8.14.顔バレ


 人の往来が激しい大通り。

 その間を縫ってレミと辻間は孤児院を目指しているのだが、ミュラは人とよく肩がぶつかっており、二人とは少しだけ距離が開き始めている。


「ま、待ってぇ~!」

「ああん?」

「ありゃりゃ……」


 情けない声を聴いて後ろを振り返ってみれば、人混みの中で一本の腕が伸びていた。

 いつの間にか置いて行ってしまっていたらしい。

 立ち止まってミュラが来るのを待つことにしようとしたレミだったが、辻間は指で「行け」というジェスチャーをする。


 それを両手で軽く制す。

 どうせ見つかってしまうのだから、ここで突き放しても意味はないだろう。


 それに舌を打った辻間は、苛立たし気にミュラを睨む。

 だがそれは人混みに遮られてミュラに届くことはなかった。


「まぁまぁ、いいじゃないですか」

「あんなのに付きまとわれる身にもなれや……」

「同情はします」

「じゃあ俺の気持ちを汲めよ」

「ですが敵ですので~」

「あー、そう言えばそうだったわ……。んじゃ嫌がらせかぁ?」

「そうですね!」

「言うじゃねぇか……」


 そう話している間に、ミュラは駆け足でこちらに走ってきた。

 軽く汗を拭って満足げに礼を言う。


「ありがとうです! でも速いですよぅ~」

「お前が遅いんだよ……」

「え~?」


 詫びる様子のなさそうなミュラは、いつも通りと言った様子で笑っている。

 それが何だか不気味だ。


 とりあえず合流もしたので、今度は三人で歩幅を合わせて歩いていくことにした。

 とは言ってもミュラは人混みの中を避けられるほどの体捌きを持っていないので、常に辻間の服を掴んで引っ張ってもらっている。

 迷子にならないのであればいいかとレミは思ったが、辻間は非常に不満気だ。

 それがなんだか可笑しくて少しにやけてしまう。

 顔は見られていないので、彼に何か言われることはない。


 しばらくその調子で歩いていくと、ようやく人が少なくなってきた。

 だんだんとスラム街に近づいている証拠だろう。

 とは言っても孤児院まではもう少しだけかかりそうだ。


 人がいなくなっても、ミュラは常に辻間の服を掴み続けていた。

 それに顔をしかめて、辻間は彼女の手を払う。


「もういいだろう」

「え~」

「えーじゃねぇよ。ったく子どもか貴様は……」


 若干不服そうにしていたが、言うことは聞く。

 そんなミュラはやはりどこか子供じみていると思う。


 何処か欠けていると言うか……おかしい人だ。

 人として持っている普通の考えが欠落している。

 個性と言えばそれまでなのかもしれないが、それでも異常を規している事には変わりがない。

 どう育てばこのような思考回路が生まれるのか、レミには見当もつかなかった。


 しばらくその場で立ち止まっていると、人通りが少なくなった場所で一人の男性がこちらを見ているということにレミは気が付く。

 それは辻間も気が付いていた様で、目つきの悪い目でその人物を睨み返す。

 だがそれに怯むことなく、男性はこちらに向かって歩いてきた。


「……誰だ?」

「知り合いじゃないんですか?」

「知る訳ねぇだろあんな奴。お前は?」

「ミーも知らなーい」


 どうやらここに居る三人は、あの男性のことについてはまったく知らないようだ。

 であれば誰なのだろうか。

 明らかにこちらを見ているし、心なしか敵意も感じられる。

 少し身構え、いつでも動ける体勢を作っておくことにした。


 男性は、若干の距離を保って立ち止まる。

 彼は赤い鎧を身に纏っており、その装備はとても高級そうだ。

 何処かで見たことのある様な素材だが……忘れてしまった。


 腰には長いロングソードが携えられており、大きな鞘にも赤い素材が使われている。

 固そうな髪の毛は何かで整えているのではないだろうかという程に逆立っていた。

 屈強そうな肉体、そして近づいてきたことにより強い殺意に満ち溢れているということが理解できた。

 レミは元から身構えていたが、ミュラもそれに気が付いてようやく武器に手を伸ばす。

 しかし、辻間は「なんだこいつ」と言った表情を崩さずに棒立ちしていた。


 三人の姿をじろりと見た男性は、ようやく口を開く。


「……お前、その武器は何だ?」

「え?」


 彼はレミの武器を指さした。

 そこで、レミと辻間はしまったと心の中で呟く。


「見たことのない武器だ。それに、問題になり続けている殺人鬼の武器は変わった物と言うじゃないか。噂されている武器の形こそ違うが、それも珍しすぎる武器だ」


 男性は睨みを利かせながらそう言った。

 確かに彼の言う通り、殺人鬼は変わった武器を使うと言われている。

 それがまさか自分に向くことになるとは思わなかったが、確かに薙刀という武器はこの世界にはない物だ。

 疑われてしまうのも仕方がない。


 そしてこの状況は……今ここに居る三人が殺人鬼の仲間として疑われているのだろう。

 弁明が届くかどうかは分からないが、とりあえず自分ではないと否定してみた。


「た、確かにこの武器は変わった物ですけど、私は殺人鬼じゃないですよ?」

「では隣の二人は? そんなにナイフを付けてどうするつもりなんだ」

「えー? 護身用?」

「お前にしてはまともな答えだ。俺も似たようなものだが……まずお前は誰だ?」


 辻間にそう言われて、フンッと鼻を鳴らす。


「俺はマークディナ王国の勇者、ルドリック・シャーマグだ」

「勇者ってなんだ……?」

「え、辻間さん知らないんですか? あれですよ、この国の中で一番強い人……って思ってくれたらいいです」

「本当にか? 雑魚じゃん……お前の方が強いぞ」

「うっそ」


 急に褒められて少しだけ照れる。

 辻間は本心でそう思っていたのだが、レミは軽い冗談だと思っていた。

 とは言え、褒められるのは嬉しい。

 頭を掻いて照れ臭そうな仕草をした。


 だが雑魚呼ばわりされた勇者、ルドリックはカチンと来たようで剣の鞘に手を添える。


「勇者を知らない、加えて知らない武器……やはりお前らは怪しい……」

「デースヨネー」

「諦めんなよレミちゃん……」


 ルドリックは、剣を抜く。

 そこからは炎が噴き出して周囲を赤く染め上げた。

 ここに来て初めて見る、普通のマジックウエポン。

 どうやら彼の剣は炎を操る物の様で、一つの炎の塊を周囲に漂わせていた。


 初めて見るその光景に、辻間とミュラは目を見張る。

 咄嗟に構えて戦闘態勢を取るが、約一名だけはまったく期待外れだと言わんばかりの表情をして肩を落とした。


「ほ、本当に雑魚じゃん……」

「お前本気で言ってんのか? ありゃ奇術使いだぞ?」

「いや、なんて言うか……。あれより凄いの見たことがあるので……」


 レミが思っていることを簡潔に述べるとするのであれば……。

 槙田正次に比べればカス。

 である。

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