10.28.敵本陣へ


 水瀬は木幕たちが会議をしている間、馬車の準備を整えて閻婆を撫でていた。

 あとは彼らが戻ってくるのを待つだけである。

 槙田がいれば雪道は普通の道も同然なので、特に用意する物はない。

 強いていうのであれば、東の門を開門して欲しいというところだろうか。


 彼女の側には、心配そうにしている者たちの姿があった。

 レミ、スゥ、そしてエリーである。

 魔王の所に直接行くなど、危険にもほどがある。

 だが水瀬は止めても聞く耳持たずといった様子で、準備をそそくさと終わらせてしまった。


 いくら知り合いとはいえ、彼らが強い魔法を持っていたとしても、四人だけで向かうなど死にに行くようなものだ。

 今まで何度も止めた。

 だが水瀬は一切反応を示さなかった。


「み、水瀬さん……本当に行くんですか?」

「行くわよ。大丈夫よ、彼が侍の心を持っているのであれば、私たちは死なないわ」

「持っていなかったら……?」

「できるだけ暴れて死んでやります。正和だけは逃げることができるでしょうけど、あの子も侍。死ぬまで戦うでしょう」


 水瀬はまた閻婆を撫でる。

 意外と大人しいのだなと感心した。

 この子は既に自分たちのことを仲間だと認めてくれているのだろう。

 槙田による調教が一番効いているだろうが……。


「フフ、そんなに心配?」

「そりゃあ……」

「付いてくる?」

「怖くていけませんよ。敵の本陣ですもん」

「っ……」


 こんな事をするのは彼ら以外にはいないだろう。

 本当に話ができるのかどうかも分からないのだ。

 やはり不安でしかない。

 しかし彼らは止まりそうになかった。


 エリーは嘆息し、頭を掻く。

 それから、二振りの小太刀を取り出した。


「師匠も同じことをしたんですかねぇ……」 

「忍びは顔を見せるなんてことはしないわ。もし存在がバレてしまえば、それは忍び失格よ」

「同じ事言っていましたよ」

「でしょうね」


 自分は本当にここで役に立てるのか、なんだか心配になってきた。

 この刀を受け継いだまでは良かったが……こんな調子では怒られる。

 小太刀を腰に差し直す。


 それから少しすると、冒険者ギルドから木幕たちが出てきた。

 既に馬車が準備されているところを見た後、すぐに乗り込む。

 槙田は閻婆の背に乗って、パンッと手を叩いた。


「邪魔だぁ……」

「大丈夫なんですか? 本当に」

「ああぁ……? 当たり前だぁ……。戦の前に使者を殺す者はおらん……。木幕の主が頭なのであればぁ……問題はないだろうぅ……」


 槙田も水瀬と似たようなことを言った。

 この謎の信頼度の高さは何なのだろうかと、首を傾げてしまう。

 しかしこれ以上何を言っても無駄な様だ。


「はぁ……無事に帰ってきてくださいね」

「戦うわけじゃないんですから、大丈夫ですよ。じゃ、槙田さんお願いします!」

「よぉし……」


 閻婆の背中を踏みつけて走らせる。

 東側の城壁へと向かう。

 城門は閉ざされているが、何とかして空けてもらおう。

 おそらく木幕がいるのであれば問題はない。


 そんな軽い気持ちで、一行は魔王軍本陣へと馬車を進めていったのだった。



 ◆



 ローデン要塞の東側の城門は、二つある。

 大きな門と小さな門だ。

 小さなもんとは言っても、馬車一台は余裕で通れるほどの大きさがある。

 勿論門番がいるわけだが、やはり止められてしまう。

 だが木幕が顔を出すとその態度が急変した。


「も、木幕さん! どうされたんですか?」

「魔王と話をしにいく。門を開けてくれるか」

「どぅえ!!? え!? ええ!? 正気ですか!?」

「至って正常だ。大丈夫だ、戦いはしない」

「い、いや……ですが……向こうがその気ではないとは限りませんよ……?」


 まぁそれはそうなのだが、かかってきた魔物は勿論斬り伏せるつもりだ。

 こちらが生きていなければ意味がないのだから。


「問題ない。通してくれ」

「ギルドマスターは……」

「止めることなく通してくれたぞ」

「うぐ……わ、分かりました。ご無事で」


 兵士は小さな門を開ける。

 巻き取り式の城門は上へと持ち上がって道を開けてくれた。


 槙田は十分に門が開いたと同時に閻婆を蹴って走らせる。

 人の腰辺りまである雪を炎で溶かして道を作り、一直線に魔王軍本陣へと馬車を進ませた。


 敵本陣までは距離がある。

 ついでに戦場も視察しておこうと思って、木幕たちは馬車から顔を出して周囲を確認した。

 そこには驚くほど白い平原が広がっている。

 起伏らしい起伏は一切なく、ただ雪が多く積もっている程度だ。


 単純な力勝負と弓兵、奇術兵の連携がなければこちらが不利になるかもしれない。

 この戦場は思った以上に戦いにくいなと思いながら、木幕は遠くに見える本陣を見据えた。


 あの場所に、主がいる。

 これは定めだったのだろうか。

 こうなる運命でしかなかったのだろうか。

 木幕はギリッと歯を食いしばってあの女神を恨み、憎んだ。


 静かな殺意。

 わずかではあったが、槙田のみがそれを感じ取った。

 恨みから放たれる殺意は、普通の殺気とはまったくの別物だ。


「木幕ぅ……」

「……なんだ」

「己を見失うなよ」


 槙田が珍しく、語尾を伸ばさずぴしゃりと言った。

 それに小さく頷き、返事とする。

 満足げに笑った槙田は、また閻婆を踏みつけて走る速度を上げさせた。


 炎が巻きあがり、一本の道を形成していく。

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