8.32.交渉
「どうして、どうしてリードがここに……」
「俺が攫ったからだ」
捕らえて来た青年の名前はリードというらしい。
勇者の発言によって彼が親族であるということは証明された。
それに少しだけ安心する。
仮に親族でなくても、正義感の強い勇者であれば交渉材料にはなるだろう。
勇者であるルドリックは、自身の弟がここに居るという事実に目を見開いて驚いている。
それもそうだろう。
なんせ昨晩の夜までは家に居たのだ。
次の日にこうして人質になっているなど、誰が想像できただろうか。
ルドリックの状況は最悪極まりない。
自分より強い殺人鬼が一人と、その弟子が一人……。
更に魔法を切り裂くことができる得体の知れない女がいるのだ。
加えて剣もないと来た。
剣がなければ魔法も使えないし……そもそもまともに戦えないだろう。
「さぁ、状況判断はできたかぁ?」
「……くっ」
「……思ったんですけど、辻間さんって」
「んあ?」
「槙田さんみたいな喋り方しますよねぇ」
この語尾をちょっと伸ばす感じがなんとも似ている。
槙田の場合はもっと不気味に喋るのだが……彼からもその気を少し感じるのだ。
まぁこんなことを言ったとしても首を傾げられて終わりだとは思うのだが。
「は?」
だが、彼の反応は予想とは少し違った。
「槙田の兄貴か?」
「……えっ?」
辻間は何か言いたそうにしていたが、今は交渉を優先することにしたらしい。
何度か頭を振るって目の前の勇者に集中する。
「まぁ今はいい……。さぁ勇者よ。少し交渉をしようじゃないか……」
「……」
「なぁに、そんな難しいことじゃない。お前が言うことを聞いてくれるのであれば、こいつは元の場所に帰してやろう」
そう言って、辻間はリードを親指で指す。
言ったことは守るつもりなので。ここでいうことを聞いてくれるのであればこれから手を出すことはしないし、縛っているリードにも手荒な真似をするつもりはない。
ルドリックは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、忌々し気に辻間を睨む。
まぁ当然だろう。
「何が……望みだ……」
「聞き分けのいい奴は好きだねぇ。まぁ俺たちの要求はただ一つ」
顔の前で人差し指をたて、それをルドリックに向ける。
「お前が俺たちを倒したという事にして欲しい」
「……は?」
「要するに俺たち三人のことを殺したと言いふらしてくれればいいんだよ」
「……お前らを見逃せというのか?」
「簡単に言えばそうなるな。まぁそれが無理だと言うのならばこいつは殺すし、お前も殺すしかない」
辻間の言葉を聞いて、ミュラがナイフをリードの首に当てる。
完全に手馴れてるよなと思いながら、レミは少し距離を取った。
もう遅いかもしれないが、できるだけ関わりたくはない。
今回は口を出さないようにする。
「さぁ、どうする?」
「何百人も殺しを行った奴を……見逃さなければならないのか……!」
「あー、俺が死んだことになれば、もうここでの殺しはしねぇ。ていうか襲ってくるから殺してるだけだ。あ、でもさっきは俺が進んで破壊したな。だが、お前がこの条件を飲めばもう何もしないさ」
「ぐぬ……」
頷きたくはない提案だろう。
それはそうだ。
人質がいるとは言え、この提案は彼らを逃がすことに他ならない。
自分がこの提案を飲み込み、地上へ帰れば彼ら三人は居なくなったものとされるだろう。
それを狙っているのだ。
とは言え今この要求を飲まなければ、自分も死ぬしリードも死ぬ。
加えてマークディナ王国は未だにこの殺人鬼の脅威に恐れ続けることになる。
「……わ、分かった……」
「いいねぇ。じゃ、これ持ってけ」
辻間は懐から取り出した鎖を投げ渡す。
何とか受け取ったルドリックは鎖と辻間を交互に見た。
これが何だというのだろうか。
「それ証拠に持っていけ。あの状況から生き返った者の言葉を信じねぇ馬鹿はいねぇだろ」
「……リードは……」
「こいつか? 安心しろ。ほとぼりが冷めたら返してやる。だが」
そこで、辻間は自分の持つ鎌をリードに見せつけながら睨む。
「お前が俺たち三人のことを口にした瞬間、俺はお前を殺しに行く。勇者、お前もだ」
噂とは、恐ろしい速度で広まるものだ。
どちらかが自分たち三人が生きていると口にすれば、勇者はほら吹きとなり、すぐにでも手配書がまた配られることだろう。
身を隠すつもりの辻間ではあるが、一度でもこの話を聞いた瞬間この二人を殺しに行くつもりだ。
自分は約束を守る。
だが向こうが守らなかった場合はそれ相応の報復を。
辻間の流儀の一つだ。
彼の言葉に二人は顔を青ざめさせた。
どちらかが約束を違えれば、二人には死が待っている。
だがそれは辻間が望むところではない。
面倒だからだ。
二人が頷いたところを見たあとで、辻間は武器を仕舞った。
「んじゃ、お前は帰れ」
「……帰り道はどっちだ」
「あっち」
親指で出口を指す。
ぐっと唇を噛んで、忌々し気に辻間を睨んだあと、素直に出口へと歩いていく。
それを見届けた後、残った三人は大きなため息をついた。
完全に勝てる状況であったとはいえ、こういう交渉は誰も得意とはしていないのだ。
何とか成功して、力が抜ける。
「終わったぁ~……。師匠、あとは?」
「しばらく待ってここから退散。後はこのガキを返すだけだな」
「こんな悪役を演じる羽目になるとは……」
とんだ貧乏くじを引いたものだと嘆息する。
もう二度とこんなことはしたくない。
早く帰って休みたいところだ。
「はぁ~……。じゃ、行きますか?」
「はえぇよ」
「ミーも行きたいなぁ~。もうここ飽きたぁ」
「にしたってもう少し待て……。せめて勇者が宣言するまではな」
「早く帰りたぁーい」
「どの道こいつの処理も残ってんだよ。一番良いのは今日の夜だ夜」
「えぇー!」
これは、もう少しだけ孤児院に行くのは時間が掛かりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます