9.3.静かすぎる森


 来た道を戻るのは簡単である。

 木幕はそれなりに山に慣れていたので、地形を把握し目印を決めて覚えていた。

 それを逆再生で辿って行けば、戻れるはず。


 だったのだが、どうしことか道が分からなくなった。

 初めて来た山で迷子になるということは、今までの旅や日ノ本での移動では発生しないようになっていたのだ。

 方位も頭の中でしっかりと確認しており、万が一にも迷うことはないと思っていたのだが……そこでようやく迷った理由が明らかになる。


「……太陽の位置が変わっている」

「え?」

「今は朝方だ。太陽は東から上る……故に……」


 レミの持っていた地図に顔を覗かせ、指をさす。

 村の方角は分かっている。

 出発時に太陽を正面に見ていたのだが……今もその太陽は正面を向いている。

 背にしていたはずだったのだが、いつの間にか村から離れるようになっていたのだ。


 これが神隠しだろうかと木幕は唸った。

 その原因が分からない以上、下手に動くのはよしておいた方が良いだろう。


「てことは……同じところグルグルしてるって事ですか?」

「それは分からん。だが山が某らを返そうとしていないということは事実であろう」

「ど、どど、どうするんですか……?」

「山の機嫌が直るのを待つほかあるまい」


 待つだけで機嫌が直るのか疑問ではあるが、今のところ打つ手がないのだ。

 であればできるだけ体力は温存しておいた方がいいに決まっている。


 休憩だと言って、木幕はその辺の切り株に腰を下ろす。

 レミとスゥは現在地を突き止めようとマップとにらめっこをし始めた様だが、目印も何もないのだから現在地を探し出すのは困難だろう。


「……静かだな」


 そう言って、木幕は周囲を見渡した。

 この辺りはまだ木が生い茂っているのだが、草や葉が少ない気がした。

 木の皮が食べられているところを見るに、動物がこの辺で食事をしに来たのだろう。

 鹿か何かだろうか。


 それにしても虫すら居ないというのは驚きだ。

 小さいだけで見落としているだけかもしれないが……。


 なんにせよ、この山は枯れている。

 気配も何もないのだ。

 こんな寂しい山は久しぶりに見た気がする。

 村から見ただけでも違和感を感じたほどなのだから、この山のほとんどは痩せ切っているのだろう。


 よくもまぁこんなことができるものだと、木幕は村の者たちを思い出す。

 彼らがこの山を手入れしていないが為に起こったことだ。

 商人たちの休息所としての役割を担い始めて、山の手入れが疎かになってしまったのだろう。

 今はまだいいかもしれないが、この先十年、二十年後になってから彼らは大きな障害にぶち当たることになる。

 未だ自然災害が起きていないのが不思議なくらいだ。


 山を手入れするということは、天災を防ぐことに繋がる。

 彼らは山に守られて今の生活が成り立っているということに気が付くべきだ。

 一度痛い目を見ないと分からないのかもしれないが。


「……そういえば、若と山菜を取りに行った時、小さなものまで取って来てえらいすごい怒られたな……」


 木幕が幼少の頃、一人の次期城主となるお方の付き人になっていた時があった。

 歳も近かったが性格は真反対。

 落ち着いている木幕に対し、やんちゃなのが若だった。

 無論、若の方が二つほど年上ではあるのだが。


「っ?」

「師匠、若って誰ですか?」

「ん? いや何、某の主だったお方だ」

「えーっと……ってことは師匠は元お城の関係者!? 結構お偉いさんなんですか!?」

「そうだ。剣の師には見放されたが、若は変わらず某を側に置いてくださったな」


 彼にはどれだけの恩があるのか、数え切る事はできないだろう。

 共にやんちゃをした時に守ってくださったのも若だったし、失敗を許してくださったのも若だった。

 今はどうしているだろうかと考える。

 自分がいなくなって気が滅入っていなければよいのだが。


「えー、もっとその人の話教えてください」

「ふむ? では敵に攻められ某ら家族が……」

「やっぱいいですストップストップ」


 さすがに興味本位でそんな話は聞きたくないと、レミは両手を前に出して止めさせた。

 だがそれが木幕の思惑だったのか、彼は満足そうにして頷く。

 どうやらあまり話したい事ではないらしい。


「まぁそれはいいとして……。もっと根本的な解決策ないんですか? この状況を切り抜けるような」

「あれば某も行動している」

「それもそうですね~……」


 完全にやることがなくなった三人。

 レミは地図を持ったまま仰向けに倒れ、大きなため息をついた。

 空はこんなにも綺麗なのに、なんで遭難しているのだろうか……。


「っ!」

「……ん? どうしたのスゥちゃん」


 何かに気が付いたスゥが、立ち上がって小太刀を抜刀する。

 更には獣ノ尾太刀の出現までさせた。


 スゥの索敵は信用できる。

 二人も立ち上がって周囲の警戒をしはじめた。

 だが気配も何も感じない。


「スゥちゃん、どうしたの?」

「っ!」

「向こうか」


 数は小太刀で一つの方向を指した。

 そちらを見ても低木の草木しかないのだが……そこが動いているということに気が付く。

 警戒心を強めてみていると、黒い獣が姿を現した。


「あ……うっそ」

「っ!」

「熊か」

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