7.50.彼ら


 アテーゲ領の港はいつになっても大忙しだ。

 掛け声や怒号が響き渡り、静かになる事を知らない。

 交易は今も尚続いており、お高い服を召した人々が高級品の紅茶や品々を見るためだけに降りてくる。


 そんな暇があるんだったら他のことに手を回してくれと思うが、流石に口に出せば怒られる。

 だがそれを軽々しく言うのが、海賊のデルゲンだ。


「もっとさぁ、他にやることないの? 品を見に来るんじゃなくて、治安対策とか、魔獣対策とかさぁ~」

「ふふ、まぁそう言うでないデルゲン。彼らも権威を示したいのだ。自己満足を得るためだけに降りてきているということもある」

「あんたも同じじゃねー?」

「であれば、貴様のような船には乗らんよ」

「はっはっはっは! ちげぇねぇな!」


 デルゲンは船の上に用意されたテーブルに足を乗っけて紅茶を楽しんでいる。

 その正面にはこの船には似合わなさすぎる高価な衣装を着飾った老人が座っていた。

 杖をテーブルに引っ掛けてぶら下げており、隣には従者と思われる女性が寡黙な表情で突っ立っている。


 ちなみに、デルゲンの部下は顔を青ざめてその様子を見ていた。

 誰もが落ち着かない様子で、仕事にも身が入っていなさそうである。

 彼らがハラハラとしているのには理由がある。


 今デルゲンの真正面に座っている男性こそ、このアテーゲ領の領主、ナルス・アテーギア本人だからだ。

 どうしてそんな大物がこんな所にきて、更にはデルゲンがため口で会話をしているのかが到底理解できなかったのだ。

 いくらこの領地を魔王軍から守っているとはいえ、そこまで砕けていいものなのだろうか。


 それにこの領主、貫禄が恐ろしい程にあり、その場に立っているだけで重圧を周囲にまき散らしていた。

 本人は気が付いていないようだが、それをものともしない船長も船長だと、誰もが口をそろえて噂した。


「で、なんの用だよナルス様や」

「そなたと私の仲だ。様付けなどよせ」

「だーってよぅ、その従者がうるせぇんだもん」

「何、気にする事はない。私が言うのだから、この者も口を閉ざすだろう」

「まぁここまで砕けておいて一部丁寧に喋ったところで敬意もクソもないか。んで、なんの用だ爺ちゃん」


 その発言に海賊たちが一斉に叫ぶ。


『爺ちゃんー!!!?』

「うっせぇな馬鹿ども! 血の繋がりはねぇよ! 愛称ってのがあるだろうがよ!!」

『いやそれでもそれはおかしい!』

「可笑しかねーよ!! 黙ってろ!!」

「かははは! 賑やかでいいではないか」


 カラカラと笑うナルスを前に、デルゲンは頭を掻いてまた椅子にどっかりと座った。

 一々反応されると会話が進まない。

 というかナルス本人もこれを楽しみたくてここに来ているに過ぎないのだが、それは頭の良くない彼らには察することさえできないだろう。


 だが、ここに来た目的はある。

 理由がなければ来てはならないということはないが、そうじゃないと早々に追い返されてしまうのだ。

 老い先短いのだから少しくらい構って欲しいというのもある。

 割とめちゃくちゃな理由を付けて、久しぶりに顔を見せに来てくれた防衛の要と挨拶をしないわけにはいかないだろう。


「さて、ではデルゲン。あの宝石はどうしたのだ?」

「掘った。そうだ聞いてくれよ爺ちゃん。あの島に俺より強い奴が二人も来てよ! そんで宝石の場所探り当ててそれを俺たちにくれたんだよ! 凄くね!?」

「むぅ? ではその者にはしっかりとした報酬を渡したのだな?」

「いやそれがよー、報酬はいらないから仕事手伝えって話になってな? でも結局俺たちがやったのはあの二人を船で運搬するだけだったんだよ」

「それで満足したのか? その者たちは」

「満足したも何も、礼だけ言って立ち去って行ったよ。面白い奴らだったなぁ」


 そんな無欲な人物がいるのかと、ナルスは感嘆した。

 そう言ったものは珍しい。

 故に強く、自分たちには想像もつかない程の信念を持っている。

 若い頃に出会った『さむらい』という存在が、それに当たるのだが……今はいるかどうかも分からない。


 だがデルゲンが出会った彼らがそうであったのであれば、よい刺激を与えられたことだろう。

 それが若干羨ましくもある。

 またお見えになりたいものだ。


 さて、それは置いておいて他にも話さなければならないことがある。


「何やら、妙な書面が鍛冶師に出回っていたそうだな」

「出回ってはねぇよ。一人だけ。偽の書面を作ったのはアスベ海賊団。それに協力したのが黒い梟。どうやら鍛冶師に作った武器が相当高価なもんらしくて、それを狙って作らせようとしたらしいぜ」

「浅はかな悪だな。やるならもっと面白いことをすればいいのに」

「それ、領主が言うかぁ? はははは」


 この辺の話は大体従者から聞いている。

 献上品として作らせようとしたらしいが、鉄も経費もすべて向こうに任せるなど、詰まらないにも程がある。

 もう少しましな嘘を書けと思ったが、それで実際に偽の書面が作られて誰もがそれを信じるのだから世話がない。

 まだこの領地も治安がいいとは到底言い難いものだ。


「で、アスベ海賊団は?」

「ぜーんぶぶっ潰したよ。生きてる連中は今頃牢の中で叫んでるんじゃないか?」

「お前たちには苦労を掛けるな」

「いいさいいさ。暴れられてこいつらも生き生きしてたしな」


 それはいい。

 生きのいい若者ほど、この領地に似合う存在はいない。

 彼らがいるからこそ、活気ある街が作られる。


 調子に乗るとアスベ海賊団のような奴らが出るのが玉に瑕だが、それを取り締まるのがアテーゲ領の海軍と、このデルゲン海賊団だ。

 どっちかというと、デルゲン海賊団に任せきりなところはある。

 何せ航海の護衛で任につく船が多いのだ。

 なのでアテーゲ領にいる兵は意外と少ない。


 彼らには本当に感謝している。

 口で言うと調子に乗るので、他のもので代用しているが。


「で、話はそれだけかい?」

「そうだな。話さなければならなことはこれくらいだ」

「ほんじゃ帰りなよ爺ちゃん。潮風は体に悪いぜ?」

「体調のいい日くらい、こうして潮風に当てっていたくなるものなのだよ。お前も歳を取れば分かるさ」

「へーへー、ほんじゃ付き合いますよう。おい、酒だ酒! 一番いいの持って来い!」


 デルゲンの発言を聞いた従者が、さすがに聞き捨てならないと前に出た。

 ギッとデルゲンを睨んで止める。


「デルゲン! 領主様のお体のことを想っていられるのであれば! お酒などおやめください!」

「はぁー? 調子がいいって言ってるんだから、それくらいいいだろう? 紅茶とかぶっちゃけ不味くて仕方がねぇ……」

「!! 私の入れたお茶が不味いと申すか!」

「不味いわぼけぇ!!」

「なんですってぇ!!」


 二人のやり取りを見て、ナルスは高らかに笑う。

 こうしていられるのも僅かなのだ。

 孫のような存在と、こうして会話をしたり酒を酌み交わすのは楽しい。


 落ち着ききった貴族より、こうして叫んだり罵り合ったりするのは見ていて面白い。

 こういった刺激が、彼は好きだったのだ。

 優しい顔つきで、言い争っている二人を眺める。


 海賊らしい罵倒が、船の上で繰り広げられていた。



 ◆



「本当に行かないんですか?」

「うん。私はもう少しここで情報収集。それからまた黒い梟を探していくよ」

「そうですか。じゃあお別れですね」

「また何処かで会いましょう~。バイバイスゥちゃん!」

「っ!」

「私は!?」


 馬車に乗った木幕一行は、テディアンと話していた。

 どうやら彼女の向かう先は同じではないらしいので、ここでお別れとなる。

 若干寂しく思ったが、そう言えばこの人今までどこにいたんだろうと首を傾げた。

 聞いてみてもはぐらかされたので、何か隠れてやっていることがあるのだろう。


 馬車が動き出す。

 向かう先はマークディナ王国という場所だ。

 何やら大きな問題が発生しているらしいが、生活に困る様な事ではないらしい。


 だが人斬りがいるとの話だ。

 なんだか似たようなことがあったなぁと、木幕とレミは思った。

 だがそう言った下手人であれば、木幕は何の躊躇もなく切ることができるだろう。

 楽そうでよかった。


 遠くなっていくアテーゲ領を見届けながら、街道沿いの海を眺める。

 来た時もこうして海を見ていたことを思い出した。

 何ら変わらない海が、なんだか寂しく感じた。


「どうですか? 葉隠丸の使い心地は」

「すこぶるいい。あの職人は素晴らしい腕を持っている。若干重いがな」

「やっぱり重いんですね」


 重さは気のせいではなく、本当に重かった。

 何度か振るってみればそれはよく分かったので、この刀に重みになれる必要がありそうだ。

 だがそれもこの度の道中で改善されるだろう。


 さて、次の敵はどんな奴だろうか。

 そう思いながら、木幕はまた海を眺めたのだった。

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