6.8.当てられぬ刃


 木幕は中段、葛篭は大太刀を肩に担いでいる。

 なかなか動かない両者を前に、レミとライアは小声で話をしていた。


「あの、レミさん。どうしてこうなってんですかね? 面白そうだけど僕ちょっと分からない……」

「あー、どう言ったらいいですかねぇ……信託とでも言いましょうかぁ……」

「信託?」


 こういう時に信託という言葉は便利である。

 この世界の人間のほとんどは神を信仰しているので、その言葉を聞くのは普通だ。

 だが、レミは既に木幕と同じ様に神を見ていた。

 もう既に、信仰してはいない。


 ミルセル王国で水瀬が死んだあと、改心させられた。

 いや、するしかなかった。

 考えを変えなければこれから先何を信じて行けばいいか分からなくなったのだ。


 だが、この考えは他の人にはなかなか言えないものである。

 テトリスになら言えたかもしれないが、あまり人のいる場所で言えるような話でもない。

 今回も、ライアには言うことができない。

 だから信託という言葉を使って話を濁しておく。


 ライアは、師匠である沖田川を殺したのがあの暗殺者ではなく木幕であると知ったらどうなってしまうのか。

 それは分からない。

 だから彼には隠し通さなければならないだろう。


「いざ」

「よぉし!」


 手に持っている葉隠丸の切っ先を、葛篭に向ける。

 葛篭もそれに合わせて大太刀を動かした。


「獣や獣、おういおい。猪突の猪、おういおい」


 葛篭はそう言いながら、構えを脇構えとなるように大太刀を動かした。

 その姿は本当に獣の尻尾が葛篭から生えているかのようだ。

 鞘に巻かれている獣の皮が、より一層尻尾らしさを醸し出している。


 次の瞬間、葛篭は柄を大きく上へと持ち上げた。

 そうするとによって切っ先が地面を向き、一度大太刀が立つ。

 左足を軸にして半回転し、右側より切っ先を木幕へと突っ込ませていく。


 脇構えからの突き技。

 切っ先が猪のように低く地面すれすれを通って持ち上がる。

 その牙が木幕へと突撃していった。


 それを受けようとして、木幕は葉隠丸を振る。

 突き技であれば見計らって刀を振れば、簡単に往なすことができるはずだ。

 相手は大太刀。

 この突き技を往なして踏み込めば次手にて攻撃を与えることができる。


 まずは向かってきている刃を何とかしなければ。

 そう思って葉隠丸を振ったが、その刃は大太刀にかすりもしなかった。


「ぬ!?」


 スカッ。

 大太刀に葉隠丸の刃が振れる寸前、葛篭が大太刀を操ってその攻撃を回避したのだ。


「当てぬ流派!?」

「おういおい!」


 ズガッ!!

 木幕の腹部に、その鞘がめり込んだ。

 強烈な痛みを伴いながら、その威力は増していき遂には木幕を大きく吹き飛ばす。

 痛みでまともな態勢を保てなかった木幕はそのまま転がってしまう。

 何とか立とうとしたが、激痛により膝をつくことになってしまった。


 はあぁ、と息を吐いた葛篭は残身を残して一礼をする。

 その後はニカッと笑って満足そうに愛刀の大太刀を撫でた。


「獣ノ尾太刀。流派に名はなぁない

「ぐぬ……ごほ……」

んだらばそしたら貸してくれぇ!」


 負けない自信しかない剣だった。

 木幕は今の一手だけで、彼の実力を推し量ることができていた。

 彼は、葛篭平八は……木幕の数倍強い。

 圧倒的強者という存在に、木幕は久しぶりに会うことができたのだった。


 今のやり取りを見ていた三人は、何が起こったのか全く理解できていなかったらしい。

 葛篭は一回転して刃を突き出すように押し出したかと思ったら、その動きが一瞬変動して木幕の腹部に突き刺さったのだ。

 

 そして、彼の名もなき流派。

 獣の尻尾を連想させる動きだが、その本質は動物本体。

 構えは脇構えを基礎とし、その攻撃は全方位から繰り出すことができる。

 一拍おいての攻撃となるが、その大きすぎる大太刀の間合いを鑑みれば、その程度の間はあってないようなもの。


 獣は自分の尾を武器に使うか?

 否。

 自分が歩いたりバランスを取ったりするために必要な尾。

 それを武器にする事は絶対にありえないことだ。


 故に、この刀には相手の刃は絶対に当たらない。

 当たることがあるとすれば、それは鞘を抜いた獣ノ尾太刀が牙を向いた時だけである。

 これが刃を合わせぬ流派。

 葛篭平八が得意とする、技である。


 約束通り砥石を彼に手渡すと、それをまじまじと見て吟味する。

 荒砥石はいらないとの事だったので、中砥石であるクオーラクラブの岩とクオーラ鉱石の二つ手渡しておいた。

 だが刀を研ぐ物は必要ないので、結局長方形の物だけを手に取る。


 荒砥石はクオーラクラブの死骸の殻。

 中砥石はクオーラクラブに生えていた石。

 仕上げ砥石はクオーラ鉱石の上にクオーラウォーターの粉をまぶして使用する。

 やり方を教えてもらった葛篭は満足そうに頷いた。


「良き良き。ええもんじゃぁ」


 そう言いながら、葛篭はそれを持って何処かへと向かって行く。

 流石に置いて行かれるわけにはいかないので、四人も付いていくことにした。


 だが、先ほどの攻撃がまだ残っている。

 レミに肩を借りて歩いていった。


「だ、大丈夫ですか……?」

「ああ……」

「総大将が簡単に負けてしまうとは……。でも強いから総大将って訳じゃないですからね!」

「お前は黙っていろ……」

「ええ?」


 負けたのは事実だが、それを再確認させられたのと変な気遣いを聞いてカチンときてしまった木幕。

 だが今の状態では怒る気力もなかったので、とりあえず怒気を含んだ喋り方だけしておくことにしたのだった。

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