7.9.トルティー号


 日の出と共に、木幕は起きた。

 陽気が温かくなってきたということもあって日の出の時間が早くなっている。

 だが目覚めは良い。


 葉隠丸を手に取ろうとして、空を掴む。

 一瞬固まったが、すぐに状況を理解して小さくため息をついた。


「そうだった」


 立ち上がり、立てかけていた槍を掴んでまずは外へと歩いていく。

 朝早いということもあって外はまだ冷え込んでいる。

 空気を吸うたびに肺の中がひんやりとした。


 一度目を閉じ、集中する。

 立ったままの瞑想。

 息を大きく吸い、一度止め、ゆっくりと吐く。

 空気とは違う冷たいものが、背中を走り抜ける。


 槍を中段に構える。

 その動きはとてもゆっくりであり、洗練されていた。

 目を開けることなく、暗い中で一人だけがぽつんと佇む。


 手と体の動きだけで槍を突く。

 ザッと足を滑らせ、槍を握り込む。

 身を引いて縦一文字に構え、また突く。

 空気を切り裂く様に突くその動きは、力強い。


「ええなぁ~」

「スゥー……。起きていたのか」

「葉隠丸を見ないといけないだ。まぁこの時間に起きるのは日課だども」

「フッ、そうか」


 木幕は構えを解いて楽な姿勢を取る。

 暫くはこいつが相棒だ。

 葛篭が加工してくれたこの槍は、非常に頑丈である。


 だが、石動はその槍を見てもやもやとしていた。

 柄も、穂先も良くないものだ。

 あの時はある物で作ったので仕方がないことなのだが、やはり気になる。


「槍も作るだべか?」

「ふむ……悪くはないが……」


 木幕は槍を掲げる。

 確かに木はあまり良い素材で作ってはいないし、刃も解体用両刃ナイフを取り付けただけの物だ。

 作りとしては簡単だが、何故かこの槍には既に愛着を持っていた。

 手にしている時間は葉隠丸と比べると非常に短い時間だが、葛篭と戦った槍だ。

 それを簡単に手放したくはない。


 しかし鍛冶師が作った槍も捨てがたい。

 魔法袋がある限り何個武器を持っていても問題はないが……。

 大切にしすぎてしまいそうでなんだか気が引ける。


「検討しておこう」

「そか。ま、鉄もあるか分からないし」

「うむ……。さ、では朝飯を食べたらトルティー号へと向かうとするか」

「んだなぁ~」


 今日はまずトルティー号の乗組員に話を付けて、沖ノ島に向かうことにする。

 恐らく乗せてはくれるだろうが……どんな仕事を任せられるのだろうか。

 それだけが少し心配だ。


 だが何とかなるだろう。

 そんな軽い気持ちで、まずは朝食をとることにしたのだった。



 ◆



 港はいつも通りの喧騒に包まれている。

 朝だというのに忙しそうだ。

 水揚げされた魚が大量に運び込まれ、生簀へと放り込まれていく。

 大きな生簀だと感心しながら、木幕たちはトルティー号へと向かった。


 トルティー号自体はそこまで大きくない船だが、荒波には耐えられるくらいの大きさはあった。

 大きな帆が二つと、舵を取る為の帆が一つ。

 それとは別に船尾にも舵はあるようだ。


 今は作業員が中に荷物を積み込んでいる最中だ。

 それは全て食料と武器。

 話には聞いていた通りなので、この船が海賊のいる場所に向かう船であるということが分かった。


 まずは話を聞いてみることにする。


「今、いいだろうか」

「他を当たってくれ、忙しくてね」

「ふむ……」


 そう言われて、数人に逃げられてしまった。

 その辺にいる作業員は全員が忙しそうで、声をかけるのも憚られ始めた。

 さてどうしようかというところで、船の上から声が掛かる。


「おーい! そこの冒険者ー!」

「む」

「時間あるかーい!?」


 声をかけてきた人物は潮風で固まり切った髪の上に船長帽を被り、屈強そうな肉体を有していた。

 半袖姿は時期的に少し早い気もするが、彼はそれでも暑そうにしながら額に浮き出た汗を腕で拭う。


 その人物を見たレミが、恐らく船長ではないだろうかと木幕に告げる。

 であれば少し話ができるのではないだろうかと思い、木幕は返事をした。


「少し話ができないか!」

「あー! まじ!? 急いでるけど……まぁ人が増えるなら何でもいいや……。おい! 少し空ける! その間頼んだ!!」

「「「「ふざけんな船長!!」」」」


 乗組員と思われる人物が叫び散らしたが、それを無視して彼は船から飛び降りる。

 着地時風が吹き乱れ、落下の衝撃を極限まで落として桟橋に降り立った。

 後ろから怒号が聞こえるが、逃げるようにして木幕たちの所へと走ってくる。


「いやぁ、すまんね! 君たち暇かい!? めっちゃ手伝ってほしいんだけど!」

「では、その代わりに海賊がいるという島に連れて行ってもらってもいいだろうか」

「え、物好きだね……。日帰りでいいんだったらいいけど」

「ああ、置いて行ってくれ。次来る時にまた拾ってくれればいい」

「……え!? 海賊たちの仲間にでもなるつもりかい!?」

「そう言うわけではないんだが……」


 木幕たちの目的は鉱石の確認、及び採掘だ。

 一日でできることではないと思うので、二週間程度の空き時間でそれをこなし、また帰ればいいと考えていた。


 しかし、好き好んであの海賊が拠点にしている島に向かおうとすることは、船乗りからしてみれば考えられないことだ。

 いつの間にか海賊の数が増えているところを見るに、他の海賊の船長を殺して仲間を募っているということは分かっている。

 なのでここ最近の食料や武器の運搬などの輸送量が多くなっているのが現状だ。


 加えて、あの海賊団は強い。

 恐らくここ、アテーゲ領の海軍であっても二、三隻は余裕で沈められてしまうだろう。

 乗り込まれれば確実に船の主導権が海賊側に上がってしまう。

 それだけ質がいいらしいのだ。


「ま、まぁいいや……。手伝ってくれるって言うんだったら何でもいい! 俺っちはテガン・ラクモラ! トルティー号の船長さ!」

「木幕だ。手伝うのは某とこの石動と言う男だけである」

「頼んますだ」

「え!? 私たちは!?」


 レミとスゥは除外されたことに驚いて木幕を見る。

 まぁ当然の反応だろう。

 そこで木幕は、二人に説明をする。


「お前たちには守って欲しいものと、調べて欲しいものがある」

「っ?」

「なんですかそれ……」

「まずは石動の鍛冶場だ。兵士が来て荒らされでもしたら、某と石動が帰って来た時に使えないからな。だからここを守るのだ」

「た、確かに……」


 領主命令を無視している石動。

 その報復がいつになるのかは定かではない。

 今は様子見程度の兵士を送っているということだけは分かっているが、そこに木幕は疑問を抱いていた。


「そこでもう一つ。調べて欲しいことだ。兵士を送ってきている人物を調べろ」

「……? え、あの。師匠、それはアテーゲ領の領主なのでは……?」

「領主と言うのは、国王とかいう城主と同じ権力を持っているのだろう?」

「正確にはその数段下に位置するかもしれません。国王が所有する領地のリーダーですので。ですがこの領地の中での最高権力者はその人になるはずです」

「だから少しおかしいのだ」


 領主命令、いわば国王命令を無視したのであれば、一人一人兵士を送ってくるという妙なことはしないと思う。

 一斉に数人の兵士が来て身柄を確保するか、それとも無理にでも作品を作らせるか。

 そもそも材料すら支給されないというのはおかしな話だ。


 そのことを鑑みるに、木幕は誰かが領主命令だと言って、武器を作らせようとしているのではないだろうかと考えた。

 書類などがある訳ではなさそうなので、それが本当かどうかは分からない。

 しかし一介の鍛冶師が領主本人に話を聞きに行くわけにもいかない。

 城の前で兵士に止められてしまうのがオチである。


 領主命令としておけば、材料が支給されないという無茶な要求でも作らざるを得なくなる。

 高い鉄を準備しなくても済むのだから。

 しかし、まさか突っぱねるとは思ってもみなかったのだろう。


「な、なるほど……。鍛冶場を守りつつ……情報を収集……。できるかな……」

「勇者の尾行と同じようなものだ」

「んー、全然違う気がしますぅ」

「何はともあれ任せたぞ」


 そう言って、木幕はレミとスゥの肩を軽く叩いた。

 スゥは喜んで大きく頷く。

 まぁ仕方がないかと、レミは少し困ったようにしてから頷いた。

 鍛冶場を壊されれば元も子もない。


「えーと、話は終わった? もう出航するからね!」

「ん!? 明日じゃないだべか!?」

「予定が早まったんだよぅ! ほら早く早く! 今は甲板に適当に荷物を積み込んでるだけだから、それを仕分けてもらうよ!」


 簡単な説明が終わった瞬間、テガンは二人の手を引っ張ってトルティー号へと乗り込んだ。

 それを見送ったレミは、なんだか大変な仕事を押し付けられたなと頭を掻いた。


「じゃ、行こうか」

「っ!」


 やる気満々なスゥを見て、レミは笑う。

 この子にできることは何だろうと考えながら、一度鍛冶場へと戻ることにしたのだった。

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