10.12.既に向かった孤高軍


 無事に入国することができた一行は、早速孤児院へと足を運んでいた。

 まだもう少し時間はかかるのだが、道は間違えていない。

 久しぶりに戻って来たなと思いながら、木幕は少しだけ足早に大通りを歩いていった。


 この場所を知らない西形と水瀬は、周囲をキョロキョロとしている。

 ここには特段面白い物はないので、子供のように走ったりはしていないが……どちらかというと自分たちの着ている服がやはり目立つらしい。

 以前までは木幕一人だけであったが、今回は似たような服を着ている者は三人いるのだ。

 目立つのは仕方がないことである。


 とはいえ、まったく気にはしていないが。


「意外と大きな国ですねー。ここなら兵士の援軍も見込めるのでは?」

「間に合わないがな」

「まぁそれはそうなんですけども」


 ここからローデン要塞までは時間が掛かりすぎて合戦に間に合わない。

 向こうで耐え忍ぶことができれば、ここからの援軍は大いに役立ってくれることだろう。


「あっ」

「どうした、レミよ」

「……いや……嫌なことに気が付いてしまいました……」


 その言葉に、四人は首を傾げた。

 嫌な事とは一体何なのだろうか?

 今の現状、移動だけで問題はない。

 その道中に様々な話を聞かなければならないが、それは木幕が頑張ればいい話だ。


 だがレミは、それとは違うことに気が付いたのだ。


「ここから普通にローデン要塞へ向かった場合……最短約一ヶ月半です……」

「うむ」

「師匠、ここは火山があって他の場所よりも気候が温かいのです」

「……」

「向こうに兵士が到着する頃……そして魔王軍が動くのが二ヶ月後だということを考えると……。戦争が開始されるのはローデン要塞が孤立して物資の運搬ができなくなる……あの時です。つまり……」

「皆まで言うな。分かっている」


 合戦の時期は、冬。

 ここを出立したのが夏の終わり頃であり、グラルドラ王国へと辿り着いたのが一ヵ月と一週間後。

 この辺りは今九月の終わりか十月の初頭を迎えているはずである。

 そこから二ヶ月後ということは、時期的には確かに冬になるはずだ。


 マークディナ王国付近には火山があり、夏は暑く、冬は暖かい。

 その暖かい風はモルト山脈を越えてグラルドラ王国にも及ぶ。

 なので感覚が若干狂ってしまっていた。

 代り映えがほとんどなかった場所を通り続けてきたため、季節のことを考えるのをすっかり忘れてしまっていた。


 ローデン要塞の下町まで行くのにも相当な時間と労力を使用したのだ。

 援軍の到着が遅れると、そもそも入ることができなくなってしまう可能性がある。

 

「……だから二ヵ月後、だったのか」

「最近温かかったですから、まだ時間あると思っていましたよ。向こうは雪が降るのは早いんですか?」

「雪国だからな……。だがレミよ、動けなくなるのは中頃ではなかったか?」

「雪の状況によるらしいですよ。恐らくあと一ヵ月もすれば向こうは雪が積もるでしょうけど……」

「あの時と同じ状況だな」


 今思えば、あの時の戦いも同じ時期を狙ってきていた。

 一年越しの再来だ。

 今回は規模も指揮官も違うので、あの時と同じ戦法では勝つことはできないだろう。


「某たちは、やれることをしよう。よいな」

「分かりました」

「元よりそのつもりです!」

「では、道を急ぎましょうか」

「っ!」


 一行はまず、孤児院へと急いだのだった。



 ◆



「……これは……」

「人、居ますかこれ?」


 西形は額に手をやって遠くを見るようなしぐさをする。

 だがその視線の先には、誰も居なかった。


 ここは確かに西行が住まいとしていた孤児院である。

 以前はここで多くの人物が行きかって炊き出しをしたり、冒険者活動で稼いだ金を使って食料などを買いだしていたはずだ。

 だが今ここには人っ子一人見当たらなかった。


「むっ?」


 西形が突然、槍を強く握った。

 一体どうしたのかと思っていると、一瞬で消え去る。

 何か見つけて奇術で移動したのだろう。


 しかし妙だ。

 約一ヵ月離れていたとはいえ、誰も居なくなるということが有り得るのだろうか。

 もしかしたらもう一つの方の孤児院へ移動しているのかもしれない。


「もう一つの方の孤児院を見に行くか」

「あっち使われてないんじゃなかったですか?」

「そのはずなのだが……」

「きゃああああ!」

「捕まえたぁ!!」


 どうしようかと考えていると、悲鳴が聞こえた。

 そこで水瀬が笑顔で指を慣らす。


「あの愚弟は何をしているのかしら……」

「ひぇっ……」

「まぁ待て。あの声には聞き覚えがある」


 声のした方向へと歩いていってみれば、西形が石突で一人の女性を抑えていた。

 彼の勘はなかなかいいらしい。

 だがそれを制し、下がらせる。


「エリー。何をしておるのだ」

「え、あ!? 木幕さん!?」

「ありゃ、なんだ。木幕さんの知り合いでしたかぁ」


 誤解が解けたところで西形は槍の構えを解く。

 それを見てエリーはすっと立ち上がった。


「何で木幕さんがここに!?」

「これからローデン要塞へ向かうのだ。その為にここを経由したまでのこと。してエリーよ。この状況は何だ? ここに居た者は一体何処へ行った?」

「あ、それはそうですよね……」


 ここに来たばかりなのだ。

 この状況を知らないのは当たり前である。


 エリーは一つ咳払いをした後に、この孤児院の状況を一言で説明してくれた。


「孤高軍は、貴方の助けになると言って五日前、ローデン要塞へ向けて旅立ちました」

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