7.10.出航
大きな桟橋に大量の荷物を載せた馬車が停まる。
桟橋と船を架け橋で繋ぎ、荷物を一つ一つ降ろして船の甲板へと運んでいく。
荷物は相当な重量を持っているので、二人から三人掛かりでの運搬だ。
大きすぎる物には車輪のついた台車で運ぶようだが、それだけで運んでいると時間が足りない。
次の船が来る前に、ここを退かなければならなかったからだ。
船員は三十名。
少し少ないような気もするが、武装を整えていないこの船は運搬だけを目的として作られている。
戦闘員はいないので、この人数でも船は動かせた。
「ふむ、力仕事など久しぶりだ」
「な、なんであんたは……汗の一つもかいていないんだ……」
「汗をかく様なことがあったか?」
「嘘じゃん……」
襷がけをして服をまくり上げている木幕は、重い荷物を運んで若干の筋肉疲労が出た腕をトントンと軽く叩いた。
重い荷物は四本の指で持つのではなく、親指を使って持ち上げる。
すると腕に入れる力は相当軽減されるのだ。
少しだけ持ちにくいかもしれないが、荷重が親指にかかってしまえばあとはそれだけでもつことができる。
四本の指はおまけだ。
石動はというと、積み込まれた荷物を整理していた。
片腕で押し、片腕で持ち上げて積み木を積んでいくかの如く軽々と荷物を整理していく。
屈強な体と大きな手も相まって、その速度は早い。
「これでいいだべかー?」
「あ、ああ……」
船員は若干引いている。
最低でも二人掛かりで持ち上げる荷物を、一人で持ち上げてしまうのだ。
こんな力自慢はなかなかいない。
とはいえ、流石の石動も内緒にしてはいたが奇術を使用している。
そうでなくても片腕で荷物を押すことはできるが、持ち上げるとなると両腕が必要になる。
軽く肩を回した石動は、少し物足りなさそうに周囲を見渡した。
「終わりだべか?」
「そのようだな。にしても怪力だな……奇術か?」
「んだよー。葛篭殿とは少し違うだども」
石動の奇術は、不動。
聞いただけでは頭に疑問符が浮かぶだけなのだが、その奇術の意味を理解すると恐ろしく思えた。
不動とは、動かないこと。
他の力によって動かされないことという意味がある。
だが石動はそれを使って、理を無視した体の動かし方をすることができたのだ。
重い物を持てば、それ相応の力が必要になる。
重ければ重い程必要になる力は増すだろう。
それを石動は完全に無視することができるのだ。
他の力によって動かされない。
要するに、これだけの力がなければこの荷物は動かせないぞ、というのを無視できるのだ。
その必要な力こそが、他の力に当てはまる。
故に、物を動かすということをやってのけると肉体に教えると、何の抵抗もなくできてしまうのだ。
「出鱈目な……」
「へへへへ……」
「褒めてない」
こんなのと相手をする者は不幸だ。
カラクリと戦っているような気分にもなるだろう。
そして石動は普通の不動という特性も奇術により有しているため、怯むということも絶対にしないらしい。
この荷物の搬入中も、一度もよろめくことはなかった。
これも奇術に起因しているのだとか。
「よぉーし! 出航だぁー!」
船長であるテガンの号令と共に、乗組員が慌ただしく動き始める。
船の動かし方を木幕は知らないので、ここは完全に任せることになった。
今は甲板のマストの近くでその様子を見ているだけだ。
乗組員は結んでいたロープを解き、桟橋から船を離す。
その間に帆が張られ、素早い手つきでロープを張って固定した。
誰もが自分の役割を分かっているかのようで、一つの仕事が終わったら次の場所へと甲板を走り回る。
帆が張られた瞬間、船長であるテガンが船長室の上に立つ。
手をかざして呪文を唱えた。
「風よ。我が前に姿を現し、航路を示し給え。ハイウィンド」
突然、ゴウと風が吹いて帆をめい一杯張った。
ロープがギリリと締め付けを強め、船がゆっくりと進んでいく。
船が水を切っていく。
「よぉーし! あとは任せろ! 休憩だ!」
「「「っしゃーー!!」」」
ようやく仕事が一段落付いたと、乗組員たちは手放しで喜んだ。
陸にいるとどうしても仕事をしなければならない。
だがこうして海の上にいるときは、彼らは休むことができるのだとか。
各々があてがわれた船室に戻ったり、外で休憩したりと自由に過ごす。
それは船長も同じであり、のんびりしながら舵を切る。
「愉快な者たちだな」
「んだなぁ。でも活気があってええだ」
「ああ。後はあの島に鉱石があるかどうか、か」
「砂鉄と純度の高い鉄があれば、作れるだ。だども、遠くてどんな山か分からんだべさ……」
「行ってみての楽しみであるな……。海賊衆か……面白そうだ」
「……ん? なんか楽しむ方向性が違うんじゃ……?」
明らかに戦う気満々の木幕を見て、石動は少し呆れた。
本来の目的は鉄集めである。
しかし彼らとの接触は避けられないし、寝泊まりする場所の確保も必要だ。
友好的な関係を結べたらいいがと、石動は思った。
到着まではまだまだ時間が掛かりそうだ。
二人も他の船員たちと同様、ゆっくりと船の旅を楽しむことにしたのだった。
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