7.23.情報共有


 鍛冶場に戻って来たスゥは、すぐに炭を手に取って文字を書き始めた。

 だが完全に書けるようになったわけではない。

 なので文字の意味を一つ一つ調べながら、文章を作り出していかなければならなかった。


 居酒屋で酒を飲んでいたということもあり、レミは睡魔に襲われている。

 スゥが起きているし、何かを伝えたいことがあったようなので何とか目を擦って起きている状態ではあるが、これもいつまで持つか分からない。

 できれば早く書いて欲しいが、急かしても速度が変わるということはないので、じっくりと時間を掛けて書いてもらうことにする。


 スゥは眠くないのだろうかと心配になって、顔を覗かせてみる。

 すると、至極真剣な表情で文章を書き続けていた。

 その真剣な表情から、今スゥが書いている文字にとても重要なことが書き記されるのだろうということが分かる。

 であれば、自分も睡魔と戦わなければならないだろう。


 外に行って井戸から水を汲み、顔を洗う。

 少しばかりは眠気が飛んだように思われた。

 しかしこのままではまた眠くなってしまうだろう。

 それは良くない。


 レミは鍛冶場から自分の薙刀を手に持ち、スゥに一言告げてから外で稽古をして待つことにした。

 体を動かしていれば、眠気も何処かに飛んでいくだろう。


 腰を落とし、中段に構えてから下段に降ろし、すっと体に引き寄せる。

 その時体がしゃんと伸びた。

 薙刀は体に密着するのだが、これがこの型の基本姿勢だ。

 腰を落としながら掬い上げるようにして切り上げる。

 持ち手の位置を変えながら、間合いを常に変えていく。


 切り上げた状態の薙刀は一時的に宙に留まったが、重力に応じて刃が地面に落ちて行った。

 それにまた力を入れて上段からの切り下げを繰り出す。

 勢いの乗った薙刀を殺すことなく、一度回転させてまた上段からの攻撃を繰り出して地面すれすれで止めた。


 舞うように戦いなさい。

 津之江の言葉を再度思い出し、短い間の稽古を何度も何度も思い出す。

 踊ると舞う、はまったくの別物だ。

 舞うのはステップは一切踏まない。

 すり足で地面に弧を描き、その上にある体を上手く使って踊る。

 それが非常に難しい。


 薙刀を扇子だと思いなさい。

 扇子とは何なのか知らなかったが、津之江のいた世界では小さな折り畳み式の扇を、そう呼んだそうだ。

 薙刀をそれと同じ小さいものと同義とするように、扱えるようになれという意味だろう。

 舞により、この重い薙刀を軽くする。

 力の入れ方の一切を変え、遠心力を最大限に活かす戦い方を。


 薙刀を持ち上げ、横に薙ぐ。

 勢いを殺してはならない。

 そのまま反転し、勢いを残して下段からの切り上げに変更。

 上に上った刃を横に押し込み、石突付近を握って引き込むように切り下げる。


「……んー……?」


 動きが一定だ。

 あの時見た津之江の動き方とはまるで違う。


 レミは津之江と木幕の一騎打ちをこの目で見届けた。

 その時は、前を常に向いている木幕に対し、津之江は時折回転しながらの連撃を繰り出していたように思う。

 木幕も速かったが津之江も速かったのだ。

 あの動きを再現したい。

 頭にそのイメージを定着させ、動きのレパートリーを増やすためにまた基本姿勢を取った。


 恐らく、問題は手の位置。

 木の枝のように軽いものを操る場合は、片手でも十分だ。

 だがこの重い薙刀を操るとなった場合は、持ち手を変え続けて刃を振る速度、間合いを常に変えていかなければならない。

 それこそ熟練の技がなせるものだということはレミも理解してはいる。

 しかし、自分もその境地に立ちたいという向上心が、また刃を振るう力を与えてくれた。


 切り上げ、横薙ぎ、半回転からの切り上げ、頭の上で弧を書いて切り下げ、半回転からの突き。

 ここで終わってしまったと、また基本姿勢に戻る。

 突き技はこの型に合わないのかもしれない。


「ふぅー……。憧れすぎかなぁ……」


 石突を地面に突いて、そう独り言をつぶやいた。

 今使っているのは作ってもらった薙刀で、津之江の持っていた氷輪御殿よりも重い。

 これを操れるようになれば、氷輪御殿も必ず操れるはずだ。

 だが津之江の技に近づこうとするほど、なんだか違うと体が教えてくる。

 合っている合っていないとか、そう言う話ではなく、ただ動かし方はこうじゃないと伝えてくるのだ。


 見ているだけでは簡単に見えても、実際にやってみるととんでもなく難しいことだってある。

 今がそうだ。

 見ただけでできると錯覚していた。


 奥が深すぎる剣術。

 だがそれが探求という形になって、また構えを作り出す起因になる。

 基本姿勢を取り、今度は上段から初めて見た。


 パンパンッ!

 後方から手を二度叩く音が聞こえたので、ピタッと止まって振り返る。

 すると、スゥが一生懸命手招きをしていた。

 どうやら何とか伝えたい文を完成させたらしい。


 薙刀を魔法袋に収納し、スゥに連れられて鍛冶場へと戻る。

 ランタンをかざしてみると、箇条書きで文章が作られていた。

 書きにくい炭で書いているので読みにくくはあったが、読めなくはない。

 指でなぞりながらその文章を読んでみる。


「……え、犯人見つけたの?」

「っ!」

「優秀!!」


 レミはスゥをぎゅうと抱きしめる。

 そこには犯人の数と姿、そして彼らの重要な発言なども書かれてあった。

 よくここまで書けるようになったなと、素直に感心する。


 スゥは子供だ。

 なので物覚えもいいのだろう。


 もう少し詳しく読んでみると、石動の話をしていたとも書いてある。

 スゥが見たのは本当に石動に偽の依頼を出した人物なのだろう。

 だが読んでいくにつれて、レミの表情は曇って行く。

 その人物たちが、強硬手段に出るかもしれないと書いてあったからだ。


「これ、本当なの?」

「っ」

「……ちょっとまずいかもねぇ……」


 ここまでの工作をする人物が普通の人間だとは思えない。

 裏界隈の人物なのだろう。

 それを相手にするのは難しいだろうし、奴隷商との繋がりもあり、依頼主も謎のままだ。

 まだ情報が少ない。

 だがこの鍛冶場は何としてでも守らなければならなかった。


 どれだけの人をここに向かわせてくるのだろうか。

 それに勝てるかどうかも、分からなかった。

 だが負ける可能性の方が高い。

 準備期間はあるはずなので、それまでの木幕が戻って来てくれればいいがと思うが、そこまで都合良く帰ってはこないだろう。


「ここを守ってくれる仲間を探さないとね」

「っ!」

「でも今日は寝ようか。私そろそろ限界……」

「っ」


 運動をしていても、眠いものは眠い。

 大きな欠伸をすると、それがスゥにも写った。

 今日はもう頭が回りそうにない。

 二人はベッドにもぐりこみ、すぐに寝息を立てたのだった。 

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