援護! 槍兵は魔導兵を守護せよ!」
魔導兵が後方から援護を開始する。
それに襲い掛かってくる敵を、槍兵が始末していく。
まだまとまりがなく、取ってつけたような陣形ではあるが、何もしないよりはマジだろう。
これで味方が到着するまで耐えることができる。
「んぐ……」
「トリック様! 大丈夫ですか!?」
「すみません、足をやられたみたいです……」
足からは血が流れ続けていた。
あの魔物に肉を抉られたらしい。
戦えないわけではないが、止血をしなければならないだろう。
足の防具を外して、持っていた紐で縛る。
医療班が襲われた今、応急処置はこれくらいしかできないだろう。
そこで、肩を叩かれる。
「よく耐えた」
一人の男性がいた。
呟くようにトリックを労うと、持っていた武器を抜き放つ。
「葉我流奇術、針葉樹林」
彼の周囲に、針葉樹の葉が舞い始めた。
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