7.27.夢の中の死者
目が覚めた。
海賊団の拠点で寝た時とは違う場所に少しだけ困惑したが、この場所がどういうものかということを思い出して落ち着きを取り戻す。
なんだか久しぶりに来た。
葛篭と出会った時には見なかったので、それこそ三ヵ月ぶり以上になるのではないだろうか。
いや、下手をすればもっとだろう。
遠くの方を見てみると、懐かしい面々が何か喋っている。
久しいなと思いながらそちらに近づいていくと、その場にいた者たちがこちらに気が付いた。
そして約二名が、全速力で突っ走ってきた。
「木幕
「木幕さん貴方って人はああ!!」
「!? な、なんだ!?」
走ってきたのは
どちらも本気で怒っているというわけではなさそうなのだが、言葉には若干の怒気と呆れを含ませているかのように思う。
一体なんだと思っていると、まず津之江が口を開いた。
「何ですかあの葬儀! いや嬉しかったですけども、ここで会えるって知ってるんだったらあんな恥ずかしいことしないでくださいよ!」
「ぬ!? いや……だが死者を送るために……」
「気の利いたことしなくていいですって本当に!!」
次に葛篭の顔が肉薄する。
「
「それは知らん!!」
近づいてきた顔を腕で押しやる。
向こうもやられまいとぐぐっと力を入れるが、それを逆手にとってひょいと避けた。
すると案の定後ろにコロンと転がっていく。
向こうを見てみると、呆れた様子でこちらを見ている他の者たちの姿があった。
だが一つ不自然なことがあると気が付く。
一人、いない。
「む? 水瀬、お主の弟はどこに行った?」
「いやそれが……分からなくて」
「分からない?」
槙田と沖田川の顔を見て確認してみるが、二人も首を横に振った。
なんだそれはと思ったが、彼らにも分からないことはある。
ただ、ふと突然いなくなってしまったのだとか。
それは一週間ほど前の話らしい。
先ほどまで後ろにいた西形を呼ぼうとしたところ、返事はなく、仕方なしに後ろを振り返ってみるとそこには誰もいなかった、というのが槙田の証言である。
槙田は手を広げて首を横に振った。
「俺もぉ……なにがなんだか分からねぇ……」
「ほっほ、お主はあの子を大層気に入っておったのぉ」
「はっは、からかい甲斐のある奴はぁ……嫌いじゃねぇ……」
「ひねくれておるのー」
「うっせぇぞ爺ぃ……」
じろりと睨むが、沖田川は全く動じずにからからと笑った。
槙田の扱いに手馴れている感じがする。
しかしここに西形がいないとなると、一体何処に行ったのだろうか。
魂が別の所に行ったのか、それとも普通に天に召されたのか……。
どちらにせよ心配だ。
後者の場合は心配というより良かったな、という方が正しいのかもしれないが。
だがそうなると他の者が召されないのが分からない。
時間軸的には槙田が一番初めに行くと思うのだが……。
「……お主は地獄か」
「あ? ったりめぇだろぉ……」
むしろ好んでいく構えは潔い。
彼の流派は地獄の底に住むモノらを描いたものだ。
実際にそれらを見れるのであれば、地獄に行くことに何の躊躇いもないらしい。
「まっ、気にすることないわ」
「本当にお主は姉なのか……」
「手のかからない弟でしたから」
そう言いながら、水瀬は鏡面鏡を撫でた。
あまり心配はしていないようだが、また彼が何かしでかしたら思いっきり怒るのだろう。
家族の関係に首を突っ込むつもりはないが、彼女は少しだけ薄情な気がした。
にしても、ここも随分と人が増えた。
一番初めに戦った鬼のような槙田。
二刀流の水瀬に、居合の沖田川。
辻斬りの津之江に細工師の葛篭……。
約一名いないが、これだけでも自分を合わせて六人だ。
津之江と葛篭は先ほどまで何故だか怒っていたが、今は落ち着いたらしく近くにきて話を聞いている。
彼らもここの説明は既に槙田や沖田川にしてもらっているので、木幕がやってきてから慌てるということはなさそうだ。
因みに、やはり自分の得物はしっかりと携えられている。
葛篭の大太刀には紐はついていない。
「葛篭よ、何故紐を付けていないのだ?」
「もー必要
「そんな理由で……?」
「嘘じゃ。はっはっはっは!」
一人で豪快に笑った後、葛篭は獣ノ尾太刀の鍔を二度指で弾く。
そのあと、どこか懐かしそうな顔をして呟いた。
「わてはこれで守れ
「私はいなかったわねぇー。そこら辺を歩いてる人だったら誰でもよかったわー」
「津之江だったかえ。
「人を斬らないと強くなれません。あと貴方、何言ってるか分かりません」
「ちゃー、
人を斬ることに何の躊躇いも持ち合わせない津之江は、何かを守るために戦う葛篭とは随分相性が悪そうだ。
辻斬りはもとより忌み嫌われ恐れられるが、彼女の場合はよく擬態していた物だと感心する。
普通であればすぐにばれて下手人として扱われてもおかしくないとい。
だが引き際を良く分かっていたために、そう言ったことは一切なかった。
この世界に来ても、同じように慎重であり続けていたのだ。
人を斬る為だけに。
だがここにいる猛者共にはさすがに斬りかかりはしなかった。
見ただけで分かるその強さは、心燻られるところはあったが……勝てる想像が一切頭の中に浮かんでこなかったのだ。
特に槙田と葛篭。
負けると分かっていて挑むようなことはしたくない。
二人が軽口を叩き合った後、沖田川が前に出てきて葛篭に話しかける。
「ほっほ、葛篭殿とは馬が合いそうじゃの」
「沖田川殿だったな。老公も戦火に巻き込まれたくちかえ?」
「儂はそんな人生は歩んどらんよ。儂の場合は童たちじゃの」
「ああ、可愛らしかな。わてん弟子共は師より先ん逝って
「そうか、随分頑張ったのだな」
「よせいよせい、こん歳にまでなって慰められるなんざむず痒ーてしゃーない。褒めらるんはええだがなぁ。老公はなんしとんなんった」
「儂かえ? 儂はのぉー」
少し話しただけで彼らは互いの人生を軽く読み取ったらしい。
座って長話をし始めてしまった。
歳が近いというわけではないが、彼らはどちらも凄腕の職人だ。
話していくうちに自ずとそちらの方面にそれて行くだろう。
「爺くせぇ……。なげぇ話は苦手だぁ……」
「まぁそう言うな」
「そうですよ。いずれああなるんですから」
「やめろぉ……。その前に死んでやるわぁ……」
既に死んでるがな、とは口が裂けても言えない木幕だった。
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