9.4.レミとスゥの共闘


 目の前にのそのそと歩いてきているのは熊だ。

 その体は大きく、明らかにこちらを獲物と認識している。

 この世界には魔物以外にこういった普通の動物も生息していた。

 だがここまで敵意を剥き出しにしてくる動物は今回が初めてだ。


 ……周囲の状況から見て取るに、食べ物がまったくないのだろう。

 だからこうして人間の味を覚えてしまった。

 向こうも逃げる気はなさそうだし、こうなったら対峙するしかない。


「ではレミとスゥ。二人でやってみせろ」

「了解!」

「っ!」


 レミは魔法袋から赤い薙刀を取り出す。

 軽く二度振って基本姿勢を取った。

 スゥは相変わらず小太刀で挑むようだ。

 確かにこの辺りは木々が多く、大太刀を振るうのには適していないだろう。

 いい判断だ。


 しかし二人とも嫌がる素振りなどせずに立ち向かった。

 さすがにレミはもう魔物や大きな動物には怯まないとは考えていたが、スゥも怯まないことには驚いた。


「よぅし、行くよスゥちゃん! 今日のご飯!」

「っ!」

「……」


 理由はどうあれ、二人は一斉に駆けだした。

 元より機動力の高いスゥは少し遠回りをしてレミの後に攻撃を仕掛けるようだ。

 熊の横腹を正面に捉えるまで斜め横へと走っていく。


 レミは一直線に突っ込んだ。

 薙刀を脇構えにし、柄を優しく支えたまま熊へと接近する。


 二人の敵対を感じ取った熊はすぐに咆哮を上げて、直進してきたレミに向かって駆けて行く。

 食べ物がなくて痩せてはいるだろうが、その体躯から振り下ろされる攻撃は相当なものだろう。

 一撃でも当たってしまえば致命傷になりかねない。

 とはいえ人の力でその攻撃を受け止めるのは不可能だ。

 なので行動は自ずと決まってくる。


「ガルァア!!」

「ほいっ!」


 横から振り上げられた腕を飛んで回避する。

 脇に構えていた薙刀を持ち上げ、地面に着地すると同時に熊の肩に斬撃を繰り出した。

 攻撃は見事に当たって鮮血が噴き出す。


 だがさすが熊。

 タフなのでちょっとやそっとの攻撃で怯むことなどはしない。

 すぐにレミに飛び掛かって食らいつこうとしたが、その瞬間にスゥがレミと熊の間に割って入って駆け抜ける。


 シバッ!!

 スゥが通り過ぎたのを合図にレミは後方へと飛びのき、熊の攻撃を回避した。

 タタタタッと走り回るスゥは、一定の距離を置いてから熊を見据える。


 腹から大量の血が零れ出していた。

 どうやら内臓も外に出てきてしまっているようで、明らかに致命傷となっている。

 スゥは通り抜けた際に熊の腹部を切り裂いたのだ。

 この刃はほとんどのものを何の抵抗もなく切ることができる。

 無論、それは動物の皮であっても同じことだ。


「ガルァルル……」

「よっ!」


 怯んだ瞬間をレミは見逃さない。

 耐えがたい痛覚は動物でも動きを止める。

 飛びのいた瞬間にこの一瞬の動きの停止を予測していたレミは、すぐに地面を蹴って脇構えからの切り上げで熊の顎をかち割った。


 右手は逆手、左では正手持ち。

 右手で刃を押し上げ、左手で石突を引き下ろせば相当な威力の斬撃が繰り出された。


 薙刀を振り抜いたレミは、薙刀を数度振り回して基本姿勢へと戻って残身する。

 スゥも終わったと感じたのだ、ピッと血振るいをしてから腰の鞘へと刃を納刀した。


 ズシンッ……。

 力なく倒れた熊はもう動くことはなさそうだった。


「ふぅー……」

「うむ。良いな」

「へへっ、こんなのにはもう負けませんよ。ローデン要塞で結構修行しましたし」

「それもそうか。しかしスゥ。いい動きをするではないか。獣ノ尾太刀を使わなかった判断もよかったぞ」

「っ!」


 嬉しそうに跳ね回るスゥ。

 それを見て木幕はスゥの頭を撫でてやる。


 先ほどの攻撃は足さばきを重視した葉我流剣術伍の型、枯葉の応用だった。

 下段に構えて熊に向かって走って行き、程良い踏み込みで腕に力を乗せて切り裂く。

 教えてことはすべて使えている様だ。


「さ! 血抜きと解体、やりましょうか!」

「この辺りに池はあるか……?」

「さっき見つけましたよ。あっち側です」

「移動するのは少し怖いが、まぁ山から出ようとしなければ問題はないかもしれんな」


 そういった結論に辿り着き、レミは一度魔法袋に熊を仕舞って池の方まで歩いていった。

 二人もそれに続き、池で血抜きをすることにする。

 まずは内臓を取り出さなければならないのだが、それはもう慣れたものだ。

 木幕とレミでそれを行い、スゥには生い茂っている木や草を除去してもらっている。


 池がなければ吊り下げるだけでもいいのだが、あるのであれば使った方が良いだろう。

 解体をしながら、木幕は思い出したかのようにレミに話しかける。


「そういえばレミよ。お主、奇術を切り裂けるようになったと言っていたな」

「一回しかやったことないので確証は持てないんですけどね……。でも確かに切れました……よっと……」

「そうか。だができるのであればそれは大きな武器になる」

「ですね……。あ、もしかしたらスゥちゃんもできるかもしれませんよ」

「そんなことも言っていたな」


 レミとスゥの持っている武器は、クオーラ鉱石を使用して作った武器だ。

 高価すぎる鉱石を使った武器など、恐らくこの二振りしかこの世界には存在しないだろう。

 機会がなかったので試すことはできていないが、スゥの武器もその可能性を秘めている。


 まぁなんにせよ、この話は他の人には話してはいけないだろう。

 話したところで実際に作れるかどうかと言われると謎だが。


「よし、あとは血抜きだ」

「内臓はその辺に埋めておきますね」

「うむ。良い肥しとなるだろう」


 とりあえず今日の食料は調達できた。

 血抜きと解体が終わるまで離れるわけにもいかないので、今日はこの辺りで野宿をすることになるだろう。

 なんだか面倒な山に来てしまったなと、体を伸ばして嘆息した木幕だった。

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