8.27.報告


 一番大きな建物に向かって歩いていく。

 障害物をすべて通り抜けることができるので、到着に時間はそうかからなかった。


 しかし大きすぎるこの城は、何処が入り口なのか分からない。

 城主が居るのは何処だろうと考えながら、西行は塀を歩いて城を見る。


 元の世界では天守閣とは違う御殿に居ることが普通なのだが、ここにそういったものはない。

 なのでこの大きな城の中にいるということは分かる。

 この城すべてが居住区になっているというのは、彼にとっては驚きでしかなかった。


「さて、下か、上か……」


 城主の寝間。

 城下より高い位置に座しているのが普通なので、この世界の城主も城の中の上層部にいるのは間違いないだろう。

 そう考えた西行は、すぐに影沼に沈んで中へと移動する。


 内部は夜なので薄暗い。

 しかし夜目に慣れた西行は暗い空間であっても周囲の状況を正確に確認することができていた。

 あとは気配を辿って城主のいる場所へと進むだけ。


 手を組んで印を作り、目を閉じて集中する。

 これは彼なりの索敵方法だ。

 一つの決まった動きをする事で、その集中力を呼び出す原動力となる。

 そのまましばらく動かず、気配のみを辿って周囲の状況を把握した。


「……勝手が違うから分からないな」


 印を解き、そう呟く。

 この世界では家の作りから人の気配すべてが違う。

 なので人がいるということは分かったが、残念ながら何処に城主が居るのかは分からなかった。

 地道に探すわけにもいかないし、さてどうしようかと考える。


 だが近づけば気配でなんとなくわかる。

 なのでこの辺りに城主はいないようだ。

 一度でも姿を見る機会があればよかったのだが、簡単に王族と会えることなどできるはずもい。


 とりあえず一度外へ出る。

 とんがり屋根に足を付けた西行は、上から簡単な目星を付けることにした。


 この世界の裕福層は、非常に豪華な着物や建物を有している。

 もし居るとするのであれば、この城の一番良い場所……。

 攻めにくく、逃げやすく、すぐにでも増援を呼べるような場所。


「あそこかな?」


 西行は一つの部屋に目を付ける。

 そこは見晴らしがよく、そして気配が多かった。

 よく見てみれば、その付近の廊下には様々な彫刻や装飾が施されている。

 まさしく豪華なものに囲まれていたのだ。


 この辺りに居るだろう。

 そう思って、西行はまた影沼に沈んで移動した。


 影沼から顔だけを出して確認してみると、そこは何処かの一室だった。

 随分と豪勢なものが置かれており、服も今まで見てきた庶民のものとは違う。

 大きなベッドが鎮座しており、そこには一人の男性が眠っていた。


 人の上に立つ人物というのは、それなりの貫禄がある。

 眠っている人物もそれは有しているようだった。


「この人っぽいね」


 意外と何とかなるものだ。

 すぐに男性を起こそうと、声を掛ける。

 だが、今回は自分の姿を見せることはしない。


「もし、もし」

「……ぬ……」

「もし」

「っ? ……!?」


 どうやら眠りは浅かったらしい。

 がばっと上体を起こした男性は、起きたばかりだというのに目をかっぴらいて周囲を警戒する。

 随分と老齢な男性だ。

 少し無理をさせてしまったかもしれない。


「どうも、こんばんは」

「……何者じゃ……? 何処におる」

「おや? 普通はそんなことより兵士を呼ぶのですけどね……」

「暗殺者であれば儂を起こさずに殺すだろう」

「確かにそうですね」


 寝起きだというのに良く頭の回る爺さんだ。

 自分が彼を殺しに来た暗殺者ではないと一瞬で見抜いた。

 さすが、ここまでこの国を発展させるだけの人物だ。


 ほとんど確定はしているのだが、やはり確認だけはしておきたい。

 彼はここの城主なのだろうか?


「貴方がここの城主で合っていますか?」

「……国王だが」

「では当たりですね」

「目的は何だ、侵入者。会話のできる暗殺者など聞いたこともない」

「僕としてはもう少し危機感持っていただけた方がやりやすいんですけど……」


 本気で殺しに来ている場合であれば、彼はすでに死んでいる。

 そんな危険性があるのにも関わらず、良く冷静に分析をしてここまで普通に話せるものだと感心した。

 だがどんな状況でも会話的優位を取ろうとする彼の話し方には好感が持てる。


 西行は隠れたまま、話を続ける。

 今回ここに訪れた目的を話すために。


「では……、貴方は孤児院について知っておられますか?」

「孤児院……? 孤高軍なる輩が、孤児院やスラムの者たちを救済しているとは聞いたが……」

「それについてどう思われます?」

「……事実、助かっている。儂の実力不足で貧困層を生み出してしまった。それを改善しようにも、なかなか手が出せなかったのが現状だ。彼らの活動には感謝しかない……が、何故お前がそのようなことを……? 何が目的なのだ」

「僕はただ、今の現状を知って欲しいだけなのです」


 国王はその言葉に首を傾げる。

 彼らの活動は本当に助かっており、何か問題があるようには思えない。

 だが西行が伝えたいのは孤高軍に関する話ではないのだ。


「孤児院に振り込まれる金が横領されていること、ご存知ですか?」

「……にわかには信じられん。ましてお前のような侵入者の話など……」

「孤高軍は確かに多くの金銭を所持しておりました。そのおかげでスラムの者や孤児院の者たちを助け、今では数名が冒険者で働いて金を稼いでいます。動くことが得意でない者たちは手に職をつけようと方々を回って努力しようとしています。ですが孤高軍の持ってきた資金は既に無く、今は働き口を見つけた者たちで何とか食いつないでいるのが現状です。なので、どうしても支援は必要になります」

「……」

「毎月振り込まれるはずの金貨十枚に対し、実際に振り込まれているのは金貨二枚分の銀貨。今朝、ガーナ・リオットの騎士が孤児院を訪れましたね。嘘の申告をして金を貰おうとしているのではないか、と言われましたよ」


 とりあえず、西行は言いたいことを言った。

 一つの孤児院のために、この男が動くかどうかは分からない。

 加えて証拠も何もないのだ。

 信じるか信じないかも、彼次第である。


 本当であればもっとうまく立ち回れたと思う。

 しかし、何故か急いてしまった。

 最近はから回ってばかりだなと心の中で呟く。


「では、僕はこれで」

「……お前の名前は?」

「暗殺者が名乗るとでも?」

「それもそうか。では最後に一つ聞かせて欲しい」

「なんでしょうか」

「何故一つの孤児院のために、ここまでの危険を冒したのだ」

「さて、なんででしょうね」


 一つ咳き込みをして、西行はこの場を後にした。

 見られてはいないので、彼を殺す必要はない。

 やることはやったと、足早にこの城から退散する。


 静かになった寝室で、国王は顎に手を添えていた。

 これが事実であれば、何とか対処しなければならない。

 それに孤高軍には個人的な恩があるのだ。

 自分の不甲斐なさで作ってしまった貧困層の救済。

 これによってもっとこの国は発展することになるはずである。


 だが横領によってそれを邪魔してしまっている。

 まずはこの事実確認が先決だ。


「衛兵!!」


 国王は、大きな声で外にいた兵士を呼んだ。

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