6.19.手紙


 宿の庭で、木材を削る音がする。

 コンコンと槌を鑿に当てて丁寧に掘っていく。

 本当は鋸があった方が良かったのだが、葛篭はそれがなくても鑿一本で大体の加工ができてしまう。


 それを見て感心しながら、木幕はその作業を見守っていた。

 ショートソード……というより解体用ナイフを解体し、それを折った棒に取り付ける。

 接合部をしっかりと紐で結び、更に固定した。

 軽く片手で振ってみるが、傾くこともなくしっかりとした作りになったようだ。

 葛篭はそれを木幕に手渡す。


どげやどうかな?」

「型をなぞってみよう」


 手渡された槍は、木幕にとって丁度いい長さだった。

 突き技、払い技、回し技と様々な技を試してみるが、全く問題がない。

 後は実際に当ててみたいところではあったが……今は無理そうだ。

 取り合えず普通に使えそうな槍となったので、それを魔法袋に仕舞い込む。


「かたじけない」

「ええさええさぁ。久しく人んば人からの依頼受けたけぇ」

「そうか」


 葛篭はそういった後、満足そうにして鑿を片付けて行く。

 自作らしき桐箱はとても綺麗だ。

 蓋はピタッとくっついており、指を使って開けなければ開かないようになっていた。

 精巧な作りの物だということが良く分かる。


 しかし、レミとスゥは何処に行ったのだろうかと木幕は考える。

 ここで修行をしていたとこの宿の者から聞いたので、今は何処かに遊びに行っているのだろうか。

 何も言わずに何処かに行くと心配になる。


 スゥもそれなりに戦うことができるようになってきているので、心配ないとは思うのだが……。

 あの兵士たちに顔を見られているのだ。

 少しは警戒しておいた方がいい。

 帰ってきたらできるだけ人の多い場所にいるようにと伝えておこう。


「あの二人はどこ行っただぁ?」

「さて。遊びに行っているだけだとは思うが……帰ってこんな」

「どっかで昼飯でも食よーるんだらぁ食べてるんでしょ

「だといいが……」


 滅多なことはないとは思うが、何故だか胸騒ぎがする。

 確証もないので行動には出ることはしないが……はて、これは何だろうか。


 鑿を片付け終わった葛篭は、それを懐に仕舞い込む。

 そして完成した仏を並べて、手を合わせた。

 既に六人の仏が完成している。

 昨晩作り切ってしまったのだろう。


「六人か」

「おぉ。中々ええ筋だったぞぉー。三人が日本刀、三人が槍だったなぁ」


 葛篭の前に現れた侍は、日本刀と槍が交互に現れた。

 誰もが必死に何かを求めているようではあったが、三回目にてそれを全て斬り伏せた。

 一体何が彼らを狩り立てるのかは、葛篭には分らなかった。


 ただ帰りたいという願いを成すために、侍を殺すのはご法度である。

 誰もが同じなのだから。

 故に葛篭は何も望まなかった。

 それが一番、人を殺さずに済む方法だと感じていたからである。


 あんな詰まらない天女のために、どうして自分が動かなければならないのか。

 面倒くさい。

 それが葛篭の本音であった。


「手前は? なーんせあの天女の言葉ー信じぃ信じるの?」

「隠す気はもうないので言うが……某は元凶となった者を斬るつもりだ」

「あっはぁー、なっほどなぁ。確かにそっだらそしたらわても人さ殺さーでもよーなっなあぁよくなるなぁ

「その為には、斬らねばならん……」

「ええよぉええよぉそん覚悟。いつでも受けてたったらぁ。だっどだけど、わても殺せんならそげな刃は届かーぞ」

「分かっている」


 沖田川と同じことを言われた気がする。

 似た者同士なのだろうか。

 どちらも職人だったので、何か通じるところがあったのかもしれない。


 バタバタバタバタッ!

 宿が何だか騒がしい。

 様子を見に行こうかと思って歩こうとした途端、宿の者が慌てた様子で顔を出した。


「も、木幕さんですか!?」

「む? そうだが……」

「こ、これを……兵士の人から渡してくれと……。公爵家の方からです……」

「?」


 それは手紙だった。

 やけに丁寧な模様が描かれている。

 だが木幕は字を読むことができない。


「すまん、代わりに読んでくれるか。某は字が読めんのでな」

「あ、分かりました。では……」


 手紙を開けて、その内容をまずは読む。

 すると、顔色がどんどん悪くなっていった。

 恐る恐ると言った様子で、手紙の内容を口にする。


「女と……子供を預かった……。返して欲しければ……クレマ・ヴォルバー公爵を殴った人物を……連れてこい……ヒゥッ!?」


 途端、木幕と葛篭からただならぬ気配が溢れ出た。

 二人は今、腸が煮え返る思いで感情を爆発させるのを抑えている。

 だが怒りを露わにせずにはいられない。


 葛篭は一気に跳躍して宿の屋根に上り、その兵士を探す。

 だが見当たらない……。

 一人でこの手紙を届けに来たのだろうか。

 奇術の索敵でも逃げている人物はいない。

 仕事を終えてゆっくりと帰還しているのだろう。


 木幕は手紙を受け取った店の者と話をする。


「どんな奴だった」

「あ、えぇ、っと……何処かの……ヴォルバー公爵家の執事さんだったと思います……。そんな恰好をしていました……」

「数は」

「一人です」

「ヴォルバーという者のいる場所は」

「こ、ここから……中央に行った場所です。大きな家なのですぐに分かるかと……。地図を書きますか……?」

「頼む」


 店の者は慌てて中に引っ込んだ。

 それと時を同じくして、葛篭が屋根から飛び降りてくる。

 首を横に振って、見て来た情報を共有した。


「すまん……木幕……わてんせいで俺のせいで……」

「己を責めるな。今は救出を第一に考える。今地図を描いてもらっているから、それが完成次第行くぞ」

「ああ」

「それと葛篭」

「?」

「この期に及んで仏の顔も三度までとは言うまいな」


 葛篭は首を横に振る。

 これは既に自分だけの問題ではない。

 今までの相手は猶予を与えるだけの価値があった。

 だが、あの貴族に関しては既にその価値は欠落している。


 葛篭は鞘と鍔を結んで固定していた紐を解く。

 それが木幕に対する答えにもなった。


「わても本気ださぁ。奇術もふんだんにつこーたる使ってやる

「頼りにしている」

「わてん不始末だけぇ。ああぁああぁ、仏掘る数が増えっなぁ」

「ふん」


 話をしていると、どうやら地図が出来上がったらしい。

 簡易的なものなので少しわかりにくいが、問題はないだろう。

 それを頼りに、二人は宿を出たのだった。

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