7.42.煮えくり返った腸


 スゥが獣ノ尾太刀で戦っている間、レミは防戦一方となって逃げ回っていた。

 まだテディアンは来ないのかと心の中で愚痴をこぼすが、それで状況が変わるわけではない。

 迫りくる刃を何とか受け流し、弾き返し、攻撃して弾かせるを繰り返して下がりながら戦った。


 男は二本の剣で連撃を繰り出してくる。

 だが突き技以外は何とか防ぎきっていた。

 遊んでいるのかとも思ったが、彼の目は本気だ。

 自分は暗殺者の本気を、何とか凌げているのだということに少しだけ自信を持った。


 とは言え状況は最悪。

 このままでは負けることは確定していた。

 何か流れを変えるものがないかと考えはするが、息も上がって来て腕も重くなりつつある。

 刃を回して時折腕を休めることはできているのだが、それでも基礎体力の差は縮まらない。

 多少は強くなっただろうとは思っていたのだが、そんなことはなかった。

 そのことを思い知らされて歯を食いしばるが、それはまだ成長できるという裏返しでもある。


 ぐっと力を入れた薙刀が振るわれ、刃が男の顔面へと迫った。

 急な反撃を体をのけぞらせて回避した後、バック宙をして距離を取る。

 ようやく腕を休めることができると、一瞬安堵して構えを緩めた。

 彼もそれは同じだったようで、腕をだらんとして切っ先を地面に着けている。


 少し離れていても、彼の息は上がっているということが分かった。

 二本の剣であそこまでの激しい動きをしているのだ。

 疲れるのも当然である。


「しぶ、とい」

「いつつ……うっさいわね……」


 突きによって傷をつけられた箇所が痛む。

 深い傷ではないものの、そこからは血が流れ続けていた。

 戦いの興奮によって痛みはほとんど感じられないが、手当をした方がいいのは確かである。


 だがそんな余裕はない。

 何とかこの敵を倒さなければならないのだ。

 それにそんな暇を向こうが与えてくれるとも思えなかった。


 耐えるという点においては、レミは男よりも上手だ。

 だがそこからの攻撃を繰り出すことができない。

 練度の差だ。

 経験が圧倒的に少ないレミは、この男への攻撃を怖がっている節がある。

 まったく気付いてはいないその事実が、レミをどんどん窮地に追いやってく。


 双方、再び構えを取った。

 先ほどの流れのように、まずは男が前に出て刃を振るいまくる。

 それを津之江の氷輪御殿で受けつつ下がっていく。


 この戦いの中で、レミは刃を回すことに慣れて来ていた。

 前からやっていたことを、戦闘で活かせるようになったのだ。

 それが防御面を底上げてしてくれる。


 一切の無駄がない薙刀の動かし方。

 練度が上がるにつれて、手の感覚がなくなっていく。


 男が剣を上段から振り下ろす。

 それを刃で受けて横に流し、流した勢いを失わせることなく持ち手を変え、一回転して遠心力の乗せられた攻撃をまた刃で受け流す。

 レミが薙刀を操る速度と、男が回転して攻撃を繰り出す速度が同じになってく。


 男は焦る。

 どうして戦いが長引くほどに、自分の攻撃が受け流されるのかと。


(ここまでの技術……! レベルは幾つだ? それに先ほどよりも動きが良くなっている……。まさか今レベルが上がったのか!?)


 それであれば納得がいく。

 ほとんど攻撃してこないのが救いだろう。

 相手がもし場数を踏んでいる戦士であれば、自分の首は繋がっていなかったかもしれない。


 ここまでの相手は久しぶりだ。

 段々と男も血が滾っていく。


 思いっきり武器を殴ってもすぐに戻ってきた。

 フェイントをかけてもすぐに対応した。

 握り込んではいない優しい持ち方だというのに、その火力は恐ろしい。

 絶対に手から逃げないその武器は、吸いついているのではないだろうかと思う程だ。


「そろそろ……死ねい!!」

「お断り!!」


 ギャンギンッ!

 変則的に攻撃を繰り出したが、それも刃を柄で受け流される。

 長い得物というのはここまで厄介だったのかと、男はその武器を睨む。


 あれだけ荒い使い方をしているのに、折れもしないし傷も入っていない。

 一体どんな魔法を付与すればあそこまで頑丈な武器が出来上がるのだろうか。

 得体が知れない存在だ。


 一度距離を置いて、重くなった自分の腕を休ませる。

 それが終わればまた突撃だ。

 重くなった腕の疲労がなくなった時、脳は勘違いを起こして刃を軽く感じさせる。

 その時が一番速度が出るのだ。

 次で決める。


 そう決めた瞬間、背後から恐ろしい存在の殺気がぶつかってきた。


「っ!!?」


 急なことに体が委縮する。

 突き刺さる様な感覚に驚き、ばっと後ろを振り返った。

 今戦っている女よりも恐ろしい存在が近づいてきている。


 片手に槍を持ち、握りつぶさんばかりの握力でそれを握っている。

 残されている手は力のやりどころを失い、ただただ力を入れて開かれていた。

 彼の表情は真顔だ。

 だが目の鋭さはそれだけで人を殺してしまうのではないだろうかという程に恐ろしいものだった。


 一歩、近づいてくる。

 地面に足が触れる度、その圧は強く重くなっていく。

 絶対に殺してくれるという強い信念が見て取れた。


 逃げるか?

 だが逃げたところで黒い梟は自分を見逃さないだろう。

 とは言え、こいつと戦うよりは勝機がある。

 であれば……逃げに徹するが吉。


 踵を返して逃げることにする。

 だがその瞬間、足を払われた。

 体勢を崩すがすぐに手を使って立て直し、転倒は真逃れる。


「逃がさない」

「女が……!」

「貴様の相手はこっちだ」

「ッ!!」


 接近して来た男が、槍を思いっきり振るう。

 二本の剣でそれを防いだが、その攻撃は有り得ない程に重い。

 だが持っている槍は壊れない。

 罅も入らなければミシリという音すらも立てはしなかった。


 なんだこの槍は。

 剣より使っている鉄の量が少ないはずなのに、この重さは何なのだ。

 そう考えている最中、男はその一撃だけで数歩よろめくことになった。


「葉我流槍術、参の型、葉水落はすいらく


 それを逃す程、この男は甘くはない。

 穂先を持ち上げた瞬間、石突付近へと持ち手を変えて槍をしならすようにして打ち込む。

 上段からの打ち込み技。

 葉が自ら滴る時を模したその技は、雫が地面に落ちるまで勢いを止めない。


 バキィン!!

 これが槍と剣をかち合わせて鳴る音なのだろうか。

 槍の刃は小さい。

 それに比べてこちらはそれなりに厚さのある直刃の剣だ。

 だというのに、なぜこちらが刃こぼれしているのだろうか。


 理解できない。

 今の一撃で二つの剣が叩き落された。

 穂先が頭を叩かなかったのは奇跡に近いだろう。


「んぐぅう!」

「葉我流槍術、陸の型、葉車はぐるま


 ギャアン!!

 叩き落した刃を、今度は切り上げて弾き飛ばす。

 下段に構えていた槍を一度上へと持ち上げ、槍を縦に一回転させて下段から切り上げる。

 渾身の力で槍を振り回し、その勢いを殺さずに相手へと打ち込んだ。


 槍を回転させて勢いを乗せてから撃ち込む技。

 歯車の滑車が噛み合うように、相手の剣で弾かれたらその勢いを決して殺さずにまた回転させて連撃へと持ちこむ。

 故に攻撃はここからさらに激化していく。


 攻撃は基本的に単調だ。

 変な騙し技などはない。

 だがその素直さが、この攻撃の速度と威力を上げていく。


 三度の攻撃だけで剣の一本は吹き飛ばされ、残った剣を両手で握ってようやく防ぎきることのできる。

 それが連続で牙を向けてきているのだ。

 何度も防げるようなものではない。


 防いでもその威力によって、体が振り回される。

 どうすればいいのか、どうすれば逃げることができるのか。

 それだけを考えるが、瞬き一つすれば確実に死ぬということが肌を伝わってやってくる。

 死の影がぴたりと男の背に張り付いた。


「葉我流槍術、漆の型、観音一閃」


 ばっと槍を後ろへと回した。

 これであれば攻め入ることができる。

 間髪入れずに踏み込んで、この一瞬の隙を絶対に逃がさまいと力を込めた。


 残った一本の剣で、突きを繰り出す。

 槍を後ろに回しているのであれば、この攻撃は防ぐことができないはずだ。


 そう思わせるのが、この技である。


 パカンッ!!

 背中で円を描いた槍が、威力を持って男の頭を打ち据えた。

 相手が攻めてきている為、一歩引いて合わせ、攻撃を繰り出す。

 見事に当たり、思いっきり殴られた男はドシャリと地面に倒れ伏した。

 間髪入れずに突き入れられた槍が、相手の心臓を簡単に貫く。


 槍を抜き、血を振るう。

 石突を地面に突き立て、息を一つ吐いた。


「付き合ってもらって、悪かったな」


 そうして、木幕は背を向ける。

 槍がバカッと割れた音を、その場にいた者は聞くことになったのだった。

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