10.34.夢の中の軍議


 暗い空間で、数人が座って話し合いをしていた。

 その中に混じろうと、木幕は歩いていく。


 久しぶりにここへと来ることができた。

 ローデン要塞へ到着したところで、あの軍議が終わった後武器や魔法について、再び彼らに聞いていたのでここにいる者たちも大体は理解しているはずだ。

 木幕が来たことに気が付いた辻間が、手を振って呼びかける。


「おおー! 来たか!」

「状況はどうだ?」

「へっへっへ、津之江の姉さんが面白いことに気が付いたらしいぜ」

「む?」


 話を聞きながら、木幕は指定位置へと座り込む。

 あの時と同じ座り方をしていた彼らは背を正し、津之江が手を上げる。


「木幕さんが柳様の所へと行った時に気が付いたことがありまして」

「それは?」

「四天王についてでございます」


 それを聞いて、木幕は彼と話した時のことを思い出す。

 四天王がローデン要塞へと来ていたと言っていた。

 恐らくそれが、津之江と対峙した魔族なのだろう。


 実際に戦った彼女は、そのことを鮮明に覚えており、更に魔王軍の今の有様に首を傾げた。


「もしかしたら今の魔王軍は、雑兵の集まりかもしれません」

「何?」

「私も確証はないのですが、恐らく四天王という言葉は魔族の中でも最も強い四人を指し示している言葉でしょう。で、私が戦ったあの魔族……。いくら接近戦が得意でないとはいえ、弱すぎました。奇術は確かに恐ろしいものでしたがそれだけです」

「つまり何が言いたいのだ?」

「もう魔族に、あれ以上に強い兵は四天王以外にいない、ということです」


 津之江は戦った経験と柳が話していた言葉を思い出しながら、この結論に辿り着いた。

 彼女が生きている間にも、魔王軍の兵士は何度か東城門から攻めて来たことがある。

 だがそれはすべて統率の取れていない魔物の群れ。

 それらを指揮する者がいなかったのか、ただローデン要塞の兵士を油断させるための罠だったかどうかは分からないが、それにしても弱かった。

 ローデン要塞近くに住んでいるレッドウルフの方がまだ強い。


 兵士を指揮する者がいないというのは、それを成せるだけの兵士がいないということだ。

 そこから導き出される津之江の最後の結論は……。


「魔王軍は、あれが本当の最高戦力であり、後続はいません」


 あの話だけで結論を出すのは早い気もするが、確かにその可能性は高い。

 まだその姿をすべて確認できているわけではないが、あの女を連れ去った魔族は四天王の一人だろう。


 全戦力が十万。

 一方こちらはまだ多くの国が残っており、それぞれが兵をこちらに向けて出兵している。

 柳はそれに勝てる算段があるのだろうか。

 無謀な戦争ではないのだろうかと、今更ながら考えてしまう。


 だがここを越えられるとマズいのも事実。

 ここでどれだけ防衛できるかが、今回の戦況を分ける鍵となるだろう。


「腑にさぁ落ちん」

「……」


 葛篭が宙を仰いでそう言った。

 珍しく難しい顔をして、考え事をしている様だ。


「何が腑に落ちぬというのじゃ?」

「津之江の言うことがおうとるん当たっているだったら、魔王軍は逼迫しょーんだらしているんだろ? 攻め切っだけ戦力がなーにないのに、あーまで胸を張れる意味が分からん」


 確かに、そう言われてみればそうだ。

 彼はこれからのことを考えているわけではなかったように思える。

 今この場さえ勝ってしまえば、何とでもなると言っているような気さえした。


 だが恐らく、津之江の言う通りあれが最高戦力。

 だというのにあそこまで自信満々な様子でいられるということは……。


だけぇだからなんぞあっけぇなにかあるから……油断すんなえするなよ

「……肝に銘じておこう」


 葛篭の真剣すぎる忠告に、木幕は頷くしかなかった。


 確かに柳は、なんの策もなしに戦を吹っかけたりするような人物ではない。

 相手の弱点を探り、されたくないことを的確に突いてくる。

 それで何度も突破口を開いて、勝利を収めたのだ。


 この世界には奇術がある。

 柳の奇術が分からない以上、確かに油断はしてはいけない。

 戦闘の際中であっても、あと一歩で勝利が掴めるとしても、彼を相手にするのであればその首を取るまで油断をしてはいけないのだ。


「さて、では他の話をしようかの」

「他に何か分かったことはあるのか?」

「分かったというより、これからのことについてじゃな。あのミルセル王国の王子だったかの。危険じゃぞ? 目を光らせておかねばなんぞ始末のできんことをしだす」

「ふむ……」


 確かに、あれに任せるのは少しばかり恐ろしい。

 できれば黙っていてくれるといいのだが……。


「ああ、でも槙田様の活躍は凄かったですね! あの奇術がなければ魔王に会うのは難しかったでしょう!」

「貴方は少し黙っていなさい」

「うんうん、流石兄貴だぜ」

「貴方も口を閉ざしなさい」


 槙田のことになるとすぐに口を開くこの二人には、緊張感などというものは無縁そうだ。

 津之江が注意した後、石動が呆れた様に嘆息する。


「まぁあの二人はほっとくだべ。木幕殿。武器についてだが、槍が多いべ。兵士は槍兵、弓兵。冒険者は剣士、奇術兵のどちらかが多いべな。訓練されている兵士は平均的な強さを持っているだべが、冒険者は個々によって力の差があるだ。それを見極めて置くべよ」

「ふむ、確かにそうだな。考慮しておこう」


 重要な事なので、援軍が来るまではそれを見極めておこう。

 他の者たちを見てみるが、特に言いたいことはもうないらしい。

 あとは戦況を見て考えるとの事。


 葛篭が気になっていた攻城兵器などは使われないことになったし、これはもう調べても意味はないだろう。

 あったとしても東城門の兵器が火を噴くだけだ。


「あとはそれぞれの弟子に委ねるかのぉ……」

「ウォンマッド斥候兵……元気しょーたけぇよしじゃなあ」

「二ヶ月後までには、魔王城に行かないといけないべよ、木幕殿。海賊たちが待ってるだべ」

「そのつもりだ。津之江は他にないか?」

「料理のことについて口を出そうと思いましたが、テトリスちゃんがいるので問題なさそうです」

「そうか」


 続いて沖田川を見てみたが、彼は首を横に振った。

 作った陣形に何か言われると覚悟していたのだが、そんな事はなかったらしい。

 それに胸をなでおろす。


 船橋を見てみる。

 彼女も同様、首を横に振った。


「てめぇはなんか喋れや!!」

「ぴゃああ!!? 申し訳ございません!!」

「……そういえば船橋」

「は、はい! なんでしょうか!!」

「……あの狼、お主は何か知っておるか?」


 すっかり忘れていた事だったが、急に思い出したので聞いてみることにした。

 すると、船橋は背をしゃんと伸ばす。


「ディールとルディアのことですか?」

「うむ? ……まぁその白い狼だ。お主の刀を奪って何処かへ行ってしまったのだ。というか何故名を……ああ、お主は獣と喋れたのだったな」

「はい。あの子たちはとても頭が良かったですね。でも……刀をどうするつもりなのかは分かりません……」

「左様か」


 分からないのであれば、それでいい。

 獣だし、今は何処かでのんびり暮らしている事だろう。


 そこで木幕の体が薄くなる。

 やはりここに居られる時間は短くなっているような気がした。

 彼らの顔を一度見た後、意識はプツリと切れて目が覚める。


 外から懐かしい声が聞こえている気がした。

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