6.26.知らない名前


「ごめんね」


 ボロボロになった屋敷で、一人の男性が書類の束を抱えて呟いた。

 それを魔法袋に収納する。


 ウォンマッドは周辺の状況を見ながらため息をついた。

 そこかしこに泣き別れた死体が転がっており、血の海が広がっている。

 一体どんな魔法を使えばこんなことができるのだろうかと疑問に思ってしまうくらいではあるが、彼の強さを知っているウォンマッドはこれが普通かと一人で納得した。


 ウォンマッド斥候兵。

 彼らはライルマイン要塞屈指の斥候部隊であり、数々の戦場にて武功を上げている。

 地味な仕事だがとても重要な役回りを担うこの部隊は様々な貴族から注目されていた。

 ヴォルバー家もそのうちの一つである。


 しかし彼らは表向きこそ斥候兵であったが、裏稼業を国王の密命により賜っていた。

 その仕事は情報屋である。

 彼らは斥候を生業にするが故に隠密を得意としている。

 そしてその情報収集能力の高さは、全ての貴族の情報や下町の情報などを網羅しているほどであった。

 それ故に、国王から不審な動きをしている貴族がいないかを調査している。


 調査の中で、ヴォルバー家が引っかかった。

 国王の親族に当たる公爵家の一族ではあったが、彼らは冒険者ギルドに多額の援助を行っている。

 そこまではいいだろう。

 だがそれを理由にヴォルバー家はギルドをやりたい放題しており、今はそれに拍車がかかってついにはギルドの仕事が回って来なくなってしまうようになってしまった。

 報酬金を支払うだけの余裕が、ここライルマイン要塞の冒険者ギルドには無かったのだ。


 それなのにやれこれをしろだの、あれをしろだのと難癖ばかり付けられる。

 そう言った苦情もヴォルバー家に抑えられて上げることができていないのが現状だった。

 だが支援をしてもらっている身のため、大きく出ることも叶わなかった。


 普通そんなことがありえるのかと考えるところではあるが、ギルドは魔物対峙や低ランク依頼の草むしりなどを行うことができる。

 しかし、ここは最前線都市であり、驚異的な守りの要塞に近づこうとする魔物はいない。

 なので高ランクの冒険者の仕事はほとんどと言っていいほどないのだ。

 この要塞は兵士によって守られているので、防衛に関しても冒険者が関与する余地はない。


 今のライルマイン要塞には、高ランクの冒険者が全くいない状況だった。

 いるのは低ランクの仕事をする冒険者のみ。

 その状況を作り出したのがヴォルバー家。

 兵士も確かに強いが、彼らは泥仕事を非常に嫌悪する傾向にあった。

 兵士と冒険者は、居なくてはいけない存在なのだ。


 長らくその状態を放置していた国にも責任はある。

 こうして問題が明るみになった以上、変えていなかければならない。


「でも、流石に殺しちゃまずいんだよねぇ……。これからギルドの支援どーしよ……王様許してくれるかなぁ……許してくれないよなぁー……」


 今はまだヴォルバー家が襲撃されたという話だけを広めており、クレマが殺されたという話はしていない。

 これが王様や他の公爵家の方々に知られればどうなることか分かってものではなかった。

 うやむやにはできない事実。

 何とかしようにも流石に一介の隊長如きが関与できる話をとうに越してしまっている。


 だからあの御仁を犯罪者として仕立て上げた。

 嘘は言っていないし、これで共通の捕まえるべき相手ができたということで貴族たちは黙ることだろう。

 今頃はウォンマッド斥候兵がその情報をばら撒いているはずだ。

 だが容姿などは言わないようにさせている。

 少しでも逃げれる時間を稼がなければならないからだ。


 彼らの服装はすぐに目立つ。

 見つかればすぐに大騒ぎになってしまうだろう。


 仲間を殺さなかった礼だ。

 だがここまでしかできないことを許してくれと、窓の外を見ながら彼らに伝える。

 判断さえ遅くなければ、すぐにでも逃げることができるだろう。


「名前、聞いておけばよかったなぁ」


 すぐに聞くことになるかもしれない名前ではあるが、やはり自分から聞いておくべきだった。

 空っぽになっていた屋敷であった時は説明する時間しかなかったし、何なら二人の機嫌が悪すぎて名前を聞く様なタイミングが一切なかった気がする。

 殺意満々の気を背後に話しかける勇気は、あの時のウォンマッドにはなかった。


 一度大きくため息を吐いた後、顔を上げる。


「さ、あとは……王様に報告しに行くだけか……」


 窓の外に顔を出し、ひょいと出て屋根の上を伝って行く。

 壊れた屋敷の屋根を飛び越えながら、王城へと足を運んだのだった。

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