8.26.証拠
闇が歩いている、という表現が一番適切かもしれない。
黒い靄は壁を貫通し、ありとあらゆる場所へと侵入できた。
こんなことができるのであれば、さっさと試しておけばよかったと少しだけ後悔する。
目的地へと辿りついた西行は証拠を集めるべく様々な部屋を探索していた。
だが金は使用されてしまうもの。
物的証拠がある可能性はとても低いように思われた。
だが何とかしてその証拠を、今晩中に見つけたい。
「……ありそうなのは騎士かな」
実際に動いているのは騎士たちだ。
それを制御できていない貴族にも問題はあるが、一番証拠が集まっているのはそこだろう。
だが彼らの宿舎を西行は知らない。
さてどうしようかと悩みながらも、またその辺を通り抜けて捜索を続行する。
クレイン・バッファスの住んでいる屋敷はやはり広い。
彼がどの爵位を持っているのかは知らないが、家だけは他の貴族たちにも劣らない程の大きさだ。
何故こんなに無機質な家ばかりが佇んでいるのか不思議である。
一枚の壁をすり抜けると、書庫らしき場所へと出た。
西行は文字こそ読めるが、そこまで速く読むことはできない。
それに加えてここにある書庫は大きすぎる。
何か目星を付けなければ、目的の物を探し出すことはできないだろう。
だがこんな所に証拠があるのかも微妙なところだ。
「んん……」
やはり当てずっぽうに探しても見つかりはしないだろう。
何処からか情報を集めたいところだが……もう夜なので噂話も聞くことはできない。
手詰まり。
こういうのは後日に回して情報を収集してからくるのがいいだろう。
だが、西行はここで諦めたりはしない。
情報収集が遅くなればその進行も遅くなる。
仕事に出たのであれば、何かしら成果を持ち帰るのが彼の流儀だ。
一度立ち止まって情報を組み直してみる。
エリーとローダンが集めて来た情報と、協力者が集めた情報を合わせればここが本丸で間違いはないだろう。
だがしかし、彼らは運び手の任を放棄して孤児院に入れられる筈の資金の八割を懐に入れている。
それが何に使われたかを調べれなければならない。
これが見つかれば証拠としては十分だろう。
とは言え金は消えるもの。
何か物的証拠がある可能性はやはり低い。
金を運搬していたのは騎士たちだ。
なので彼らが何かしらに使用している可能性は大いにある。
騎士の一人でも脅して話を聞いてみればいいだろうか。
その辺に夜の警備を担当している者はいるので、やろうと思えば簡単に成すことができるだろう。
その場合はその人物を殺さなければならなくなるが。
まぁそれしか今は方法がなさそうだ。
では行こうと一歩歩いたところで、ピンと来たことがある。
「……物的証拠、別にいらなくない……?」
今思ったが、躍起になって証拠を探さなくてもいいのではないだろうか。
というのも、本来孤児院に振り込まれる額は金貨十枚だが、実際に振り込まれているのは金貨二枚……。
それだけで十分ではないだろうか?
孤児院の状況を伝えるだけで何かが変わる気はする。
ただ、その機会がないだけで。
あとはこの国の王次第ではあるのだが、これだけでも十分な気がしてきた。
国王が調べ上げるということになれば、彼らの悪行もすぐに発見されるはずだ。
「……行ってみようかな」
証拠はないので説得力はないかもしれない。
だが国を想う城主なのであれば、一肌脱いでくれると期待して西行は城へと向かった。
そこでふと思う。
どうして自分は今、孤児院のためだけにこんな事をしているのだろうかと。
仲間を切り捨てたり、裏切るなどといった行為は日常であった。
それに不満を言う者も多かったと思うが、忍びである西行は損得勘定にだけ左右されて来たのだ。
彼らの事など知ったことではなかった。
しかし、今はどうだろう。
裏切り、人斬り、暗殺などを繰り返してきた自分が、人々のために動いている。
自分はそんな人間だったのだろうか。
死が間近に迫ってできるだけ徳を積みたいとでも無意識の内に思ってしまったのだろうか?
だが今更徳を積んだとて、極楽浄土へと赴くことは絶対にできないだろう。
妙な感覚だ。
今の自分の行動は忍びとしては愚かな行動だというのに、何故かそれに満足感と使命感を感じていた。
捨てていた感情というのはここまで複雑なものだったのかと、西行は鼻で笑う。
とぷんと影沼に落ちて行ったあと、その場は静寂に包まれた。
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