8.9.歓迎


 しばらく痛みに耐えていた彼女だったが、動けるようになるまで回復するとすぐに戦闘態勢を取ってこちらに刃を向ける。

 その武器は短刀だ。

 だが腰に様々なものをぶら下げているところを見るに、武器はそれだけではないだろう。

 それらの対処をするのは骨が折れそうだが……。


 負ける気はしない。

 相手が構えたのでこちらも葉隠丸に手を置いていつでも抜刀できる準備を整えた。


 だが自分たちは戦いをしに来たのではない。

 というかそもそも、この女性は一体何を目的に自分たちを排除しようとしているのかが分からなかった。


「おい……」

「見られてしまってはもう殺すしかありませんね……!」

「……話が通じそうにないな。お前はこの世界の者だな。では、お主に技を教えた者の居場所を教えてもらいたい」

「誰が喋るか!」

「忍びとは、そもそも口を閉ざしながら攻めてくるものだぞ?」

「!? 忍びを知ってる……?」


 一気にこちらに向けられていた殺意が掻き消えて行く。

 彼女はすぐに魔法袋から外套を取り出して着込む。

 その後武器を仕舞って、距離を保ったまま声をかけてきた。


「お前たちの目的は何だ」

「うぅむ、なんと説明したらよいか……。ああ、その前に、孤高軍というのは知っているか?」

「ん!? ローダンの仲間か?」

「……誰だそれは……。い、いや待て、もしや孤高軍と名乗る者と面識があるのか?」

「そうだが……ってもしや! お前が木幕か!」

「あ、ああ。そうだが……」


 それを聞いて、今度は警戒を解いた。

 すると彼女はすぐにこちらに駆け寄ってきた肩を掴む。


「なんだなんだ! だったら早くそう言ってくれればいいものを!」

「……?」


 態度の変わりように若干狼狽する木幕。

 というか、彼女の口ぶりから察するに、ここにも孤高軍が来て慈善活動をしているらしい。

 となれば既にやろうとしていたことは、彼らがやってくれているのだろう。

 それはそれでありがたい話だが、やはり少し腑に落ちない。

 まぁそれで子供たちが助かっているのであれば言うことはないのだが。


 ところで彼女はいったい何者なのだろうか。

 くノ一らしい服を纏い、忍びの事を知っていた。

 彼女から聞きだせる話は多くあるように思える。


「で、お主は?」

「ああ、申し遅れた! 私はエリー。ここの孤児院出身で、今は孤高軍という者たちと一緒に力を付けているところだ! ちなみに、もうここには誰もいないぞ。全員移動したからな」

「左様か……。まぁよいか」

「聞くところによれば、木幕が孤高軍の総指揮官というじゃないか! 孤高軍の者たちはまた顔すら見ていない謎のお方だと言っていたぞ?」

「……参ったな……」


 そこまで大層なものではないのだが……。

 少しだけライアの顔を思い出して一発ぶん殴りたくなった。

 今度会ったら稽古と称して殴り飛ばしてやろう。


 さて、エリーの話から察するに、もう新しい家を購入して様々な準備を整えている段階だろう。

 まだ一度もあったことない孤高軍の面々。

 この際だから一度挨拶でもしておいた方が良いだろう。


 エリーに新しい家の案内を頼むと、是非是非と言った風に喜んで案内をしてくれた。

 スゥもそれについて行く。


「今はどういう状況なのだ?」

「孤高軍のことか? ここに来たのが三ヵ月前だったかな。ローダンっていう奴が孤児院を訪ねてきて、支援をしてくれるっていう話になったんだ。きな臭いなーって思ってたけど、それ相応の資金と、これからの計画を話してくれて、これだったらまともな生活を子供たちにさせてあげれるってなって、今ではみんなが協力してるよ。まぁ彼の計画を聞く前にそう言った話は考えてはいたんだけど、何せまともな資金がなかったからね」


 三ヵ月前となると、ライアがライルマイン要塞に来ていた時と似たような時期だ。

 恐らくその時からすでに計画は開始されていたのだろう。

 大した奴らだと感心するしかない。

 これであれば、これから行く場所すべてが彼らの活動場所になっているだろう。

 もう自分が手を出すようなことはなさそうだ。


 であれば持っている資金を少しばかり預けてやろう。

 それくらいしかできることがないのだから。


「エリーと言ったな。お主は誰に忍びを教わった?」

「それは言えない。これは師匠との約束なんだ」

「左様か。では自分で聞くとしようか」


 恐らく、今から向かうところにその人物もいるだろう。

 居なくても何処かで巡り合えるはずだ。

 彼が自分と目的を同じとしているのであれば、だが。


 それからしばらく歩いていたのだが、スラム街に住まう人々の姿はほとんど見えなかった。

 もうそこまで彼らを兵として仲間に迎え入れているのだろうか?

 すると、遠くの方からいい匂いが漂ってきた。


「お、炊き出しやってるのか~」

「……なるほどな」


 どうやら炊き出しをやって、人を集めているらしい。

 となると一気に増えても問題ないだけの資金が既に準備されているのだろう。

 それを稼ぐだけの方法も。


 三ヵ月だけとは言え、孤児院にいた者はスラムで放浪していた者たちよりも体のつくりは良い。

 なので立派に働ける者はすぐに出来上がったのだという。

 エリーもそのうちの一人だ。

 もっとも彼女は、更に前から師匠と呼んでいる人物にしばかれていたらしいが。


 新しく移った家は、何処かの古い屋敷だった。

 ここは昔の貴族がいた場所らしいが、スラム街となり果ててからは捨てられて放置されていた場所だ。

 その土地の権利をまずは購入し、そしてルーエン王国と同じやり方でここまで育ててきたのだとか。


 屋敷は広い。

 それに比例して、既に元気になって働いている者たちも多く、まだ体の弱いスラムの人々に食事をふるまっていた。

 綺麗な服を着ている者は多い。

 武器もしっかりと装備している者たちもいるようだが、彼らは国の兵士ではなく、孤児院やスラム街から拾われて助けられた冒険者だ。

 誰もがここ出身の者たちである。


 金さえあれば、どんなにボロボロになった場所でも、綺麗になる。

 それに合わせて人々もここまで直るのだ。

 立ち直るチャンスをくれた孤高軍には、誰もが感謝しているだろう。


「ありがたや……」

「あったかいー!」

「はいはい、慌てないでね~。さー、元気になった者は働き口探してやるからねー。でもまずは体を作れ。飯を喰え!」


 とはいえ、まだまだスラムの人間は多い。

 これだけの人数に毎回振舞える食事の数には制限があるだろう。


「賑わっているな」

「ああ! これもローダンのお陰だよ! あいつが来ていなかったらここまで成らなかったよ。そのきっかけを作ってくれたあんたにはもっと感謝してるぞ!」

「某は何もしていない。褒めるなら彼らを褒めるんだな」

「謙遜もいいところだな! はははは!」


 冗談で言ったつもりではないのだが……まぁそう言うことにしておこう。


 しばらく炊き出しの様子を見ていると、誰かが血相を掻いてこちらに走ってきている人物がいた。

 そして、その人物は木幕の肩をガシッと掴む。


「も、木幕様ですか!!?」

「声が……デカいな……」

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