第八章 犬猿の中
8.1.百人斬り
鉄の匂いが周囲に漂っている。
地面には赤く濡れた死体が転がっていた。
ゲシッと蹴ってみれば、それはうめき声を上げて仰向けになる。
なんだ生きているのかと、持っていた武器で喉を突き刺し止めを刺した。
恐らく斥候だと思われるその人物は、最後に何か合図を送ったように思える。
こいつはまずったなと、そこに佇む男は嘆息した。
ぼさぼさの長い髪。
それは後ろで結われているが、跳ねまわって獣の尻尾の様にも見える。
七分丈で揃えられた袖は広く口を開けており、そこから見える腕にはクッションのような布が巻き付けられていた。
人相は悪く、笑っても不気味にしか思えない。
そんな彼がいる森の中はとても静かだ。
まるで大きな獣が吠えた後のようである。
恐ろしさに身を震わせて全力で気配を消す弱者共。
それは人も例外ではない。
遠くから感じ取れる殺意の塊が、自分の魂を刈り取らんと歩いてきている。
死の影がだんだんと近づくにつれ、敵の姿が見えるようになってきた。
目視した。
その途端に自分に迫り寄っていた死はかき消され、相手へと死の影が移ることになる。
手に巻き付けていた鎖を伸ばし、分銅をヒュンヒュンと回して戦闘態勢を取る。
もう片方に手に持っている鎌は鋭く、真っ赤に染まっていた。
森。
彼の持つ鎖鎌はこういった狭い空間では扱いにくい。
と思っているのであれば大間違いだ。
鎖術と鎖鎌術はまったくの別物。
部屋の中でも使えるように改良に改良を重ねた技術。
竹林の中でもこれを振り回して戦える自信が男にはあった。
しばらくその状態で待っていると、兵士らしき人物が男を取り囲む。
随分と時間が掛かったものだ。
逃げようと思えば簡単に逃げられた。
だが男は隠れるのは得意だが逃げるのは苦手だ。
故にこうしてただ待っていた。
「動くな! 武器を捨てろ!」
「やなこった。それで俺をどーするつもりだくそ共が」
「貴様の蛮行……万死に値する! 一体何人の人間を殺してきた!」
「さーなー。数えて腹が膨れるなら数えてたわ」
「投降はしないか」
「なんだぁ? とーこーって。俺は馬鹿だからよ、もっと分かり易く言ってくれ」
「全軍! 構えろ!」
兵士たちが武器を構える。
剣を抜刀し、槍の穂先をこちらへと向けた。
弓兵が弓をつがえ、奇術使いが杖を持ち上げる。
「分かり易い。分かってんじゃねぇか」
ギョロリと剥きだした目玉が、奇術兵を見据える。
回していた分銅を横に古い、奇術兵へと奇術をぶつけた。
「
ヒョウ。
横に並んでいた奇術兵の首が飛んでいった。
運よく狙われなかった弓兵が、その鮮血をもろに浴びる。
何が起こったか分からないといった表情のまま、首のなくなった彼らを震えながら見据えた。
ようやく立っていられなくなったのか、首のなくなった兵士たちは崩れ落ちる。
それを見てしまった兵士の士気は一気に降下した。
「あいつらあぶねぇからなぁ」
横に振るった分銅を頭上に回してから思いっきり地面へと叩きつける。
そして勢いをなくしてからまた横でヒュンヒュンと回す。
次はどいつだと目を動かすが、やっぱりあれは危ない。
もう一度ヒョウッと振り回して弓兵の胴体を真っ二つに切り裂いた。
「へっへっへ、見えねぇ刃は怖いかぁ?」
「……! て、撤退だ! この事を報告──」
「させねぇよ」
縦一閃に分銅を振り下ろす。
指揮をしていたリーダーが縦に切り裂かれた。
それが兵士たちを恐怖のどん底へと落とし込む。
誰もが慌てて逃げ始めたのだ。
だがそれを許す程、この男は優しくはない。
売られた喧嘩は買わなきゃ損だ。
美しく花開く赤い花びらは誰でも持っているのだから、ここでそれを開花させてもいいじゃないか。
ニヘラと笑った男は、分銅をさらに勢いよく回して奇術を発動させた。
「逃げるなよぉー! 逃げるんだったら奇術使うぜぇ!! 竜間流鎖鎌奇術、風車!!」
分銅を高速回転させる。
ヒュンヒュンという音が甲高くなり、見えない刃が分銅が回る度に発射されていく。
縦回転なので、体を動かしながらその位置を変えて敵全員を細切れにしていった。
それは周囲にある木々も同様である。
切れ味の良すぎるその攻撃は、大木を切り裂き、鉄を切り裂き、骨すらも断った。
斬っていった人間の数を、久しぶりに数えてみる。
二十、三十、四十、五十五……。
「へへへへ、へはははは! はーっはっはっはっはっは! あはははは!!」
風を切る音、木々が割れる音、鉄が裂ける音、更に人間たちの悲鳴。
どれもが彼を満足させる綺麗な音色だった。
だがそれも終わりを告げる。
次第に何も聞こえなくなり、分銅も回るのを止めた。
最後にもう一度分銅を回し、腕に巻き付けて分銅を手で掴む。
鎌を腰にぶら下げてから、倒れた大木に腰を掛けて空を見た。
「あー、たまんねぇ~なぁ。へへへへ。なぁ、
男は手に持った分銅に話しかける。
冷たくなったその鉄の塊は、何も言わない。
だがそれがいいのだ。
無口な奴の方が、武器は格好がいいのだから。
彼は蛇弧牢の態度に満足して、立ち上がる。
さて骸漁りでもしましょうか、と思って死体を蹴って転がしてみるが……どうやら刻みすぎてしまったらしい。
どれがどれだか分からない。
金がなければどこかの村に入ることもできないので、できれば金は奪っておきたい。
「大体こういう奴はぁ~この辺に~っとあったぁ! へっへっへ、結構持ってんじゃん」
金の入った袋を何度か投げて掴み、それを懐へと潜り込ませる。
他の兵士も同じような場所に金を隠し持っていた。
しめしめと思いながらそれをすべて回収していく。
すると、妙な気配を感じた。
ギロリと睨んでみると、そこには若い女がみすぼらしい格好でこちらを見ていた。
「……ああ、女か……。さっきの奇術の中でよく生きてたなおい」
「あ、あのぉ……」
「なんだぁ? 身売りならやめときな。俺はその辺に興味はねぇんだ」
「お手伝い……しましょうか……?」
この状況を見て、どうしてそんな発言が出てくるのかまったく分からなかった。
か細い声で、何の力も持っていなさそうなこの女性。
だが、辻間は確信した。
「お前、狂ってんな」
「す、すみません……」
これは彼なりの褒め言葉だ。
だが通じはしなかったらしい。
それもそうかと頭を掻いて、女の方に近づいた。
そして、側にあった死体をまさぐって金を取り出す。
「こいつらはここに金を隠してる。ほれ、いっぱいあるから手伝ってくれ」
「あ、はい!」
「で、お前名前は?」
「みゅ、ミュラといいます……」
「覚えにきぃなぁおい……。ミーでいいか?」
「! はい!」
「あん……? 変な女だなぁ……」
彼女は初めて愛称を貰えたことに感激した。
だがそれは辻間の知るところではない。
こんな死体の山を見て発狂もせず、ましてや犯人である辻間に話しかけてこともあろうに「手伝いましょうか」という女など、初めて見た。
それで興味が湧いたのだ。
加えてこの世界の事を知っている奴が一人でもいれば、これからの動きに役に立つだろう。
「あ、貴方のお名前は……?」
「ああ、俺は竜間流鎖鎌術使い、
「……どれが名前ですか……?」
「っ……。辻間鋭次郎だよ……」
なんで分かんねぇんだよと、軽くずっこけたが気を取り直して名前だけを名乗った。
本当に変な女だなと思いながら、辻間はまた兵士の懐から金を回収していった。
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