9.17.飛んできた魔物


 ガラガラと馬車が動く音がする。

 そこには三人の人物のみが同乗していた。


 手綱を握るのは西形正和だ。

 彼らはマークディナ王国で馬車を入手し、今はグラルドラ王国へと向かって進んでいる最中である。

 本当であれば馬を三頭欲しかったのだが、残念ながら馬が高すぎて手が出ず、こうして馬車を購入することになってしまったのだ。


 ちなみにその資金は襲い掛かってきた盗賊たちの物である。

 彼らは所持している金銭が多いので水瀬は嬉々として狩りを行っていた。

 昔、景色を踏み荒らされたことは絶対に忘れない。


 そのおかげと言っては何だが、こうして無事にグラルドラ王国へと向かうことができている。

 こればかりは水瀬に感謝するべきだろう。


「おうぃ……西形ぁ……。向こうまではどれくらいでつくぅ……」

「あと三日ほどで中継地点の村があります。そこが木幕さんたちが寄ったっていう村ですよね?」

「そうだぁ……」

「良かった。にしても……何でこんな離れた場所に国があるのか……。村まで二週間、そこから国まで一ヵ月って遠すぎじゃないですかね……」


 マークディナ王国から中継地点の村までが二週間。

 その村からグラルドラ王国への道のりが一ヵ月。

 明らかな長い道のりに、西形はうんざりして嘆息した。


 魔法袋という便利な道具を山賊から奪って食料や水などの物資は潤沢ではあるが、いずれ腐ってしまうものだ。

 適度に何処かで補充しなければならないだろう。


 そういう時は西形が自慢の奇術にて獲物を取ってくる。

 槙田が炎を扱えるため、火おこしは非常に簡単だ。

 それに水瀬が料理を担当してくれるので、食事は基本的に華やかだ。

 華やかと言っても、旅の途中なので質素ではあるが、男だけの旅よりは明らかに華やかである。


 その水瀬だが、今は寝ている。

 昨日は夜の見張りを水瀬が担当してくれたのだ。

 西形は御者をしなければならないので夜の見張りはできない。

 なので実質槙田と水瀬が交互で行っている。


 考えてみれば意外と良い編成だなと、槙田は不敵な笑みをこぼす。

 旅をするのがここまで楽な場合などほとんどないだろう。

 しっかりとした飯が食えるのが一番良いところである。

 しかし……。


「米ぇ……食いてぇなぁ……」

「ちょっとやめてくださいよない物ねだりをするの……。僕だって食べたいんですから……」

「……あ、津之江のいた要塞に米あったくねぇかぁ……?」

「あったのは味噌では?」

「そうだったっけかぁ……?」


 なんでもいいから日本食が食べたい。

 この世界の食べ物の味が薄いのなんのって。

 そこで槙田は木幕と同じ様に貴族に怒りを覚える。


「あいつらで囲いやがってぇ……。風呂も塩も高級品だぁ……? なめ腐ってんじゃねえぇぞぉ……」

「僕に言わないでいただけます?」

「……漬物が食いてぇ……。梅干しもいいなぁ……握り飯と合うんだぁ……。寿司、刺身ぃ……」

「ちょっとやめてくださいよ! 僕まで辛くなります!」


 懐かしい食べ物を連呼されるとこっちの胃にまで負担がかかりそうな気がしてくる。

 生き返ったことにより食事を必要とするようになってしまったのだから、言葉を聞くだけでダメージが半端ない。

 頼むから静かにしてくれと西形は心の中で叫んだ。


「ギャワアアア!」

「うっわきもちわるっ」

「ああぁ……?」


 妙な獣が上空を飛んでいる。

 それはこちらを見ており、狙っているようにも感じられた。

 炎を纏うその鷹は、明らかな殺意を持って敵対している様だ。


「ああぁん?」


 槙田はそこでカチンと来た。

 西形に馬車を止めさせ、すぐに飛び降りて紅蓮焔を抜刀する。


 前に出てきた槙田に狙いを定めた鷹は、大きく羽ばたいてから急降下した。

 その大きな体躯で槙田をつき飛ばすつもりらしい。

 だがそんな巨大な生物が迫ってきているというのに、一切動じない。

 逆に怒りがどんどん込み上げてきているようだった。


「てめぇ……なぁに真似してんだよぉ……」

「……はっ? ……あっ」


 炎と炎。

 槙田は自分と同じ奇術を使う魔物にキレていた。


 彼は真似をするのも嫌いだし、真似をされるのも嫌いだ。

 家紋を知っているだろうか?

 あれは様々な姿形があるが、できる限り他人とは違う物を作るのが暗黙のルールとなっていたのだ。

 昔からそういったことは多くあった。


 だがまさか奇術を真似されてキレる奴がどこにいるのだろうか。


「目の前にいるとは思わなかったなぁ……」


 呆れた表情をしながら、西形は炎の鷹の行く末を見守る。

 あの獣の辿る道は、容易に想像することができたのだ。


 槙田は下段から構え、炎を噴出させる。


「うわっちあっちゃちゃちゃちゃちゃ!! ちょっと槙田さん向き! 向き気を付けて! 馬がびっくりするからぁ! どうどうどう!」


 そんなことはお構いなしと言った風に、槙田は相手を睨む。

 人間が獣を怯えさせるほどの眼力を持つだろうか。

 彼は持つのだ。

 炎の鷹は、槙田の表情を見て一瞬怯んだ。

 そこを狙わない槙田ではない。


「炎上流ぅ……! 輪入道ぅ……!」


 ザンッザンッ!!

 空に赤く燃え盛る二つの滝が作り上げられたのだった。

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