8.8.孤児院


「ついたー!」

「っー!」


 大きく両腕を伸ばして伸びをする二人。

 さすがに二ヶ月もかかると疲れる。

 だがそのおかげで稽古自体は多くできた。

 旅は体力作りにもなるし、稽古の時間も多く取れるので一石二鳥なのだ。


 とはいえ、久しぶりに柔らかいベッドで眠りたい。

 そんな感情を抱いている二人の背中を見ていた木幕は、少しの変化に気が付いた。


 スゥの身長が伸びている。

 子供の成長速度は速いものだなと思う。

 服には余裕がありそうだが、しばらくしたら新しい服を買ってあげた方がよさそうだ。

 まだまだ獣ノ尾太刀を担ぐ程身長は伸びてはいないが、それもあと数年のことだろう。


「レミよ。宿を任せてもいいか?」

「いいですよ。師匠はどちらに?」

「孤児院やスラム街を見てくることにする。そろそろ某も活動せねばな」

「孤高軍っていうのが来てるかもしれないですけどね」

「確かにな」


 別に任せきりにしてもいいのだが、やはり言い出しっぺの自分が何もしていないというのは少し気にかかるところがある。

 結局ルーエン王国以来何も出来ていないのだ。

 若干心苦しいところがある。


 レミたちとはこのまま分かれても良かったのだが、孤児院の場所を把握してから別行動をとることになった。

 そうでなければ合流が困難になるからだ。

 道行く人に話を聞いて、孤児院の場所を把握。

 それから別行動をとって、木幕は孤児院で待機する。

 これであれば合流も簡単にできるし、問題はないだろう。


 スラム街については、孤児院にレミが到着してから行ってみることにする。

 とりあえず今日の日程はこれで決まりだ。


「じゃ、スゥちゃんをよろしくお願いいたします」

「うむ」


 孤児院の場所を聞いた後、レミは一人で宿を探しに行った。

 では予定通り、木幕とスゥは孤児院へと向かうことにする。


「ふむ、確かにあの御者が言っていたように、この辺はあの場所より暑くはないな」

「っ」


 コクリと頷いたスゥは涼し気だ。

 暑さに強いというのはなんだか羨ましい。


 木幕は服をぱたぱたとさせながら空気を送り込む。

 何処か涼しい場所はないのだろうかと思いながら、道を歩いていった。



 ◆



「……ここか」

「っ?」


 木幕は孤児院と教えられてきた場所へとたどり着いた。

 だがそこは、人が住めるようなものではない気がする。


 大きな石造りの家ではあるのだが、屋根がない。

 風化したと言うよりも壊されたといった方がしっくりくる。

 ちなみにこの辺りはスラム街だった。

 なので道中でも痩せ細った人々などがこちらを見て来たことを覚えている。


 この辺りはマークディナ王国の最北だ。

 汚らしい風景が何処までも続いている。

 ここに居るだけで体が悪くなりそうだ。


 やはり大きな国には、こういった場所がある。

 久しぶりに活動ができるなと思いながら、まずはこの孤児院を訪ねてみた。

 人がいるか分からないが……。


「御免! 誰か居らぬか!」


 返って来たのは静寂。

 やはり誰もこんな所にはいないらしい。

 だがそうなると、一体ここに居た人たちは何処へ行ったのだろう。

 

 すると、スゥが動いた。

 目を閉じて前を歩いていく。


「……」


 どうやら周辺の音を聞き分けているらしい。

 周囲の音を拾うようにして、手を耳に当てている。

 一通り調べ終わったスゥは、浮かない顔をして木幕に近寄ってきた。

 そして、一つの草むらを指さした。


「ん? あそこに何かいるのか?」

「っ」


 コクリと頷いたスゥ。

 確かにその草むらに意識を集中させてみれば、誰かがこちらを見ているということが分かった。

 気配を隠すのが上手い。

 それを見つけるスゥもなかなかのものだ。


 軽く頭を撫でてから、木幕はその草むらに声を掛ける。


「おい、出てこい」


 だが、出てこない。

 大方バレてどうしたらいいのか迷っているといったところだろう。

 動揺しているのか、気配が少しずつ濃くなっている。


 さすがにここで奇術を使っても、相手を傷つけるだけだ。

 さてどうしようかと思っていると、スゥがとんと地面に手を突いた。

 ああ、そう言えばスゥも奇術が使えるんだったか。

 そう思って、姿勢を正す。

 あとは何とかしてくれるだろう。


「っ!」

「のわああ!?」


 スゥが力を入れると、潜んでいた者がいた場所の地面が盛り上がる。

 それで体勢を崩した人物が草むらから飛び出て来た。

 急な事で受け身を取ることができず、したたかに背中を打った彼女はしばらく動けそうにない。


「む?」


 そこで、彼女の姿に目が行った。

 長い布を首に巻き、それで口を隠している。

 動きやすく作られたその服は、体にピタリと張り付いていた。

 網目の服には針金が通されており、その上に羽織っている服はどこか見覚えのある物だ。


 腰には様々な道具が結び付けられており、変わった形の武器もある。

 足袋のような履物は、忍びを連想させた。


「……くノ一……?」

「ぐぅぅ……!」

「にしては抜けているな……」


 とりあえず話を聞きたい。

 こんな間昼間からどうしてあんな所に居たのかも気にあるところだ。

 だが今は話を聞けるような状態ではないようなので、痛みが引くまではそのままにしておくことにした。


 女忍び装束……。

 この世界でよく再現できたものだと感心する。

 だがそれにより、もう一つの可能性が木幕の頭の中に出現した。


 殺人鬼と暗殺者。

 これはまさか、この国に二人の同郷の者がいることを指し示しているのではないだろうか。

 殺人鬼がどのような人物かは分からないが、暗殺者というのは忍びのことだろう。

 厄介な戦いになりそうだと、木幕は嘆息した。

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