7.43.手当て


 死体が地面の中に沈んでいく。

 どうやら獣ノ尾太刀が地面を操ってくれているらしい。

 土も軽く混ぜられて血もなくなった。


 後始末をしなくてもよくなったので、テディアンがすぐにレミとスゥに回復魔法を掛ける。

 緊張の糸が途切れたのか、レミは疲れた様にして地面に寝転がっていた。


「騒ぎを聞きつけて来てみれば……。お主らは一体何をしていたのだ」

「はは……まぁいろいろありまして……」

「ったく……。それとお主。弟子が世話になったな」

「おわっ。ああ、いえいえ……」


 突然礼を言われて、テディアンは少し驚く。

 先ほどの雰囲気は掻き消えており、落ち着いた様子をしていた。

 後ろに控えていた大男も、なんだか片付かない顔をして頭を掻いている。


「おらのせいでなんだか迷惑かけたみたいだべなぁ……」

「それでレミよ。この男たちはいったい何者だ?」

「ルーエン王国にいた時、夜に襲ってきた奴らです。黒い梟っていう暗殺集団ですね」

「ふむ、ではそいつらが今回の主犯か」

「それとは違うっぽいです。こいつらは雇われていただけなので、主犯はまた別に居るかと」

「見当は?」

「ついてますよ」


 この短い期間によくそれだけの情報を集めたものだと感心する。

 やはり任せていて正解だった。

 自分ではそこまで上手く立ち回ることはできなかっただろう。


 それにしても、レミも強くなったものだ。

 あの相手を倒すとまでは行かないが、致命傷を喰らうことなくあそこまで耐え凌ぐとは大したものである。

 だがそれよりも気になるのが、スゥの持っている獣ノ尾太刀だ。


 地面に自分から沈んでいったので、やはりこいつはまだ奇術を失ってはいなかったらしい。

 ここまでついて来たのかと驚きこそしたが、何故だがそれに違和感は持たなかった。

 まるで初めからこれを狙っていたかのような……。


「スゥも、よくやったな」

「っ!」


 二人掛かりとはいえ、スゥの一撃でもう一人の男を倒したと聞いた。

 こんな小さな子供が大人一人、それも戦いに身を投じ続けていた暗殺者一人を倒したのだ。

 褒めてやらねばならないだろう。

 子供と言って侮っていれば、痛い目を見るのも当然である。


 この獣ノ尾太刀が助けてくれたのだろうが、それでも戦ったのはスゥだ。

 本当によくやった。

 木幕は頭をワシワシと撫でる。


 すると、石動がスゥの持っている獣ノ尾太刀をじーっと見ていた。

 彼は葛篭に一度会っている。

 それ故に、その刀にも見覚えがあった。

 ここまで印象に残る刀はそうそうないだろう。


「お前……自分でついてきただか?」


 どんっ。

 返事をするように地面が鳴らされた。

 自分に意識があるような刀は初めて見る。

 付喪神でも宿ったのだろうかと思ったが、あの葛篭の刀だ。

 一つ一つの物を大切にする彼であれば、所持品すべてに付喪神が宿っていても何ら不思議ではないだろう。


 だがこの刀は託されてここにある訳ではない。

 獣ノ尾太刀自らの意思で、スゥの手に収まっているということが見て取れた。

 この子供にはそれだけの価値があるのかと、石動は目を見開いて驚いたが、それを自分がどうこう言える権利はない。

 刀が主を決めたのだ。

 であれば、それに口を出すことは失礼にあたるだろう。


「スゥちゃん。その大太刀、大切にするべよ」

「っ?」

「ああ。持っていていいと、刀が言っているだ。それに応えてやらなければ失礼になるべ」

「っ!」

「うんうん、それでいいだ。でもずっと手に持っているのは大変そうだべな。平安の帯刀方法に拵えてやるべさ」


 スゥはまだ身長が低い為、かつぐ、差すということができない。

 なので大太刀を腰に吊るす方法にしようと石動は考えた。

 これを佩くという。

 すべての行動に対して慎重にならなければならないが、そうすれば刀の間合いも自ずと体が覚えていくことだろう。


 獣ノ尾太刀の鞘に加工をする事は憚られる。

 だがこれであれば紐を巻いて結ぶだけでいいので、凝った装飾をする必要はない。

 この刀にはこれ以上の加工を施すことはしてはいけない。

 鍛冶師である石動には、そう思えた。


 あとは服装をちょこっと弄れば、すぐにでも佩くことができるだろう。

 スゥは喜んで獣ノ尾太刀を石動に手渡す。

 しっかりと受取り、鍛冶場へと入って行った。


 だがその前に足を止め、木幕に声を掛ける。


「木幕殿。そういえば……葛篭殿は大地を動かす奇術を身に着けていたべ」

「うむ。某もこの目で見た」

「てことは……砂鉄採取、この獣ノ尾太刀がやってはくれるのではないだべか?」

「……そんな力があるのか?」


 すると、ドンッと大きな揺れが全員の足に響き渡った。

 獣ノ尾太刀が返事をしたらしい。


「……今のは、何と言ったのだ?」

「おいにも分からんべ……。ん……?」


 ふと地面を見てみると、小さな黒い石が足元から顔を出していた。

 それを摘まんで持ち上げると、小さな鉄の塊が現れる。

 確認した後獣ノ尾太刀に目をやると、またドンッという音が響く。


「……できるだべか!?」


 ドンドンッ。

 これはさすがに誰でもわかる。

 獣ノ尾太刀は砂鉄採取に協力してくれるらしい。

 これであれば大掛かりな準備をせずに砂鉄を採取することができる。


 話は決まった。

 行けると確信した石動は、獣ノ尾太刀に礼を言う。


「これなら次帰って来た時には作業に移れるべ!」

「善は急げ、といいたいが海賊共もまだ作業が終わっていないだろう。出発は二日後だ。今度はレミとスゥも来い」

「いいんですか? 主犯は……」

「それは石動が刀を打っている時に始末する。で、その主犯は誰だ?」

「海賊って事は分かってるんですけど……」

「ふむ。となるとアスベ海賊団かもしれんな」


 デルゲン海賊団は島にずっといた為、アテーゲ領で何かをするということはできないだろう。

 それに、言っては悪いがあいつらは頭がよろしくない。

 そんな回りくどいことができるような器用さは持ち合わせていないだろう。


 となると残っているのは、彼らの敵対勢力であるアスベ海賊団。

 アテーゲ領の船を盗んで海賊団をしているらしいし、彼らの拠点はここの何処かにあるのだろう。


「その作戦、私も混ぜてもらってもいいかしら?」

「構わぬが……大丈夫か?」

「貴方のお弟子さんよりは強いですよぅ!」

「む、そうなのか。してお主、名は何という」

「テディアンです。貴方たちは?」

「某は木幕、向こうにいるのが石動だ」


 そう言えば名乗っていなかったこと思い出し、軽く自己紹介をする。

 しかしとても強そうには見えないというのが木幕の本音だ。

 しばらく疑いの目を向けていると、レミが補足してくれる。


「師匠。テディアンさんは魔法使いです」

「魔法……ああ、奇術使いのことか。通りでひ弱なわけだ」

「ちょ、え? 失礼すぎません? いやでも貴方に勝てる気は微塵もしませんけども!」

「ですから師匠、魔法使いは接近戦はそもそも苦手なんですって」

「弓兵のようなものか?」

「ちょっと違いますー」


 話がかみ合わなさすぎるので、この会話はここで区切ることにした。

 さて、とりあえずこれからしばらくは暇だ。

 砂鉄を取りに行くのは向こうに戻ってからになるので、この二日間は休むことにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る