8.15.勇者


 槙田正次に比べればカスとは言っても、それに対する対処法がある訳ではない。

 しかし、何故か彼には負ける気がしなかった。


 見たところ、あの武器でできるのは火球を操って攻撃をするくらいのものだろう。

 炎の大きさは人と同じくらいだ。

 それが一つ……。

 一つかよとレミは心の中で呟いた。


「で、どうすんだこれ」

「んー……なんか信じてくれそうにないですしねぇ……」

「なんだなんだぁ? 勇者ってのは野蛮人しかいねぇのかぁ?」

「そんな事は……んー……。まぁ逃げても戦ってもいい方向にはいかないことは確かですね」

「んじゃどうすんだよ」


 そう言われても困る。

 逃げれば顔がバレて犯人だと言われてしまうだろうし、戦ったら犯人だと認めているようなものだ。

 仮に騎士団の所や衛兵に突き出されても、いい結果は訪れないだろう。

 荷物検査をした段階で、辻今が鎖鎌という武器を持っていたらそれで終わりなのだ。

 それにミュラは鎖を持っていると言っていた。


 どう転んでも本当にいい方向にはいかない。

 そのことを説明すると、辻間は笑って腰に差している短剣を二本取り出した。


「じゃあ……口封じをすればいいんだなぁ?」

「え、いやそう言う意味じゃ──」

「行くぞミー!」

「あいあい!」


 グッと低姿勢になった辻間が、声をかけてミュラと共に走り出す。

 ミュラは一本のナイフを手に持ち、それを投擲した。

 投げられたナイフは辻間の真隣を通ってルドリックに向かって飛んでいく。


 それを叩き落したルドリックは、隣にあった炎の塊を動かしてミュラへと向かわせる。

 どうやら辻間とは一騎打ちをするようだ。

 ザッと半歩後ろに身を引き、辻間が走ってくるタイミングに合わせてロングソードを握る手に力を入れる。


 それを確認した辻間は小さく笑った。

 足に力を入れて、走る速度を急激に上げる。


「!!?」

「急に速くなって驚いたかぁ?」


 目の前でぴたりと止まった。

 何故そんなことをするのかは分からないが、舐められていると感じたルドリックはすぐにロングソードを大きく振るう。

 横に薙いだその攻撃を跳躍で回避し、足元を刃が通り抜ける瞬間に蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされたロングソードは、切っ先が地面に突き刺さった。


「く!?」

「へっへっへ」


 その後方では、火球が両断されていた。

 力を失ったのか、簡単に消え失せる。


 火球はレミが薙刀で切り裂いた。

 物は試しだと振るってみたのだが、意外とすんなり火球を消し飛ばすことができて驚いている。

 明らかに魔法である攻撃を切り裂くことができたのだ。


「びっくり……」

「わぁー! 凄い凄い! じゃああたしも!」


 一体何をするんだと思って見てみると、ミュラは長い鎖を一本取り出した。

 それに五つの短剣を取り付けて、グルングルンと回してからルドリックへと叩きつける。

 辻間はその攻撃を察知して、横に飛んで回避した。


 既に目の前まで迫ってきている短剣付きの鎖を回避することはできず、重量のある攻撃が鎧に傷をつける。

 その衝撃も凄まじく、短剣の柄やそれ自体の重さが衝撃を加算し、刃は顔や腕に傷をつけた。


 当たった瞬間にグンッと鎖を引っ張り、ルドリックを撫でるようにして鎖を引き戻す。

 それにより二本の短剣が首に当たって更に傷をつけた。

 ミュラが鎖を引き戻すついでに、辻間もその場を飛びのいて距離を取る。


「へへへ、やっぱ狂ってるだけある。やるじゃねぇか」

「でしょー! えへへ~!」

「お前もやるな。奇術を切り裂くとは」

「ま、まぐれだと思います……。なんで斬れたのか分からないので……」

「運も実力の内だ。奇術はお前に任せるぜぇ」


 辻間はもう一度二つの短剣を構える。

 戦った感じ、やはり弱すぎるのだ。

 もう少し楽しもうとは思ったが、相手の実力も分かったので次で仕留めることにする。


 相変わらず短剣付きの鎖を振り回しているミュラは、戦えて楽しそうだ。

 加えてその操り方は非常に上手い。

 手の甲に何度か回して射程距離を変えたり、回転方向を変えたりしている。

 残っている鎖は反対側の腕に回しているようだ。


 傷をつけられはしたものの、そこまで深くはないルドリック。

 流れている血は赤い鎧のせいで目立ってはいないが、短剣でつけられた箇所からは血がずっと流れていた。

 短剣よりも、その重みで喰らった衝撃の方がダメージが多い。

 加えて火球も制された。

 このままではこちらが不利だという状況は変わらないだろう。


「くっ……さすが二ヶ月も兵士を退けているだけあるな……」

「いやいや、だから違いますって」

「……武器は違うがその女……鎖使ったな。もうそれだけでお前を連行するだけの材料になる」

「えいっ」

「ぬぉ!!?」


 容赦なく短剣付きの鎖を叩き込むミュラ。

 それを何とか回避してまた構えを取る。


 この二人はこの人物を殺す気満々なのだろう。

 それに便乗することはできないのだが……このままでは自分も犯罪者になってしまう。

 それだけは何としても避けたい。


 だがどうやってこの状況を回避すればいいのかまったく分からない。

 どうしようと考えている間にも、二人は攻撃と畳みかけて行く。


「スッー……」


 その寸前、ルドリックは懐から何かを取り出した。

 それを咥え、息を思いっきり吹きかける。


 ピィーーーー!!

 ルドリックが取り出したものは、笛だった。


「ゲッ!」

「師匠!」

「逃げるぞ!!」


 バッと踵を返した瞬間、辻間は服の袖から何かをルドリックへと投げつけた。

 それは顔面に当たり、鼻血を噴き出したルドリックはそのまま昏倒する。


 飛ばしたものを引いて手の中に納めた辻間は、動いていないレミの腕を引っ張って駆けだす。


「え!? ちょっ!?」

「お前もこのままじゃ同罪だ! 逃げるぞ!」

「えっへへ~なっかまぁ~!」

「うそでしょ!?」


 否定したいが、確かに今の状況では弁明のしようがない気がする。

 とりあえず薙刀を魔法袋の中に仕舞った。


「最悪なんですけど!」

「旅は道連れ世は情け、つってな! へっへっへっへ」

「えっへへー!」

「ああ、もう! これどうするのよー!!」

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