8.5.死屍累々


 マークディナ王国まで後一日といったところで、木幕たち一行は悍ましい光景を目にしていた。

 御者は吐き気を催して口を押え、レミはその異臭に鼻を摘まんで耐えている。

 さすがにスゥにこのような光景を見せるわけにはいかなかったので、馬車の中で目を閉じてもらっていた。

 木幕はその異臭の発生源に近づいて、良く調べてみる。


 ここは森の中だ。

 あと少し行けば街道に通じる道が出てくるはずである。

 その道中に、数多くの兵士と思われる死体が転がっていた。


 際立つのはその殺害方法だ。

 魔法やら武器やらでの一撃ではないような感じがする。

 そう言うのも、兵士は鎧ごと肉体を切り裂かれていたからだ。


 腕は吹き飛び、頭はなく、全身を鉄の鎧で守っているのにも拘らず、縦に切り裂かれて肉体が泣き別れている。

 それが数十という数でその場に転がっているのだ。

 異様な光景としか見て取ることしかできない。


 鳥や小動物が肉をついばみ、肉体は腐敗して異臭を放つ。

 少し調べてみれば、人為的に装備を引っぺがした後も見て取れる。

 どうやら殺した後に骸漁りを行ったようだ。


 となればこれは人の仕業だろう。

 このような奇術を使える者がいるのか、それとも人を縦に切り裂くだけの武器や力を有している存在なのか……。

 この死体から読み取れることは非常に少ない。

 だが、、周囲から読み取れることはまだあった。


 地面や木々には、刃で切り裂いたであろう斬撃の跡が見て取れる。

 それも一つは二つではない。

 数十、数百という切り傷が地面、木々、草木に刻み込まれていた。


「レミよ」

「は、はい……」

「剣術でここまで周囲に影響をもたらすような武器はないと思う。では奇術で何か思い当たる節はないか?」

「魔法ですね……。はっきり言ってありません。飛ぶ斬撃なども見たことがないですし……」

「御者の者はどうだ」

「知らないねぇ……」


 剣術でも奇術でもない。

 だが人が骸漁りをした痕跡はある。

 これをやった人物が骸漁りをしたかどうかは定かではないが、人であればそれは普通にするだろう。

 とは言え人がこれほどまでの斬撃を繰り出せるとは思えない。

 その威力も恐ろしいものだ。


 となれば、悪魔なのではないだろうかとレミは考えた。

 彼らは人間とは全く違う力を持つ。

 ローデン要塞で津之江が対峙したあの悪魔も、地面を爆発させるといった魔物に近い能力を有していた。

 なので、悪魔だという可能性はないわけではない。


 そうなるとマークディナ王国に悪魔が近づいているという話しが浮上する。

 そうなれば一大事だ。

 あの存在は各国を揺るがす程の脅威対象なのだから。


「……ん?」


 酷い惨状を見ていた御者が、何かに気が付いたようで一つの剣を拾い上げる。

 そこには紋章が刻まれていた。


「こ、こいつは……! マークディナ王国兵の紋章! 今殺人鬼を追ってる奴らだ!」

「……となると、これをやったのはその殺人鬼か?」

「た、多分そうなると思うぞ……」


 人の身でここまでの能力を有するのであれば、二ヶ月もの間兵士から逃げおおせる理由にも納得がいく。

 純粋に強すぎるのだ。

 ここまでの広範囲の連撃を繰り出せる人物。

 なめてかかれば一瞬で細切れにされてしまうことになるだろう。


 しかし……この死体の配列。

 妙にもほどがある。

 特に気になるのが少し離れた場所で並んで死んでいる、魔法使いと思われる兵士たちと弓兵たちだ。

 誰もが並んで死んでいる。

 加えて全員が首を飛ばされていた。


 普通の兵士は逃げ惑いながら殺されたのだろうということが分かるのだが、この二種類の兵士は逃げる間もなく殺されているということが見て取れる。

 こんなにも綺麗に兵士を殺せるものなのだろうか?

 となれば、殺人鬼は中距離の攻撃を得意とした人物なのかもしれない。


 逃げる兵士も、それを使って撃沈させたのであれば、納得がいく。

 だがそれに見合う武器が一切思い当たらない。

 この世界には中距離を得意とする武器があるのだろうか?

 一気に数人の首を飛ばせるような武器が。


 もうこれ以上考えても無駄かと思い、木幕はレミを連れて馬車へと戻った。


「行こう」

「あ、ああ……。こんな所に長居は無用だよな……」


 パシンっと鞭を打ち、馬を歩かせる。

 次第に遠ざかって行く異臭だが、未だに鼻についている気がした。


「……今回の殺人鬼は西形さんよりも手強そうですね」

「そうかもしれないが、あいつは姿が見えなかった。そう考えればまだやりようはあるだろう」

「確かに……」


 見えない敵と戦うのは至極困難であるが、見ることが叶うのであれば後は自分の腕次第だ。

 兵士たちも殺人鬼の姿は見ているだろう。

 であれば、自分も見ることができるはずである。


 まぁ何とかなるだろうと思いながら、木幕は咳き込んだ。

 未だに腐臭の匂いが喉に絡んでいる気がする。

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