6.27.脱出


 ライルマイン要塞が騒がしくなり始める。

 どうやら本格的に噂が流れ始めたようだ。

 まだあれから時間は経っていないはずだが……これはウォンマッド斥候兵が優秀なのだろう。

 そんなところで優秀さを示してもらわなくてもいいのだが。


 小さな馬車の中に乗り込んだ四人は、スラム街近くの城門から脱出することにした。

 ここまで入ってくる馬車はなかなかないようなので少しだけ注目を得てしまったが、大きな問題にはなっていない。

 疑われる前に早く移動しなければ。


「ローデン要塞で馬車の動かし方を学んでおいてよかったな、レミよ」

「いやあれクープでしたけどね!?」

「教え手も似たようなものと言っていたではないか」

「まぁ確かに……大きさが違うだけであんまり変わらないですね。でも馬の扱い方を学んでからクープに乗ろうとすると苦戦しますね絶対」

なんだらなんだ?クープて」

「馬の代わり」


 葛篭の疑問を適当に流す木幕。


 レミはローデン要塞でいろいろなことを学ばせてもらっていた。

 剣術、料理、馬の乗り方など……。

 馬の代わりにクープを乗りこなすことになったが、操り方としてはどちらも変わらない。

 手綱が耳になってくらいだ。

 馬の方が分かり易いかもしれない。


 パシッと手綱を叩いて馬を歩かせる。

 すると一頭の馬が馬車を引いて歩きだす。


 城門まで近づいた馬車は、警備をしていたやる気のなさそうな兵士に一度止められる。

 ここまで情報が流れていると、この兵士を何とかしなければならないわけだが……どうだろうか。


「こんな所からここを出て行くなんて、珍しいねー」

「はは、こっちの方が目的地に近いので」

「変な服着た人たちだね~。何処行くの?」

「アテーゲ領って所です」

「はっは~。まぁそろそろ温かくなるだろうから、海見るにはいい場所だよね。でもアテーゲ領ってこっちじゃなくて反対側の方が近くない?」

「あぁー……ちょっと探索してみたくて」

「冒険者か。まぁそう言うのもあるよね」


 馬鹿でよかった、やる気のない門番でよかったと心底思いながら安堵する。

 軽い手続きを済ませた後、馬車は問題なく外へと出ることができた。


 だがまだ安心はできない。

 ライルマイン要塞から完全に離れるまでは、気を張っておく必要があるだろう。


 木幕と葛篭は後方を警戒する。

 小さな馬車の乗り心地は言わずもがな、最悪である。

 もう少し何とかできないのかなと、葛篭は車輪を見ながら思案していた。


 あとはアゲーテ領へと向かうだけ。

 しかし進行方向は反対側なので遠回りをしていかなければならないだろう。

 遠くなっていくライルマイン要塞を見ながら、安全を確保する。

 ここまで来れば問題はないだろう。

 追いかけてくる敵兵の姿も見えない。


 馬車に乗っている四人はそれに安堵し、胸をなでおろす。

 馬車を走らせていては逃げていると思われるので、馬は歩かせている。

 なので離れるまで少し時間がかかった。

 実際に馬車を動かしているレミは体感的に一時間以上かけて離れたような気さえしてくる。


 後ろを振り返って確認してみれば、ライルマイン要塞は既に遠くに見えた。

 次は方向を転換して、遠回りをしていかなければならない。

 時間はかかるだろうが、仕方がない。


 馬車が進む音だけが聞こえている。



 ◆



 スラム街近くの城門にて、兵士が壁に寄りかかってさぼっている。

 その様子を、屋根の上から見ていたウォンマッドが指摘した。


「こぅらシルフ」

「あ、隊長~。見届けは終わりましたぜぃ~。かーわいかったなぁあの子」

「終わったならさっさと帰ってこい……」

「いやですよー。だってこれから王様と謁見でしょー? 面倒くさいですよ」

「それは僕もなんだけど」


 へらへらとしながら、シルフと呼ばれた兵士は甲冑を脱ぎ捨てていく。

 そしていつもの軽装備になった。


 黒いレザー装備はとても動きやすい。

 重い甲冑を身に付けていた為肩が凝ったのか、肩を回してコキコキと鳴らした。

 ウォンマッドは彼に近づきながら、門の外を見る。

 もう米粒のように小さくなっている馬車が遠くに見えたことに、ひとまず満足した。


 シルフ・リーエイト。

 ウォンマッド斥候兵のもう一人の副隊長であり、今はウォンマッドに指示されてあの馬車を見送ったところだ。

 これがウォンマッドができる最後の礼。

 あとは逃げてくれていることを祈るばかりである。


「ま、早く気付いてくれてよかったなぁ~。話を流してそれが耳に入れば、いやでも逃げなきゃいけなくなるし」

「賭けだったんだけどね」

「へ~」


 話を流した本当の目的はこれである。

 逃げるならここしかないだろうと、シルフにここを任せていたのは正解だった。

 長話が好きなので、話をし過ぎて引き止めていないか心配ではあったが、それは杞憂に終わったらしい。


 とりあえずこれで仕事は終わった。

 あとは帰って報告だけだ。


「そう言えばエルマはどうしたんで?」

「瀕死だったから療養中だよ」

「え? あのゴリラが……?」

「お前がさっき会った御仁は、僕より強いんだ。でも僕みたいに手加減されなかったって事は、何か癪に障ることでも言ったのかな」

「お、おいまじかよ……。っていうかあの公爵家ぶっ潰す奴だもんな……そりゃ強いよな……」

「その報告もしておけば、多分騒動は収まるよ。ま、どんな兵士をあの御仁に向かわせたところで、絶対に捕まえられないだろうけどね」

「ふぅーん。ま、これで冒険者が増えるといいなぁー」

「そうだね」


 ウォンマッドはシルフを手で招く。

 はいはいと言った様子でおどけたシルフは、ウォンマッドについていった。


 何はともあれ一仕事終わった。

 報告をしたら暫く休暇を取ってやるぞとシルフはウキウキしていたが、これからやることをウォンマッドに聞かされて絶望する。


 部隊の編成を考え直し。

 負傷中のエルマに変わってシルフが彼女の代わりに仕事をしなければならないということ。

 更にこれからの仕事がまだまだ山のようにあると伝えられたのだ。

 それを聞いて休む暇などないと断言できる。


「もう斥候兵辞めて情報屋本業にしません!!?」

「無理。もう国での立場が確定してるから」

「そうだけどさぁああああ! くっそあのくそゴリラがぁ!! 何怪我してんだくそったれ!! 俺の仕事が増えるだろうがよおおおお!!」

「はいはい」


 嘆きの言葉など聞き飽きた。

 そう言わんばかりに適当に流し、歩いていくウォンマッドだった。

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